第五話 エクスプロージォ
距離を取っていたガーゴイル達が一斉に口を開いた。
その口腔内に、炎の塊が生み出されていくのが目に飛び込んできたんだ。
「やっぱりそうくるか」
「お頭、こりゃやべぇわ。」
「あんな数の火の玉をぶっこまれたらひとたまりもねぇぞ」
一斉に動揺が広がるのを感じた。
「おい、船長」
支えていたアイザックの体を丁寧に地面に下ろすと、俺は船長の裾を引っ張った。
「どうした?」
「この期に及んで温存なんてケチ臭いこと言うなよ?」
「何か手があるのか?」
「時間が掛かる。全員伏せろ」
俺の言葉を聞くや否や、海賊達はその場にしゃがみ込んだ。
「アイギス!」
力ある言葉と共に、俺達の周囲の大気が一気に集束し始めた。
渦を巻き、俺達全員を包み込んでいく。
風の精霊術の大技のひとつ。
風の塊を作り、攻撃を防ぐ盾を形成する術。
ここまで多い炎の玉を防ぐにゃ、相当な厚みの風の層が必要だ。
そこまでの層を重ねるまでに間に合うのか。
異変を察知した魔物達が、遂に炎を吐き出した。
まるで炎の雨が降るように、無数の火球が俺達に降り注いだ。
凄まじい爆音が響き渡った。
俺達の頭上で、もうもうと上がる黒煙が目に入ってきた。
どうやら間に合ったらしい。
風の渦は煙をかき消しながら、俺達を包み込んでいた。
俺が安堵のため息をついたその時だった。
肉が焦げたような臭いが鼻をついたんだ。
「アイザァーック!!」
誰かがアイザックの名を叫んだのが聞こえた。
俺はアイザックに視線を移し、そして戦慄した。
その背中からは、頭上と同じような真っ黒い煙が上がっていたんだ。
「アイザック!?」
俺もその名を叫んだ。
間に合わなかった。
層の薄い場所を火球が突き抜けた。
それが運悪く、倒れていたアイザックに直撃したんだ。
苦悶の表情を浮かべる友人を見て、ようやく俺は何が起きたのかを悟った。
「エクスプロージォ!」
俺は突発的にレイスを練り上げ、その力ある言葉を放った。
俺達を包み込んでいた風の層が急激に膨れ上がり、まるで風船が破裂するかように爆散した。
風の爆発は炎を放ったガーゴイル達をズタズタに引き裂き、その肉堺を吹き飛ばした。
猛烈な爆風は更に広範囲に及び、止めをさせないまでも、その背後に控えていた連中もろとも遥か彼方に追いやってくれた。
「アイザック、しっかりしろ!」
船長の声が聞こえてきた。
「船長! アイザックを連れて城まで走れ! ここは俺に任せろ!」
「分かった!」
数人がかりで大きなアイザックを持ち上げると、海賊達は城までの残りわずかの距離を全速力で駆け出した。
が、しかし、ガーゴイル達もそう簡単には引き下がらない。
すぐに体勢を立て直すと、再び空を切り、俺達目掛けて襲いかかってきやがった。
「何度でもぶっ飛ばしてやる!」
俺は再びレイスを練り上げた。
今度は多少の時間がある。
さっきよりも数段厚い層が形成される。
ガーゴイルの群れが風の層に突っ込んできた。
それを見計らい、
「アイギス! エクスプロージォ!」
力ある言葉を放った。
先程より更に強烈な爆発が、ガーゴイル達をグズグズに引き裂きながら空中に撒き散らした。
それと同時に、背後から船長の声が聞こえてきた。
「スクード、もういいぞ! お前も早く来い!」
見ると、全員が城の正門の前まで到達しているのが確認できた。
踵を返し、俺も正門まで走った。
視線の先では皆、次々と場内に駆け込んでいた。
「早く来い! 魔物どもが追ってきてるぞ!」
「スクード! 早くしてくんなせぇ!」
船長とアンドレ、ふたりが門扉から顔を覗かせて叫んでいた。
背後から、ガーゴイル達の羽音が聞こえてくる。
しつこい連中だぜ。
あれだけ吹っ飛ばしてもまだやる気満々ときてやがる。
俺は全力で駆けた。
目の前で、一体のガーゴイルが門扉目掛けて突撃して行くのが目に入った。
船長がそいつを切り伏せた。
しかし、更に次が襲いかかる。
そいつの次も、また更に違う奴が。
どんどんと門扉に群がっていく。
俺は剣を抜き、そいつらを背後から真っ二つに叩き切ると、俺は扉に手をついた。
「スクード! 早く中に!」
アンドレが扉の隙間から言った。
「すまねぇな。こいつら、まだ遊び足りねぇんだとよ」
俺の肩口に、一体のガーゴイルが深々と牙を突き立てていた。
「スクード!?」
「先に行っててくれ。俺はこいつらが遊び疲れるまで付き合ってから行くわ」
そう吐き捨てると、俺は扉を閉じ、外側から閂を下ろした。
「アンドレ! スクードの心意気を無駄にするな!」
「だけどお頭!」
「俺達は先に進むぞ! イェンス、アイザックの様子をここで看てくれ! 何人か護衛でここに残れ! 他は俺に続け!」
「あいあいさー!」
そんなやりとりが内側から漏れ聞こえてくる。
流石はバカ船長。
俺の意図をよく分かってらっしゃるわ。
振り返れば俺はすっかりと、悪魔みてーに気色の悪いチビッ子達に取り囲まれていた。
俺は肩口に食い付いたガーゴイルの頭を鷲掴みにすると、力まかせにひっぺがし、目の前で牙を剥いて威嚇する奴に向かって叩きつけてやった。
「船長がいるとよぉ、何かとうるせぇんだわ。温存だとか、無駄遣い禁止だとかよぉ」
俺は吸い込んだレイスをゆったりと練りながらガーゴイルに話し掛けてやった。
「お前らには分かんねぇだろうけど、この術はほんの数発で俺のキャパを超えちまうんだけどよぉ……」
どのくらいいるんだろうな? こいつら。
見渡す限り、ざっと数百ってとこか?
気持ち悪いったらねぇぜ。
ざわざわと蠢いてやがる。
しかも性懲りもなく、また汚ねぇ口いっぱいに炎を咥えてな。
ガーゴイル達が俺に向かって火球を放った。
「どこまでもつか、試してみたくねぇか?」
力ある言葉に呼応して、俺の前に張られた風の層は、もう一度大爆発を起こしたんだ。
―――どのくらいの時間が経ったんだろうか。
レイスを練り、層を張り、爆発させるまで、溜めが長ければ数秒はかかる。
炎を防いで、それが途絶えたらこっちのターンだから、実際にはその何倍かの時間はかかってただろうな。
何発撃ったのかはもう覚えてない。
確か、十くらいまでは数えてたんだけどな。
途中から頭がボーッとしてきたし、体もダルくなっちまったから、数えるのが面倒になっちまった。
ぶっちゃけ、もうとっくに俺の体力は尽きてたんだけど、何故だろう。
それでも撃てるんだよな。
何度も何度も。
次が最後かも、なんて思いながら。
俺の前で、風の層は爆発を巻き起こした。
空中に飛散したガーゴイルの肉片が、雹みたく勢いよくバラバラと落ちてくるのが見えた。
俺はがっくりと両膝をついた。
ここが限界らしい。
立ち上がることができなくなっていた。
体に力が入らねぇ。
俺は辺りを見回した。
「なんだよ……終わりまで……試せてねぇじゃねぇのよ。情けねぇ奴らだな」
見える範囲の全て、どこにも。
あの汚ねぇチビッ子悪魔共の姿は消え失せていた。
グッチャグチャの肉片以外は。




