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第二話 支配されし国

 密林の国の出入り口は完全にひとつだ。

 大陸の南側にある大きな湾に位置する港町。

 そこにある関所を通らずしてこの国に入ることは何人たりとも許されていない。

 密入国をしようとすれば、海岸線に張られた結界が侵入者の存在を軍隊に知らせ、途端に囲まれて殺されてしまう。


 俺達の変装は完璧だった。


 入国審査官は、そりゃあ気味の悪い男達だった。

 全員が全員、真っ黒いフード付きのローブを頭から被り、ねっとりするような視線で渡航許可証に目を落としていた。

 しばらく許可証を眺め、積み荷を確認すると、籠ったような低い声でこう言った。


「入国を許可する」


 俺は直感で気付いていた。

 こいつら全員が魔族だと。

 しかし、その魔族達も俺達は欺ききった。

 船長とアンドレが長い年月かけて積み上げてきた成果だ。


 それから俺達は港で荷馬車を借り受け、毛織物を積み込むと一路、密林の国の城下町を目指した。


 港周辺は気候も温暖で安定しており、豊かな草原が地平線の果てまで広がっていた。


 俺は荷馬車の座席に腰掛けながら、隣で馬を操るアンドレに問い掛けた。


「城下町まではどのくらいまでの距離があるんだ?」

「この馬車で五日間ってとこでさぁ」

「なぁ、密林の国、とは言うけど、そんなんどこにも無いのな」

「はっはっ。まぁ見ててくだせぇや」


 その言葉通りだった。

 丸一日が過ぎた頃だった。


「マジかよ」


 俺はその迫力に圧倒された。


 草原がぱったりと途絶えたかと思うと、目の前にそびえ立ったのは、見たこともないほどの巨木の群れ。

 一本一本がとんでもない太さの幹を持っており、俺が十人いて腕を伸ばしたとしても幹周を測ることはできないだろう。

 そいつらがこぞって天を目指して伸びていた。

 遥か頭上には太い枝が張り巡らされ、日が差し込まない程に密集している。日が届かないからか、下草はあまり生えていないが、代わりに地面は降り積もる木の葉で埋め尽くされており、腐った葉が泥のような状態になり堆積していた。

 暗闇の密林はどこまでも続いており、中からは様々な動物の鳴き声が漏れ聞こえてきた。

 加えてたった一日移動しただけにも関わらず、温暖だった気候は座っているだけでも汗をかくほど暑くなり、更には湿度も高い。

 まとわりつく空気は不快そのものだった。


「これが密林の国の名前の由来ってわけでさぁ。この国は国土の八割がこのジャングルで占められてるんでさぁ」

「八割って、とんでもねぇ国だな。よくこんな環境の国が世界三大大国になれたもんだ」

「この森のお陰で土地だけは豊かだからな」


 日の差し込まないジャングルの土壌は薄い。

 詳しいことは俺も知らないが、気温が高いと分解速度が早くなるし、雨が多いと養分が流れ出るのも早くなって土壌が豊かになりにくいってのを聞いたことがある。

 それなのに森のお陰で豊かって、どういうことなんだ?


「こっちだ」


 俺達の前を行っていた荷馬車の座席から船長が顔を覗かせた。

 草原から続いていた街道は密林にぶつかった時点で途絶えており、先に進むための道などは無いように思えた。

 俺達は密林と草原の境目に沿って、西側に向かって進み始めた。

 しばらく進むと、不思議な光景に出くわした。

 巨木達の群れが、あまりにも近くに密集しすぎており、木と木が融合しているように見えた。

 何本もの樹木が重なりあい、それは自然に作られた壁となっていた。

 そしてその壁を削るようにして、道が作られていたのだ。

 上へと登るための坂道が。


「この木々は、モーテンバッカの樹って言って、見ての通りに果てしなく大きく成長する種類なんでさぁ。しかも生命力がバカ強くて、滅多なことがなけりゃ枯れたりしねぇし、火にも強い」


 船長の乗る荷馬車から、船長やアイザックらが降りるのが見えた。

 それに合わせてアンドレも馬車を降り、俺にも降りるように仕草で示した。


「この強い木々は、そりゃあ長い年月、ここに生きてるらしいんでさぁ」


 俺達の後ろをついてきていた馬車からも、イェンスや他の海賊達が降りるのが見えた。

 船長達は馬の手綱を引くと、歩いて木の壁の坂を登り始めた。

 坂の幅はとても広く、馬車ですらすれ違えるほどだ。

 傾斜はそこまで急ではない代わりに、しばらく進むと折り返し、また進むと折り返す。

 スイッチバック式に壁を登っていくように削られていた。


「あっこに山が見えやすでしょう?」


 登り始めてからしばらく経つと、アンドレが遠くの方を指差した。

 それは大陸の背骨のように横たわる巨大な山脈の中に、一際大きく鎮座する山のシルエットだった。

 その頃にはかなりの高さまで登ってきており、その壮大な山々がとてもよく見えた。


「あの山は、よく噴火するんでさぁ」


 かなりの時間を登ってきた。

 日が天を差していた頃に登り始め、今はかなり低くなり始めている。


「そろそろ頂上でさぁ」


その言葉通りに、長い坂道が終わりを告げた。


「こ、こりゃ……」


 信じられない光景だった。

 俺達は木の壁に作られた道を登ってきた。すなわち、木登りをしたってことになる。

 当然、辿り着いたのは木の上のはずなんだ。

 それがどうだ?

 目の前に広がっていたのは、広大な草原。

 そして、そこには転々と小さな林や池、人の住む集落や農地なんかがあるじゃないか。

 それどころじゃない。

 小さな丘や、そこから流れ落ちる川なんかも目に入ってきた。

 そこは俺達のよく知ってる下界の風景となんら変わりなかったのだ。


「詳しい歴史なんかはよく分からねぇんですがね、モーテンバッカの樹の枝は複雑に絡み合って、さっき登ってきた壁のように融合して、ジャングルに分厚い天井を作ってるんでさぁ。そしてそこに、火山の噴火で噴き上げられた土やらなんやらが堆積して、この樹上の平原は作られたってことらしいんでさぁ」

「すげぇ。木の上にまた違う世界が広がってるなんて、思いもよらなかった」


 俺は素直な感想を述べた。


「日当たりもいいし、地上よりも土壌が豊か。これがこの国が発展した理由だ。ちなみに、道からは外れるなよ。道のない場所は底が抜ける可能性がある場所だ。落ちたら五百メートルまっ逆さまだぞ」


 船長が笑った。


 城下町はここから更に馬車で三日間。

 その間、俺達はいくつかの村や町を通り過ぎた。

 見る限り、農地はどこもよく耕されており、立派な作物がたくさん育っているように思えた。

 しかしそれに反して、住民達は誰も彼もが貧しい暮らしをしてるようにも思える。

 しかも生半可な貧しさじゃない。

 皆が皆痩せ細り、ほとんど食い物にもありつけていないような有り様。

 にも関わらず、人々は農地を耕しているんだ。


「これがこの国の現実なんでさぁ。国民が作る作物のほとんど全てが税として徴収され、若干の食い扶持だけが残される。皆、その少しの食い扶持で命を繋ぎ、来る日も来る日も徴収されるだけの作物を作り続けてる。魔族のために」


 そう説明したアンドレの声が震えてるのが分かった。


「だけどさ、良かったじゃねぇか。こうやって、土地は豊かなままだ。」


 アンドレが俺の方に顔を向けた。


「魔族をやっつけるだけでよ、何も変わらない元の生活が戻ってくるってことじゃねぇか。作った作物が皆のものになるんだからさ」

「違ぇねぇ」


 少しだけど、その言葉に力が籠った。

 お互いにさ。

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