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第十三話 新たなる亡霊

 俺達が孤島の国へと戻ったのは、それから約三ヶ月後。

 ルチルと別れてから、実に一年もの月日が流れていた。


 相変わらず陰鬱な天候が支配するその国に入った。

 初めて訪れた時と違って、俺達は商船を装ったままの入国を決めた。

 それは事前に分かっていたからだ。

 密林の国が解放されたのと前後する様に、この国の入国規制もかなり緩和されたって情報を仕入れていたから。

 それだけで俺には分かった。

 ルチルが、少なからずこの国に何らかの影響を与えたってことを。

 その証拠に、ヨッギ・ストレンベリの名は、綺麗さっぱり消え失せていた。

 とは言え、流石に船を無防備に港に晒しとくのも上手くはない。

 俺と船長、そしてアンドレだけが首都へと向かうことになった。


 俺の胸は高鳴っていた。

 恥ずかしいけどな。

 ルチルにまた会えることが、嬉しくて仕方なかった。

 

 首都へ入った。



 が、その期待は脆くも崩れ去った。


 なるほど、ヨッギ・ストレンベリの名は綺麗さっぱり消え失せていた。

 代わりに、ルチルの色濃い影が街に蔓延っていることに気付かされた。


 外街(アウトランド)に足を踏み入れた瞬間に、そいつは目に留まった。


【ルチルを追放せよ!】

【立て! 魔女狩りの時間だ!】

【あの女は街の(がん)だ!】


 幾分かの表現の違いこそあるものの、大体はそんな旨の内容が書かれた貼り紙が、街の至るところに貼り出されていた。


「おいおい、一体全体、こりゃどうなってるんだ?」


 船長はそのうちの一枚を剥ぎ取ると、頭を掻きながら呟いた。

 そりゃこっちが聞きたいわ。

 俺は胸中で毒突いた。


 その辺で見付けたゴロツキ風の男を問い質してみた。


「あんな奴は今すぐ死ぬべきだ!」


 そんな調子。紙きれと大して変わらねぇ情報だけをのたまうばかりで、まるで話にならなかった。

 ちっとムカついて、思わずぶん殴りそうになったところを船長に止められた。

 

「そこらで情報を集めようとしたらお前がお尋ね者になっちまうな」


 そこまでキレてねぇけどな!

 船長に(いさ)められ、仕方なく俺達はちゃんとした情報を得られる場所へと向かうことになった。

 貴街(ハイランド)の南西地区。下級の貴族達が暮らす街。

 その街の一画に位置する、小さな屋敷。

 

「遅かったじゃねぇか」


 出迎えたのは、腰の折れ曲がった不気味なじーさん。


「入れ。ニーナ様がお待ちだ」


 諸悪の根源とも言える、ヨルムンド家だった。



 ―――


 屋敷内は薄暗く、なんつーか、ものすげぇ寂れた印象を受けた。

 いや、前に来たときみたく、豪華な調度品とかはそのままなんだけど、多分、手入れが行き届いてない感じが、そんな印象を与えるんだと思った。


「悪かったな。俺は執事を装ってるが、所詮はしがない始末屋だ。家事なんてもんはろくに出来やしねぇよ」


 どうやらまた顔に出てたらしい。

 俺の様子を一瞥した後、ヴァンサンじぃさんは不機嫌そうに吐き捨てた。


「使用人がいるだろ?」


 俺の質問に、じぃさんは更に気を悪くしたらしい。


「話しはニーナ様を交えてからだ。いいから黙って尾いて来い」


 振り返りもせず、足早に歩くだけだった。



 いつかの応接間に足を踏み入れると、そこには赤毛の美女、ニーナが座っていた。

 前だってかなり儚げな雰囲気のある人だったが、痩せ細り、輪を掛けて幸薄さが増した様な印象を受けた。


「皆さん、お待ちしてました」


 ニーナに促され、俺達はテーブルセットを囲むように腰を落ち着けた。

 まず口を開いたのは、ヴァンサンじぃさんだった。


「まったく、お前らときたら。とんでもねぇ怪物を放って行ってくれたもんだぜ」


 ……怪物。

 そりゃ、ルチルのことだろうな。街でもあんだけ聞かされてきたんだから分かる。

 思わず手が出そうになったが、やはり船長とアンドレに止められて、俺は憤然としながらも大人しくソファに戻った。


「怪物ってのは誉め言葉も含まれてるんだぜ? 奴の働きはまさしく怪物だったからな」


 俺の様子なんて意にも介さず、じぃさんは話し始めた。


「たったの三ヶ月だ。三ヶ月で、あいつはヨッギ・ストレンベリの名を冠する組織のほぼ全てを壊滅させたんだ。暴力組織は互いにぶつかり合わせたり、上手いこと衛兵を使ったり。闇業者は真っ向から商売で捩じ伏せたりな。そりゃ鮮やかな手口の数々で、組織を完膚なきまでに叩きのめしていったんだ。それだけで大半の貴族は没落だ」


 なるほど。

 なら、この家のみすぼらしさにも納得がいく。

 ヨルムンド家もまた、ルチルに没落させられたってクチか。


「だがそれだけに留まらねぇのがあいつだった。無論、王家も黙っちゃいなかった。ヨッギ・ストレンベリの亡霊達は、王家の金ヅルでもあった訳だからな。王家に目を付けられたルチルはどうしたと思う?」


 じぃさんが俺を見た。


「王家が犯してきた失政、悪政、汚職や不祥事の諸々全てを糾弾、告発したんだぜ? 信じられるか? しかもそれを他国の王家にぶちまけやがったのさ。無論、国際社会からつま弾きにされた王家も没落。神隠しにあったみたいに出奔したまま行方知れずだ。それが今から三ヶ月前。ルチルはたったの一年弱で、この国に巣食っていた病巣である、犯罪シンジケートと王家って二大巨頭を葬り去った。これを怪物と言わずにいられるか?」


 口振りこそ、まぁ、ルチルを評価してるんだろうな。口振りは。

 だが、視線がそうは語ってなかった。

 俺は、いや、俺だけじゃねぇな。船長達も同じだろう。それに気が付かない訳がねぇんだ。


「で? それで終わらなかったから、今なんだろ?」


 俺の問い掛けに、じぃさんは目を閉じた。


「ああ、そういうことだ。それで終わってくれりゃ良かったんだがな。何を思ったのか、王すら駆逐され、まっさらになったこの国で、奴は為政者を気取りやがったのさ。自分でぶっ潰した組織を再統合し、自分の手駒にして、暴政を敷くようになった。せっかく消え失せた悪意の亡霊は、新たなる亡霊として甦っちまったんだ。そこに立ち上がったのが、追い落とされたはずの没落貴族達。この国は二つの勢力によって二分されている。一つはもちろん、ルチルを筆頭とした新政府。そして、うちの旦那様を筆頭として集結した没落貴族による反ルチルの組織。その二つのせめぎ合いにより、内戦にも近い状況に陥っている。それが、今だ」


 ……なんつーバカでかい話だよ。

 俺は心底圧倒されていた。

 だが、引っ掛かることがある。

 それが、目の前に座るニーナとじぃさんの存在だった。


「あんたらはどっちに着いてるんだ?」


 まるで他人事の様に話すこいつだけど、俺の問い掛けには別の意味が籠められていた。

 


「この様を見りゃ分かるだろ? 没落はせど、未だにこんなお屋敷に住んでるんだ。もちろん、ニーナ様はルチルに着いた。俺も、ニーナ様に従ったから、ここにいる」

 

 そうだろうよ。

 ならさ、

 何でそうなる前にルチルを止めてくんなかったんだ。


「申し訳ありません」


 そんな気持ちがダダ漏れだったんだろうな。

 俺に頭を下げたのは、鎮痛な面持ちのニーナの方だった。


「ニーナ様を責めるな。見ての通り、ニーナ様はご自身の家庭の崩壊も厭わず、ルチルに味方したんだ。それでも、ルチルはニーナ様の手の届かない場所へと行ってしまった。力不足があるとしたら、そりゃ俺の方だ」


 そう言って、じぃさんも頭を下げた。


「いいえ。ヴァンサン、あなたはよく、尽力してくれました。悪いのは、私です」


 ニーナの目には、大粒の涙が湛えられていた。


「おい、スクード」


 そんな二人の様子に耐えられなくなった頃、きっと同じ気持ちだったんだろう。船長が俺に向き直った。


「終わったことを責めても仕方ない。お前が帰ってきたんだ。ルチルを救ってやれるのは、お前だけだろう」


 クソ。

 悔しいけど、仰る通りで。

 ここで四の五の言ってても仕方ねぇのもまた事実だし、何よりも、ルチルがこうなっちまった原因を作ったのは、俺なんだ。


「ルチルとはどこ行けば会える?」


 俺は真っ直ぐにニーナを見た。

 ニーナもまた、真っ直ぐに俺を見つめ返してきた。

 強い光だった。


「王城に、新しく作られた、カジノに。ルチルさんは、いつも、そこに」

「分かった」


 俺は立ち上がった。

 

 ルチルよぉ。

 待っててくれよ。

 今、行くからな。


 船長とアンドレを伴って、俺はニーナの屋敷を後にしたんだ。

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