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第八話 一歩動かすまで

「まずは小手調べだ。ここまで辿り着けるか?」


 魔族が微笑んだ。


 俺は少し助走をつけてから飛び上がると、


「フルーゲン!」


 飛翔の術を解き放った。


 この距離感ならフルーゲンの滑空でも十分奴に届く。

 しかも瘴気の濃いモヤに触れることもない。


「好手だな」


 魔族の口角が上がった。

 俺は一気に間を詰めると、玉座に座る魔族に向かってブロードソードを突き出した。

 魔族に剣が突き刺さる瞬間、辺りの瘴気が渦巻き、魔族の前で収束して塊となった。

分厚い瘴気に阻まれ、ブロードソードは動きを止める。

 同時に俺の突進もそこで終わりを告げた。

 すげぇ力だ。

 俺は左のロングソードを横凪ぎに叩き付けたが、それも難なく瘴気に受け止められた。

 眼下に瘴気が集まるのが見えた。

 一気に収束し尖った錐みたいになると、俺の真下、腹に向かって突き上げてきた。

 俺は身を捻らせてそれを回避。

 しかし、背中側からも瘴気が突き出してくるのを視界の端が捉えた。

 そっちは間に合わない。

 俺は身に纏っていたフルーゲンの風を背にかき集めて層を作った。

 なんとか受け止めたものの、衝撃が強すぎて体は床に叩き付けられた。

 反動で少し体が浮いたのを利用して、風を体と床との隙間に集めると、再び体を宙に浮き上がらせ、数歩離れた辺りまで距離を取った。


「見事だ」


 魔族が手を叩いた。

 喜んでやがる。


「ここまで我が体に近付いたのは貴様が初めてだ。褒めてやろう」


 完全に俺と同じようなタイプってことか。

 瘴気を操り、相手を近付けないようにしながら戦闘を行う。

 俺も基本的には風による中距離が主戦場だしな。

 似たタイプは厄介だ。

先に相手に攻撃を当てた方に機が訪れるが、問題なのは持久力。

 先にキャパオーバーした方が不利になる。

 ルチルのチョコで回復したとは言え、俺はブリーゼとアイギスとフルーゲンを同時に使った。

 これでキャパの半分は消費されている。

 アイギスを解けばいくらかはもつだろうが、仲間を守らねぇ選択肢は無い。

 しかし分かったこともある。

 剣を防いだってことは、奴には剣撃が効くってことだ。

 人に憑依しているだけに、生身であることは予想出来ていたが、さっきの攻防でほぼ確定と見ていいだろう。

 あとはそれを完全に確定させ、一発お見舞いするのみ。

 さて、どうやって近付くかだ。


「ヴェルウィント!」


 試しに突風を放つが、風はいとも容易く魔族にかき消された。

 単純な攻撃は無意味だな。


「いいのか? 魔力を浪費してる余裕はないぞ?」


 じゃあこうだ。

 俺は再び力ある言葉を発した。


「ヴァクーム!」


 今度は真空波だ。

 真空波は突風より複雑だからな。

 相手に接触した瞬間、標的を包み込み切り刻む。

 まとわりつく分、防御するにも時間が必要だ。

 真空波が接触する直前、魔族の体を瘴気が覆ったのが見えた。

 予想通り。

 瘴気の層を真空波が切り刻み始める。

 それを見計らって俺は翔んだ。

 ザクザクと風が瘴気を切り裂くが、魔族には届く気配もない。

 が、それでも切り刻み続けている。

 風を防御する魔族に向けて、ロングソードを袈裟斬りに叩き付けた。


 瘴気に阻まれるも、先程とは感触が違う。

めり込んでるのが分かった。

 やはりそうだ。

 全体を覆っている分、厚みが足りないんだ。

 続けざまにブロードソードを突き入れた。

 こちらも刺さる感触がある。

 真空波が空気に溶けるように消え去ったと同時に、俺はその場に足をつけて踏ん張ると、続けて両腕の剣を振り下ろした。

 さっきのロングソードを叩き付けた場所に向けて。

 同じ場所を切ればいいんだろ?

 そうすりゃあどんどん食い込むだろ?

 正にその通りだった。

 剣を振る度に瘴気を深く抉っていくのが伝わってくる。

 もう一度だ。

 剣を振り上げ直した瞬間だった。

 座ったままの魔族が、俺の膝めがけて前蹴りを繰り出してきた。

 踏み込む前だったのが幸いだった。

 俺は咄嗟に足を上げ、それに乗じて体を回転させ、背面から横殴りに左腕の剣を叩き付ける。

 剣は瘴気を削った箇所を寸分違わず捉える予定だった。

 奴がそれを受け止めるまでは。

 瘴気を纏った左の掌を持ち上げると、ロングソードの刃をがっちりと掴んで受け止めたんだ。


「調子に乗るな」


 吐き捨てるように呟きながら、右腕で俺の左脇腹めがけて拳を放ってきた。

 俺は右腕のブロードソードを左脇腹の前に滑り込ませる。

 魔族の拳がブロードソードを殴り付けた。

 俺はロングソードを手放すと、削り取られて薄くなった瘴気めがけて肘打ちを食らわせた。


 鈍い音と共に、俺の肘は魔族の左肩を捉えた。

 所詮はただの肘打ち。

 致命傷にはなり得ない。

 しかし、重要なのは瘴気の層を打ち破ったこと。

 そして、

 魔族の体がグラりとバランスを崩した。

 物理的な直接攻撃がこいつにとってダメージになり得るって、それが証明されたこと。


 その途端、魔族は勢いよく立ち上がると、俺の左腕に両手で掴みかかってきた。

 俺は咄嗟に床を蹴り上げると、左腕を軸に魔族の頭上を飛び越える。

 魔族の正面に着地すると同時に、奴の両腕にブロードソードを叩き付けてやった。

 剣は瘴気に弾かれたが、その衝撃で腕がブレて力が緩む。

 その隙に俺は左腕を抜き取ると、魔族が取り落としたロングソードを空中で受け取って逆袈裟に切り上げた。

 無論、瘴気に阻まれたが、魔族が顔をしかめたのが見て取れた。

 衝撃は伝わり始めているらしいな。

 じゃあ今度はここか?

 俺が次に選んだのは、初撃で突きを入れた、奴の鳩尾(みぞおち)辺りの箇所だ。

 突きなら力もそんな要らないだろ。

 右のブロードソードを突き立てた。

 だが、その選択がこいつの怒りに火を付けたらしい。


 魔族の全身を覆っていた瘴気が鳩尾辺りに収束していく。

 厚みを持って防ぐ気か。

 なら他を狙えばいいだけ。逆にやり易くなるってもんだ。

 自分の優勢を感じ、俺は無意識にも気を抜いていたらしい。

 剣の切っ先が瘴気に触れようとした瞬間、瘴気は再び錐のように形を変えた。

 剣は瘴気の層に止められた。

 しかも、ブロードソードに沿って逆流するかのように、瘴気の錐が凄まじい勢いで伸びてきた。

 心臓に向かって。

 こりゃまずい。

 完全に体重は踏み込んだ足に掛かっている。

 避けられない。

 出来ることはひとつ。

 急所だけは避ける。

 俺は身を捻った。

 瘴気の錐は心臓を外れたものの、右の二の腕の肉を掠め取った。


 いってぇ!

 ただ刺さるより痛ぇぞ!

 傷口に唐辛子でも塗られてるみてぇだ。

 瘴気を傷口に流し込まれてる、ってか、瘴気でぶっ刺されてるんだからそりゃーそうか。


「ヴェルウィント!」


 まともにレイスを練る時間もねぇ。

 力ある言葉のみで突風を放った。

 威力が低い。

 だがそれでいい。

 風は瘴気にぶつかると同時に、俺自身を魔族から引き剥がした。

 風に乗り、一度距離を取った。

 走って詰めないとならない距離感まで間を開けてから、俺は右腕を押さえた。


「遊びは終わりだ」


 魔族は玉座から腰をあげると、遂に一歩前へと踏み出した。


 あんだけやってやっと一歩かよ。

 しかもこっちの攻撃は肘打ちが一回しか当たってねぇのに。

 傷口から血が吹き出た。

 刺さってないのが唯一の救いだが、痛みで集中が鈍る。

 先手を打たれたのは戦術的に見ても物理的に見てもどっちも痛いな。


「今度はこちらから行くぞ」


 魔族が仁王立ちすると、その体の周囲、空中に紫のモヤが集まってゆく。

 それはいくつもの塊となり、魔族の周りを守るようにして旋回を始めた。

 これがこいつの攻撃スタイルだってのか。

 こいつは、まるで……


「感じ悪いな」


 俺は思わず笑っちまった。

 魔族が訝しげな表情を浮かべたのが見て取れた。


「何がおかしいのだ。頭でも狂ったか?」

「いや、なんでもねぇ。まさか奥の手まで似てるとは思わなかったんでな」


 両腕から剣を離す。

 痛みは忘れろ。

 俺は胸の前に手を合わせ、意識を集中した。


「マリオネット」


 二本の剣は宙に浮き上がると、俺の背後へと回り込んだ。

 同時に腰を落とし、拳闘の構えを取る。

 拳を風が包み込んだ。


「ほぅ」


 魔族もまた、笑みを浮かべていたんだ。

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