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第十四話 カジノにて

 ニーナの屋敷を後にした俺達は、街の中心部に位置する巨大な建物を目指した。


 道すがら立ち寄ったレストランで、女将が教えてくれた。


「あの女、あそこで気に入った面の良い男を何十人も囲って、贅沢な暮らしに浸ってるのさ。

昼間から下僕共を引き連れて、カジノに入り浸ったりねぇ。しかも、自分は金を一銭も払いやしない。街の人間の金は自分の物だとでも言わん顔で、飲み食い遊びやがって。連れてる奴等の飲み食いも全てこっち持ちさ。それが毎日だ。たまったもんじゃないよ。すまないが、こっちも生活が掛かってるんでね。他の街よりも高いかもしれないけど、勘弁しておくれよ。

これがこの街の現実さ」


 そう言って差し出された会計伝票には、相場の数倍の金額が書き込まれていた。



 エキゾチックな宮殿のような装飾の施された王城の周りには、豪奢な馬車が無数に停められている。

 様々な国の富豪が集う悦楽園とでも言おうか。

 入り口には、黒い服で身を固めた屈強な男が立ち塞がっていた。

 俺が名を名乗ると、中からイケ好かない面構えだが、非常に端正な顔の金髪を長く伸ばした若い男が現れた。


「あなた方が、ルチル様のお仲間の皆様ですか」


 口調こそ丁寧だが、その裏には見下しが色濃く見え隠れしていた。


「こちらです」


 長髪に連れられ、俺達はカジノに足を踏み入れた。


 中はまるで別世界に来たような空間が広がっていた。

 色とりどりの宝石が水の中に散りばめられた噴水。

 獰猛な魔物の剥製達や黄金に光輝く植物が装飾品として通路に沿って所狭しと並べられ、その通路には兎の格好をした美女達が行き来している。


 見るからに高そうな衣装や宝石を身に付けた貴族や地主達であろう人々が、目の色を変えて大金を賭けてゲームにのめり込んでいた。

 現実とは思えぬその光景を尻目に、俺達はカジノの奥、他のゲーム場とは一線を画した個室に案内された。



 軽くニーナの屋敷と同じ程の広さがあるであろうその一室の中央には、大きなルーレットテーブルが鎮座していた。

 その奥。

 数名の男を玉座のように扱い鎮座するのは、他でもないルチルだった。


「お帰り。スクード」


 笑顔だけは以前と同じく無邪気だが、その様相にかつての面影は無かった。

 黒革のボディスーツに身を包み、一年の間に伸びた髪で大きなポンパドールが結われている。

 素っ気ない化粧が多かった女の顔には、派手な化粧も施されていた。


「おい、ルチル。何なんだ? これは」


 俺の問い掛けに、ルチルは静かに笑みを湛えるだけだった。


「何? かぁ。難しい質問ですねぇ。見ての通り、私が女帝様になってあげただけですけどねぇ」

「女帝って、お前なぁ。話が違うじゃねぇか」

「そぉ?」

「そうだろうよ。お前、言ってただろ? この国で印章を持つに相応しい奴を見付けるって。そんで、そいつに俺を会わせてくれるって」

「んー……そぉですねぇ。私もそのつもりだったんですけどねぇ。ま、何事にもイレギュラーってのはあるじゃない? 今が正にそれってことかなぁ?」

「イレギュラー?」

「そ。イレギュラー。だってさ、なかなか見付からないんだもん。この国の人達は、みぃんなどーしょもねー人だらけ。スクードが筋を通すべき相手なんて、そうそう見付からないんだよねぇ」

「だから、こんなことしてんのか?」

「んー? スクード君はご不満のご様子ですねぇ」

「不満なのは街の人達だろう。皆、お前のせいで辛い思いをしてるんだぞ」

「え? 何言ってるのか分かんなーい。だって、ここの人達は、救いようのないポンコツばっかなんだよ? ちょっとくらい搾取してもバチは当たらないんじゃなーい?」

「そんなんまかり通ると思うなよ!? 街でお前の事を皆が何て言ってるか分かってんのか!?」

「なになに? スクードぉ。せっかくの再会なのに、お説教? 私、そーいうの、好きじゃないなぁー」


 笑いながらルチルが指を鳴らした。


 俺達をここまで案内した長髪、そして同じような男達が無数に駆けつけてくると、俺達はすっかりと取り囲まれてしまった。


「そーんな意地悪なこと言うスクードは嫌ーい。ちょっと頭を冷やしなさぁい」


 長髪がこん棒を降り下ろすのが見えた。

 俺はそれを片手で受け止めた。

 船長とアンドレが得物に手を伸ばしたのに気付き、もう片方の手で制した。


「ルチル。お前、どうしちまったんだよ? お前らしくねぇぞ」

「私らしく? 私らしくって、何?」


 ルチルは人間玉座から立ち上がると、俺の方へと近付きつつ、もう一度指を鳴らした。

 その合図に合わせて男達が部屋の外へと消えていった。

 長髪だけが、俺のことを殺さんばかりの目で睨み付けていたけどな。

 部屋には俺達四人だけが残された。


「スクードが私の何を知ってんのさ? 私はね、こー見えても真剣なんだよ。真剣にやってるんだよ。今、そんな知ったかぶりして、しゃしゃり出て来られても困っちゃうんだよね」


 ルチルは冷ややかに言い放つと、結い上げた髪をゆっくり撫で上げた。


「……そんなこと……言うなよ」


 その言葉が、俺の心を容赦なく切りつけたのは言うまでも無かった。

 まるで、心を握り潰された気分だった。


「言うよ。言う言う。スクードはね、邪魔なの。今の私には邪魔なのよ」


 ルチルの言葉は続いた。

 が、逆にその言葉が俺に希望を与えた。

 今の。

 今の私には。

 こいつはそう言った。

 そんな言い回しをする時、それはやはり、何らかの意味がある時なんだ。

 

「邪魔って……お前ひょっとして、何かしてるのか? 何か考えがあんのか? あるんなら、俺にも教えてくれよ。お前のこと、もっと教えてくれよ!」


 ルチルは穏やかに笑って見せた。


「やだなぁ、スクードは。そんなこと言ったらさ、おねーさん、決心が鈍るじゃんさ。ごめんだけど大人しくしててよ。もうじき、何がどーなるのか分かるからさ」


 そうして、ルチルが三度目の指を鳴らした。

 それと同時に俺達の三人の足元の床がぱっくりと口を開いた。

 俺達は、呆気なく暗闇へと吸い込まれていった。

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