第一話 密林の国へ
「まさかお前がルチルを置いてくるとは、初めて会った時には思いもしなかったな」
俺達が密林の国に乗り込む前、最後に立ち寄ったのは、【海賊の楽園】と呼ばれる最果ての町だった。
正規国家の政府が作る世界地図に記載されることのない、無法者達だけの町。
存在は知っていても、絶対に認められることのない場所だ。
「ママとはぐれて寂しくないか?」
「おい船長。マジできちんと白黒つけとくか?」
「だっはっはっ! ジョークだろ? そう怒んなよ」
いや怒るわ!
この野郎、俺が孤島の国にルチルを残してきてからと言うもの、俺の顔を見れば第一声にこれを言いやがる。
しかも、見る度にだ。
誇張じゃねぇ。
見る度にだ!
日に何度言やぁ気が済むんだ!
朝起きてまず一言。
飯の席で一言。
便所から戻って一言。
一仕事して一言。
いい加減にぶっ飛ばしてやりたくなる気持ちも分かるよな?
始めは和ましてやろう的な気遣いかとも思ってたけど、どう考えても楽しんだるだけだと分かってからは真剣に頭に来るようになった。
「お頭! スクード! 遊んでねぇでさっさと片付けちまってくだせぇや! こんなもたついてたら日が暮れちまいやすぁ!」
俺がマストの張り替えを手伝っていると、アンドレの怒声が聞こえてきた。
「うっせ! 文句言うならまずこのバカ船長をどっか連れてけ!」
そう、俺達は密林の国に入国するための準備として、ここで船の換装を行っていたのだ。
海賊船から商船へのな。
「おっし。物資の調達も衣装も準備できたどー」
船員総出で船の改造に取り組んでいると、台車を引いたアイザック、それからイェンスが町の方から歩いてくるのが見えた。
イェンスってのは、船医のじーさん……ではないな。多分もう少し若いと思う。きっとアイザックよりは上だけど、聞いても「覚えてねぇや!」って笑うおっさんだった。
いつだって酒瓶を手にしたごっつい人で、背は俺よりも少し低いけど、筋骨隆々のいかにも海の男。ボッサボサでところどころ薄くなった部分が目立つ髪をくちゃくちゃにしながら、顔もしわくちゃにして笑う、好感の持てる人だ。
その台車には山盛りの荷物がはみ出んばかりに積み込まれていた。
―――
「よーし野郎共、よーく聞けよー? 俺たちゃ今から孤島の国の都市貴族だ。礼儀正しく振る舞えー」
「「あいあいさー!」」
「アイザック!」
「あいさ!」
「お前は誰だ?」
「孤島の国の豪商、カサンドラ家のパベル二世でございます!」
「イェンス!」
「あいさ!」
「俺達の扱う品物はなんだ?」
「孤島の国の王室御用達、上質な毛織物でございます!」
荷物を全て積み込み、船の準備を終えると、俺達はアイザックの用意してきた小綺麗な衣装を身に纏い、全員が揃って甲板に整列した。
俺達の前を行ったり来たりしながら、船長はこうやってひとりひとりに質問をしていった。
この海賊団の統制はバカにしたもんじゃない。
ルチル抜きで、船員として行動を共にして改めて気付かされた。
脈絡だけの作戦も意図を汲み取り、場面によって最善策を選択できる。
こいつらは全員が高い思考力と判断力を備えているんだ。
末端の船員まで全てだ。
そしてそんな奴らが船長の意思に従える。
そんな海賊団、他を探しても滅多にねぇだろうな。
頭がいい野郎は大概は野心家だからな。
しかし、ここには船長を出し抜こうなんて奴はひとりもいない。
少なくとも俺にはそう見える。
それはひとえに、このバカ船長の統率力が成せる業なのかもしれねぇ。
あんまり認めたくはねぇけどな!
「スクード!」
「なんだよ?」
「ママとはぐれて寂しくねぇか?」
「いい加減ぶっ飛ばすからな」
「おい、俺達は都市貴族だと言ったろ? 貴族の従者がそんな口の利き方をするもんじゃない。どんなに腹が立つことがあっても礼儀正しく振る舞え。金持ち喧嘩せず、だ」
これか。
これのために今までで散々っぱら挑発を続けてたってのか。
くっそ腹立つな。
「分かったら返事はなんだ?」
「かしこまりました。申し訳ございません」
「よし、そうだ」
船長は俺の肩に手を置くと、真っ直ぐな瞳で俺の目を見つめた。
「お前の顔を見てりゃ分かる。相棒が心配で仕方ないだろうな。俺だってもはや浅い仲じゃないし、作戦にあいつがいないのも痛い。しかし、それでもやらなきゃならねぇんだ。お前も腹を括ってくれ。必ず生きて、ルチルを迎えに行けよ」
あー、マジで腹立つわ。
こんなんここで言うなよ。
こういうのマジで苦手だわ。
「…………はい」
俺は無理やり言葉を捻り出した。




