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第七話 船長と王子

「まだゴミが残ってたか」



 ―――城の階段を何度か登り、俺は玉座の間を目指していた。

 城内には、外とうって変わってほとんど魔物の姿はなかった。

 ほぼ全ての魔物が俺達を迎撃するために出払っているのかは定かじゃない。

 時折、恐らく船長達に倒されたであろうガーゴイルが廊下に転がってるだけで、それ以外には俺を襲ってくるような魔物の気配は感じなかった。

 魔物の死骸を追えば、自然と船長達の後に続くことになる。

 俺はそれを目印に、城の上階を目指していた。


 何度目かの階段を登りきった時、目の前に一際広い廊下が現れた。

 その奥。

 豪奢な装飾が施された扉が目に留まった。


 少しだけ戸が開いている。


 俺は息を飲んだ。

 身震いする程に冷たく、身悶えする程に熱く、触れただけで恐怖すら感じる程の禍々しい気配が、その隙間から漏れ出ていた。


 あそこだ。


 いつから俺達人間の歴史の中に、魔族が関わり始めたのは誰も分からない。

 いつ、どこから来たのか。

 人間の歴史が紡がれ始めたのはおよそ五百年前だと言われている。

 その前から人間はいたのかもしれないけど、俺達が読み解くことのできる文献的な歴史は、全て五百年前から始まっている。

 初めて人間が残した歴史の中には、魔族はどこにも存在していなかった。

 いつの頃か、魔族は人間の隣にいて、人間の敵となり、争いを始めるようになった。

 二百年前、人間と魔族は血で血を洗うような戦争を起こしたとされている。

 その時、人間にとって最も驚異だったもの。

 それは、魔族の産み出した魔物でも、魔族そのものでもなく、高位の魔族が発する瘴気と呼ばれるものだったと言われている。

 空気のように人間の中に流れ込み、心と体を蝕み、理性を失わせ、意識を支配する。

 俺自身はそんなもの見たのは二回目。

 確かに俺達はそんな瘴気ってものがあるってのを聞かされ、それに対抗する手段を習ってきた。

 でも、何度感じても、慣れるようなもんじゃないって痛感させられるよな。

 邪悪で、尊大で、暴力的な威圧感を纏っていた。


 触れるだけで生気が吸い取られていくみたいだ。


 扉に近付く程に、体から徐々に力が抜けていくのが自覚出来た。

 水の都で会った野郎の、本体みたいなのが出てきた時と同じ感覚。

 だからこそ直感で分かるんだ。

 この先にいるのは、のっけから本物の魔族そのものだってさ。


 俺は、扉に手をかけると、体重をかけながらそれを押し開けた。


 開けた瞬間、柔らかくて分厚い壁に押し付けられるみたいな感触が襲ってきた。

 柔らかいのに、針が敷き詰められてるみたいに突き刺さってくる。

 その感覚の一つ一つから、空気が抜けるみてぇに力が抜け出ていくのが分かる。

 気を抜いたらこのまま死ぬ。


 俺は歯を食い縛り、玉座の間に一歩踏み入れた。





「まだゴミが残ってたか。」


 玉座から、そんな言葉が聞こえてきた。

 一国の王の間だ。

 そこそこに広い部屋の床を、紫がかったモヤが覆っている。

 そのモヤに浮かぶように、そいつは玉座に腰かけていた。


 人間?


 俺は自分の目を疑った。

 前に見た魔族ってのは、およそ人間とは違う見てくれをしていた。

 何なら、人によって見え方が違うなんて特性を持っていたし、実体の傀儡はちんけな虫みてぇだった。

 しかしこいつはどうだ?

こげ茶色の髪の毛。肌の色も人間と同じ白っぽいベージュをしている。

 大きくてギョロついた目も、尖った鼻も、小さめな耳も髭を蓄えた口もあり、形も整っているし、王族の衣装を纏った体には四肢もある。

 足を組み、手すりについた片肘に頬を乗せ、斜に構えてこちらを見やっていた。


「トマシュ?」


 俺はその名を呼んだ。

 その途端、俺はモヤの中の何かに躓いた。


「汚らわしい名を呼ぶな。その名の男なら、貴様の足元に転がっているだろう」


 俺が足元に目を落としたのと、魔族がそう言い放ったのはほとんど同時だった。


「船長!?」


 俺はしゃがみ込むと、モヤの中に仰向けに倒れ伏す船長の体を抱き上げた。

 モヤから顔を出すと共に、船長は大きく咳き込んだ。


「ス、スクード……」

「船長、いったい、これは?」

「すまねぇ……負けちまった」


 周囲を見回すと、モヤの中には海賊達の姿が。

 全員が力尽き、ぐったりと倒れ伏していた。


「アンドレ! みんな!」


 特に外傷は見当たらないが、皆、相当に弱っている。


「馬鹿な兄貴だ。自らが祖国を破滅に追いやり、助けに来てもその有り様。己の無力と愚かさを悔いながら、自分のせいで世界が滅び行く様を見届けるがよい」


 玉座のトマシュがそう言った。


「兄貴?」


 俺は顔を上げた。


「聞かされてないか? どこまでも愚かで卑しい男よ。兄上、自らの口で告白すべきではないのですか?」


 その言葉の後に、船長の体に力が入るのが伝わってきた。

 俺は船長の顔に視線を移した。


「いや、言えなかった訳じゃないんだ。言いたくなかったんだ。俺はあいつの言う通り、卑怯な男だ」

「王子。王子は卑怯なんかじゃありません。あんな魔族の言うことを真に受けてはいけません」


 アンドレが体を起こそうともがきながら、絞り出すような苦しげな声を上げた。


「スクード、前に話したろ? 明朗で快活な弟と、愚鈍で根暗な兄がいたって。兄は魔族を召喚して、体を差し出しす代わりに力を得る契約を行ったんだ」

「ああ、それは聞いた」

「兄は、力を得るはずだったんだ。だけどな、だけど……魔族は兄ではなく弟を選んだ。俺の前に姿を現した魔族は、俺のことなんか目もくれず、寝室で寝ていた弟の元へと赴き、弟の体を乗っ取ってしまったんだ!」


 船長がやっとの思いでそこまで話すと、玉座に腰かけていた方のトマシュが声を上げて笑った。


「当然だろう。どこに、わざわざ無能な者の体を乗っ取る理屈がある? 近くに少しでもマシな媒体があるのなら、そちらを選んだ方が賢かろう」


 船長の目尻から涙が零れた。


「俺は、俺は本当に愚鈍で馬鹿で、クズよりも劣る人間だ。自らの欲望に負けて魔族を呼び出し、その魔族にも相手にされず、祖国を破滅させた。その国を取り戻そうとしても、奴の足元に触れることも叶わない! 俺は、俺は!」

「トマシュ船長」

「スクード、スクードすまねぇ! 俺、お前に本当のことを言うことが出来なかった! 恥ずかしくてよ、言いたくなかったんだ!」


 俺はその体を強く抱き締めた。


「もういい。それ以上言わなくていいよ」


「スクード、すまねぇ」


「謝るな。恥ずかしくなんかねぇよ。今、ちゃんと話してくれたじゃねぇか。あんたは、俺にとって最高の船長だ」


 この感じからして、船長達はあの魔族に辿り着く前に瘴気にやられて倒れてしまったんだろう。

 戦闘にすらならなかったってことだ。

 この会話の間も、俺の体力はどんどんと奪われていってるのは感じている。

 時間との勝負か。

 それは俺の十八番でもある。

 俺の奥義も時間勝負だからな。


「もう少し耐えてくれ」


 俺は船長の体を丁寧に床に寝かせると、胸の前で掌を合わせると、特大のレイスを練り込んでやった。


「ブリーゼ」


 部屋の扉からそよ風が吹き込む。

 風の流れで瘴気のモヤが動くの見えた。

 前回は動かせなかったけど、今度はそうはいかねぇぞ。

 確かに重い。

 俺は意識の力を強めた。

 風も力を増し、泥みたいに重苦しい瘴気を押し退け始める。

 足元に倒れる仲間全員の体が(あらわ)になったところを見計らい、次の術を解放した。


「アイギス」


 出来うる限り、部屋の高いところから空気をかき集めると、俺達の周囲に風の層を張り巡らせた。


「ほう。残り物が一番楽しめそうか」


 玉座の魔族が笑い声をあげた。

 なるほどな、確かに似ているが船長じゃねぇ。

 船長の方がもっとバカそうだけど、目だけは真っ直ぐだからな。

 風の盾は俺だけは通す。

 俺は風の層を突き抜けると、再び瘴気渦巻く玉座の間に立った。


 右腕で腰から自前のブロードソードを引き抜き、左腕で背中からアイザックのロングソードを引き抜いたんだ。


 

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