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第七話 ミサミサという女 

「おい、一体どこに行こうってんだよ?」


 何度も何度も路地裏の道を曲がり、辺りの景観はすっかりと様変わりしていた。

 俺の住む孤児院や、こいつの働く旅人の酒場のあるスラムとはまるで別世界みたいな、豪奢でバカでかい建物が並ぶ街の中心地区に入り込んでいたんだ。


「少なくとも今現在、この街で一番安全な場所だよ。君にとってはね」


 さっきから何なんだ? こいつ。

 随分と含みのある言い方ばっかりしやがって。

 そもそもこいつ、なんだって城に脅迫状が届いたとか、そんな情報持ってやがんだ?

 まぁ、こいつんとこの店主が拐われたんだ。従業員であるこいつに脅迫状が届くとかならあり得るが、城に届いた脅迫状の存在をわざわざ一般人に伝えるかね?

 俺は少し探りを入れてみることにした。


「なぁ、あんた。脅迫状の内容は知ってんのか?」

「何? その質問」

「いや、あんたが身代金を要求されたりしてんのかなと思ってさ」

「ううん。身代金は国王様に要求されてるよ。三千万G(ゴールド)だって」


 おいおい、額まで知ってんのかよ。しかも国王様宛の要求なのに。

 (いち)酒場の従業員なんかにゃ降ろさなくて良い情報じゃねーか。

 現にその情報のせいで、こいつは俺が兵士に見付かる前に連れ出すことに成功してんだぞ?

 ってことは、あれか。もしかして……


「君、今私が君をお城に突き出して報償金でも貰おうとしてるんじゃないかって考えてたでしょ?」


 お見通しだった。


「そりゃ、まぁ……そうだよ」

「まだ私が信じられないの? 君は私の中の容疑者じゃないって言ったばかりでしょ」

「そんなん信じられるかよ。さっきから歯に衣着せたようなことばっか言ってるし、一体あんたのどこに信じられる要素があんだよ?」


 いい加減、俺はイラつき始めていた。

 だってそうだろ? いきなり誘拐犯として兵隊に追われてるんだぜ? しかもまともに話も出来ねー奴に、どこ行くのかも知らされずに連れ回されてるんだ。

 そしてだ。

 この中心地区の更に奥。街の真ん中にあるのは、王様の城なんだからな。

 このまま俺を城まで連れてこうとしてるって疑われても仕方ないだろうが。


「着いたよ」


 俺が逃げるべきかと思案していたのと同時だった。

 女は暗闇に立ち止まっていた。


「着いたって……」


 俺は面食らった。

 ミサミサが立ち止まったそこは、この街の中心地、国の要人が住む高級住宅地の中でも一際でかい、とんでもねーお屋敷の前だったんだからな。


「ここ?」

「そうだよ」


 俺の驚きになんか興味も示さずに、ミサミサは門番らしき武装兵に近付くと声を掛けた。

 更に驚くことに、厳つい門番は敬礼した後に、その屋敷の重たそうな鉄柵の門を開け始めたんだ。

 おいおい、どうなってんだ?

 こいつ、この屋敷の住人と繋がってるのか?ただの酒場の従業員だろ。しかもこんなぶっ飛んだ頭した、ぶっ飛んだ女だ。

 あ、言い忘れてたがこの女、頭だけじゃなく、服装もおかしい。

 ダッボダボなオーバーサイズのパーカー、しかもこれまた派手な原色の黄緑色。黒いタイトな革のミニスカートの下はピンクと黒の太いボーダータイツ。靴なんか十センチはあろう厚底の黒エナメルの革靴を履いてやがる。

 てか、元々かなり背の高いミサミサはその靴のせいで俺とほぼ同じか少し見下ろされてるくらいなんだからな。


 そんな奇抜な女が、こんな明らかに金持ちそうな屋敷とどんな繋がりがあるってんだ。

 俺の頭はますますこんがらがっていた。



 ―――頭を整理する間もなく、気が付いた時には俺はその屋敷の応接間らしき部屋へと通されていた。

 

「好きなところに掛けて」


 ミサミサに指し示されたのは、分厚そうな革張りのソファ。

 ここで腰を落ち着けるべきか否か。頭の中でウダウダやっていた時だった。

 応接間の外、廊下の方から騒がしい足音が聞こえてきた。

 一瞬、やっぱり(はか)られたかと身構えたが、足音はひとつのみ。俺は素直に警戒を解いた。

 随分すんなり警戒を解いたと思われるかもしれないが、それには理由がある。

 なんせ、足音だけじゃない。

 妙な叫び声まで聞こえてきてたんだからな。

 

「ミサミサちゃぁ~ん! ミサミサちゃんやぁ~!!」


 声と同時に重厚な木製の扉が開け放たれた。


「ミサミサちゃん! 無事じゃったかぁー!?」


 そこに立っていたのは、ロマンスグレーと言うか、もうほとんど白髪なんだろうな、ライトグレーの髪をした壮年だか初老な紳士風の男。恰幅の良さや肌艶の良さから、大分いい生活してんだろうなってのが読み取れるおっさんだった。

 おっさんは、凄まじい勢いで部屋に駆け込んでくると、細長いミサミサの体をがっしりと抱き締めてその胸元に顔を擦り付けて泣いているようだった。


「心配かけちゃった? ごめんごめん」


 どう考えてもお偉いさんだろうってそのおっさんに、ミサミサは舌を出して笑いながら謝っていた。まるで友達にでもやる様な感じで。

 そしておっさんの行動……ひょっとして愛人かなんかか?

 そんなことを考えていたら、おっさんはおもむろにミサミサの体を手放して、俺の方へと顔を向けた。

 さっきまでのしわくちゃだった泣き顔は、既にキリリとした威厳ある表情に変貌を遂げていた。


「お主がスクードじゃな?」


 言っとくが、おっさんの威厳に気圧されたわけじゃねーからな。ただ、あんまりな百面相ぶりに面食らっただけだかんな。

 俺は恥ずかしながら若干狼狽えながらもおっさんに答えた。


「あ、ああ、そうだ。あんた?」


 出来るだけ動揺を悟られないように、俺は姿勢を正してから口を開いた。


「……先に聞いておくが、お主は本当にルチルの誘拐犯じゃないのじゃな?」


 俺の質問は無視だ。

 無礼千万かよ、こいつ。

 ミサミサと言いおっさんと言い、何ならルチルもだ。なんでこう、赤の他人様に対してこんな横柄な態度が取れるかな?

 だがまぁ、ここで文句を言うのもあんまり得策じゃねーのは何となく分かっている。

 俺は仕方なく素直な態度で返事をしてやった。


「そうだよ。そんなことしても俺に得なんかねーし」

「身代金は得じゃないのか?」


 鋭い眼光で突っ込んでくるおっさん。だから俺は答えた。


「当たり前だ。俺は魔物退治するために勇者になったんだ。金なんか欲してねーよ」

「お主は孤児じゃと聞いておるぞ?」


 言いたいことは分かる。

 勇者の旅ってのは、基本的には自費だからな。

 国が援助してくれんのは勇者の証の授与までだ。そりゃ様々な恩恵は得られるものの、だからと言って旅費がゼロになる訳でもねぇ。

 勇者と言えど、貧乏人上がりは傭兵と変わりない仕事をしながら旅費を稼がないとならねぇのも知ってる。


「そりゃまぁ、貧乏なのは否定しねぇ。だが、旅費くらい自分で稼ぐ覚悟はあって勇者になったんだがな」

「なら、個人的にルチルに恨みでもあるか? 酒場じゃあの尻デカに散々からかわれたと聞いておるが?」

「いい加減にしろよ? 確かにイラついたのも否定しねーが、だからって誘拐なんかするか。てか、あんた無礼だぞ? そもそも一体どこのどなた様だ? 人に名乗らせておいててめーはだんまりか?」


 あまりにも人を見下した態度に、俺の怒りはいよいよ頂点へと近付いていた。

 おっさんはまじまじと俺の全身を見回したと思ったら、大きなため息と共に頭を振った。


「まさかこの儂を知らぬ国民がおるとはな。儂はルイス・マディラ・カエイロ・ゴメス。この水の都の内務大臣じゃ」

「は?」


 俺は自分の耳を疑った。

 名前は……確かに聞いたことがあった。

 だが、まぁ、うん。

 反応的には……は?……だろ。普通。

 しかし、驚くべきはそれだけではなかった。


「そしてこちらはメリッサ・エトオ・ゴメス。儂の妻じゃ」


 そう言ってミサミサを紹介したんだからな。

 俺の言うことは一つだけだったんだ。


「は!?」

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