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第十一話 ニール王

 それから数日が経ち、俺の体は段々と自由を取り戻しつつあった。

 少なくとも、少しだけ体を動かしたり、話したりはできるようになったし、流動食みたいな緩い物なら食えるようにもなってきた。

 そんな頃、ひとりの男が俺の元へと訪れた。


 扉が開き、現れたのは、


「スクード様」


 トマシュ船長だった。


「いや、俺はこっちだぞ」


 扉を開けた男の背後から船長が顔を覗かせた。


「スクードさん。私です」


 それは、トマシュ船長に見えるけど本人じゃなく、よく似た別の男。


「あぁ、魔族か」


 俺は渇れた様な声を絞り出した。


「違ぇから! 俺の弟だから! ブラックジョークが過ぎるぞ、タコ野郎だな!」


 そうだ。

 トマシュの弟だった。


「兄上! この国を救ってくれた英雄に向かってタコ野郎バカ野郎などと、失礼じゃありませんか!」


 言ってねぇから。

 船長、バカ野郎などとは言ってねぇから。


「なんだと!? 俺はお前がからかわれたから庇ってやっただけだぞ!」

「からかわれても仕方ないのです。私はそれだけの過ちを犯したのですから」

「おいおい、ニールよ。お前は体を乗っ取られただけだって、何回言ったら分かるんだ。自分を責めるな」

「しかし兄上! 私は、私は!」

「なぁ」


 二人が熱くなりそうだったから、俺はその前に割って入ることにした。

 このまま放っとくと長くなりそうだしな。

 二人は俺の枕元に近寄ってきた。


「無事で良かったな」


 ニールの目から涙が零れた。


「あなたのお陰です。本当に」

「お前があの時、こいつを生かしてくれたから、全てが丸く収まったんだぞ。この国の王は生き残った。だからすんなりと元の姿を取り戻すことが出来たんだ」

「その通り。あなたには感謝しかありません」

「いや、生かしたわけじゃねぇ。本当はぶっ殺すつもりだったんだが、しくじっただけだ」


 その言葉に、ニールは目をまん丸くしてひきつったような表情を浮かべた。


「だから、タコ! 冗談ばっか言ってんじゃねぇって! こいつは真面目なんだから、本気にしちまうだろうが!」


 思わず俺は吹き出した。

 腹筋が痛ぇわ。

 それを見てか、ニールも笑みを浮かべた。


「俺はなんもしてねぇから。礼なら兄貴にするんだな。こいつがこの国を助けるって言わなければ、俺はここへは来なかったんだから」

「ええ。よく分かってます。分かってますとも」


 実は、俺は事前にアンドレから聞かされていた。

 魔族を倒し、国が解放されてから、国民を集めてトマシュは演説をした。

 全ての元凶は自分の過ちであったと。

 国民の前で告白したんだ。

 だから、国王は魔族に体を乗っ取られ、国は変わったと。

 けれど魔族は退治され、国王は元に戻った。

 罪は全て自分が償う。

 だから国王を、再び国王として迎えて欲しい。ってな。

 トマシュは死罪を覚悟して告白したんだろうな。

 話を聞いて、少なくとも俺はそう感じた。

 しかし、国民はそれを受け入れた。

 過ちを認め、堂々と謝罪した国王の兄を。

 それから新生ニール王の元で、この国は立て直されていったんだとさ。


 すげぇ話じゃねぇか。

 トマシュ船長も、国民もよ。

 そう簡単にできることじゃねぇよ。


 俺は心底、この密林の国ってとこが好きになっていた。



 ―――その翌日、日も登らないうちに、俺は部屋の中で旅の支度を整えた。

 元々着ていた服は、自分の血でグチャグチャになっちまったから、アンドレが新しいのを仕立ててくれた。

 ま、デザインは同じだけどな。

 青を基調にしたフライトジャケットに、同じ色のゆとりのあるパンツ。編み上げの茶色いブーツも新品だ。

 革製のグローブをはめ、同じ革の肩掛け鞄も。革のいい匂いがする。

 腰のベルトに剣を差し、最後にゴーグル付きのフライトキャップを被ったら完成だ。


 正直、体はバッキバキだ。

 半年も寝たきりだったんだ。普通なら元に戻すのに同じくらいの時間のリハビリが必要だ。

 だけどそれどころじゃねぇからな。


「本当に行くのか?」


 部屋の外は広いリビングルーム。

 そこには、見慣れた顔が俺を待ち構えていた。

 トマシュにアンドレ。

 そして、ニールも。


「ああ。ルチルが待ってるからな」

「頑固な野郎だよ、本当に」


 その答えに、トマシュは笑っていた。


「と、その前に、行きたいとこがあるんだけど」

 

 俺はニールに向かって言った。 



 俺が向かったのは城下町の北側に作られた、大規模な墓地だった。

 魔族の犠牲になった人々が埋葬された共同墓地。

 墓地の中心に、大きな石碑が立てられていた。

 俺はその前に跪くと、目を閉じて祈った。

 もう二度と、この国をこんな悲劇が襲いませんように。

 そして、亡くなった人々が安らかに眠れますように。

 祈りを捧げた。


「王様」


 祈りながら、同じく隣で跪くニールに向かって声をかけた。


「皆を幸せにしてくれよな」

「ええ。この身を削ってでも」

「それじゃダメだ。あんたも幸せにならねぇとさ」


 ニールが俺を見たのが分かったけど、俺は顔を上げなかった。

 だから何度も言わせんなよ。

 そーゆーのは苦手なんだって。


 俺はニールの肩にポンと手を置いてから、その場を後にした。


「スクードさん! 国民があなたを待っています! 是非、お顔をお見せ下さい!」


 背後からニールが叫ぶのが聞こえた。

 だ、か、ら!

 苦手なんだよ!

 俺は振り向かずに手だけ振って見せた。


「また、その内な」


 日が登り始めた。

 俺は、誰にも見付からないようにしながら馬車に乗り込むと、城下町を旅立った。

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