第十二話 俺たちゃ海賊
それから俺が向かったのは、城下町から少し離れた場所にある、小さな町だった。
ここ。
ここには来ないとならねぇと思っていた。
だから、こっちもアンドレに頼んで探して貰っていた。
旅立つ前。
どうしてもここに来ないと。
そこは、そこそこ小さくて、それなりには大きい町。
なんの変哲もない町で、でも特別な町で。
「あの一番奥の家でさぁ」
アンドレが指差したのは、本当にドン突きに構えた、周りよりは少しだけ大きな家屋だった。
俺はぎこちない足取りでその家の前に立つと、ゆっくりと扉を叩いた。
待つこと少しの間。
「はい? どなたですか?」
中から声が聞こえ、それから扉が開け放たれた。
現れたのは、小柄な壮年の女性。
痩せ細っていたけれど、でもまん丸くて愛嬌のある瞳とか、丸い鼻とか、可愛らしい感じの唇とか。
何から何までそっくりだった。
「あの、メロさん、ですか? ディアナ・メロさんのお母さん、ですか?」
俺の問い掛けに、その女性はにっこりと笑みを浮かべてから頷いた。
「あなたがスクード君。ああ、会えて良かった」
それから、メロさんは俺を抱き締めてくれた。
ディアナと同じ香りがした。
俺達が通されたのは、裏庭だった。
小さな裏庭。
そこには小さなお墓が建てられていた。
ここに眠っているのは、ディアナのお父さんだった。
ディアナのお父さんはさ、いち早くディアナを国外に送り出してから、それから貴族としての地位を剥奪されてから、それからレジスタンス活動を始めたんだって。
お母さんを置いて家を出てから、それから一度も帰ってくることはなかったんだって。
だから、正確に言えばここに眠ってはいないんだって。
……もしかしたら、あの城下町に、ディアナのお父さんも、いたのかもしれない。
そう考えると、俺の心は引き裂かれそうになった。
ただ、唯一の救いは……
「トマシュ様はね、あなたが魔族を退治して下ってすぐに、ここに来て下さったのよ。ずっとずっと、私がもう止めて下さいって泣いて頼むまで、ずっとずっと、頭を下げ続けて下さったの。もう本当に、何日も何日も……」
それでもまだ、トマシュの表情は冴えないまま。
俺、実はさ、もしディアナの家族に何かあったんなら、船長のこと、ぶん殴っちまうかもしんねぇって思ってたんだ。
でもさ、一番苦しかったのは、こんなことになっちまった原因である、トマシュ自身なんだよな。
俺は……静かに祈ることしか出来なかった。
「全てあなたのお陰よ。本当にありがとうございます」
「いいえ。違うんです。俺一人じゃ何も出来なかったんです。俺がやれたのは……ディアナとあともう一人……支えてくれたからで……チョコをくれたからで……」
そうだよ。そうなんだ。
本当は、ルチルがここへ来るべきだった。
ルチルもきっと、ここへ来たかったに違いないからさ。
だって、あいつが船長に手を貸そうと思ったのってさ、絶対に、ディアナの生まれ故郷だったからだからさ。
あいつ、優しいからな。友達のこと、放っとけない奴だからさ。
そのルチルをここへ来させなかったのは、俺だ。
俺なんだ……。
「実は、もうディアナとも連絡が取れてるんです。すぐにでも港街へ来て欲しいって言われたんですけど、あなたがまだ目覚めていないって聞いてたから、だからあなたに一目お会いするまで、ここで待とうって決めてたんです」
その言葉に、俺は感情の堰が切れちまった。
「あなたを待ってる人がいるんですってね? もう私達のことはもう気にしないで。早く会いに行ってあげて下さいね」
ずっとずっと押し止めてきたけど、ダメだった。
「ありがとうございますだ。スクード君」
―――ディアナの故郷から馬車に揺られること五日。
同じ道を通ったのはもう半年も前のことだなんて信じられないな。
モーテンバッカの樹の壁を降り、山脈に見送られながら、港町に辿り着いた。
馬車から飛び下りると、俺は振り返った。
「ありがとうな、二人とも。もうここでいいよ」
御者台に座る船長とアンドレに声を掛けた。
「ここからは適当な船に乗せて貰って行くよ。こっからなら孤島の国に直接向かえるんだろ? せっかく故郷を取り戻せたんだ。あんた達も安心して暮らせるだろ。船長は、おっと、もう船長じゃねぇな。王様の兄上だもんな。王様を助けてやらねぇとならないし、アンドレもまた近衛兵に戻れるんだろ? ほんと、良かったな。二人とも、元気で暮らせよ」
早口でまくし立てた。
早口で言わねぇとよ、もう、ダメなんだ。
なんか、なんか知らねぇけど、感情が爆発しそうなんだよ。
ダメだダメだ!
だから、こういうのは苦手なんだって、本当にダメなんだよ!
俺は俯くと、港へと向かった。
足早に。できる限り早く、それでいて、焦っては見えないように。
「あーあ、聞いたか!? アンドレ!」
「ええ! 確かに!」
二人の声が大きく響いた。
「なんか好き勝手言ってるタコ野郎がいるなぁ!?」
「いやぁ、マジで勝手ですぜ! 下っ端のくせに、勝手に船長と副船長の今後を決めてくれやがってますぁ!」
その声に合わせて、港に船が入って来るのが見えた。
真っ黒い船体に、真っ黒い帆を張っている。
「どー思う!? 野郎共ぉー!!」
トマシュの雄叫びを受け、甲板の上に男達が姿を現した。
「下っ端のくせに生意気だぞ!」
「てめぇ、そんな簡単に海賊抜けられると思うなよ!」
「おめぇの掃除がなきゃ、この船はすーぐ汚くなっちまうんだからな!」
「そうだそうだ!」
「おい! スクード!」
船首に立ち、俺の名を叫んだのは、アイザックだった。
「おではまだ、おめぇに恩返ししてねぇんだど!!」
その手には、海賊旗が握られていた。
ドクロマークの背後に、二挺の大砲が描かれた、漆黒のジョリーロジャーがさ。
俺の左肩に誰かが手を乗せた。
「俺はな、海賊だ」
今度は右肩に誰かが手を乗せた。
「城暮らしなんて飽き飽きでさぁ」
俺は思い切り顔を擦った。
「行こうぜ? ルチルのところによ」
何度も何度も擦って、なんとか絞り出した。
「頼む。連れてってくれ」
船長が、大きく拳を突き上げた。
「野郎共ぉー! 出航だぁー!!」




