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第十六話 しばしの別れ

 アンドレの開けた隙間から顔を覗かせた。


 俺の探索通りに、そこは城の武器倉庫だった。

 かなり広大な室内に窓はなく、壁にいくつかのランプが灯されていた。

 このことから、恐らくは城の地下室にあたる場所だと判断した。


「渡りに船とはこのことだな」


 船長の言う通りだ。

 そこには兵士が身に付ける朱塗りの軽鎧がところ狭しと並べられていたのだから。

 無論、変装には持ってこいだ。

 俺達は手早くそれらを身に付けた。


 部屋の外に出ると、青い絨毯の敷かれた廊下。

 高級そうな石の壁には倉庫内と同じく一定の距離ごとにランプが灯されていた。

 先の方に階段が見える。

 とりあえず俺達は上階を目指すことにした。


 階段を登りきると、すぐに地上階に出たようだ。

 地下と同じように絨毯が敷かれた廊下は、ランプではなく大きな窓を持ち、穏やかな陽射しが差し込んでいた。


 

 そこからは、正直に言うとよく覚えてない。


 ルチルの言う通りに外交官執務室に向かったが、どこをどう通って辿り着いたのか。

 城の造りが複雑だからとか、そんな理由じゃなくて、ずっと考えごとをしていたから、いや、そんな気になってただけかも。

 とにかく俺の気はそぞろで、とにかく何も覚えていなかった。


 外交官執務室に辿り着き、そよ風を使って中を確認して、中に人がいるのが分かり、それから俺達はもう一度地下道に戻って夜を待った。


 夜がきて、俺達は再び執務室に忍び込んだ。


 案の定、印章は金庫に保管されていた。


 アンドレがそいつを取り出して、船長が見付けた渡航証に判を押した。


 それから、ルチルが印章をポーチにしまった。


 ごめん。

 全部、蛇足だ。

 どうやって印章を奪ったとか、どうやって城から抜け出したとか、そんなんは全部蛇足。

 俺はもう、これ以上話したくないんだ。





 ―――


「じゃあ、またね」


 再度、地下道を通る間、俺達は一言も交わさなかった。

 全員が無言を貫き、黙々と歩いた。


 そして、王立公園へと辿り着いて、地上へと帰還した。


 なんてことはない。


 本当になんてことはなかった。


 誰にも見付からず、きっと今だって、賊が盗みに入ったのなんて、城では気が付いてもいないはずだ。


 そんだけ、俺達は首尾良く事を終わらせた。


 そこでルチルが言ったのが、その言葉だった。


「ああ。また……な」


 俺も言葉を捻り出して、辛うじてそう伝えるのが精一杯だった。


 もうじき夜が明ける。


「俺らは先に行ってる。話が済んだら外街(アウトランド)の外れまで来い。そこで待ってるからな」


 そう言って、船長達は去って行った。

 残されたのは俺とルチルだけだった。


「ルチル」


 俺はルチルに近付くと、その細い肩に手を置いた。


「スクード」


 ルチルが顔を上げた。

その顔はいつもの、明るくて優しそうで、だけどどこか儚げで、それでも穏やかな表情に戻っていた。

 悲しそうな目だけは隠せなかったけど。


「結局、勝手に決めちゃったね」


 思い返してみれば、ルチルが自分から何かをしたいと言ったのは初めてだった。

 もちろん、飯が食いたいだの休みたいだの風呂に入りたいだの、ワガママは言うが、旅に関してだけは、こいつはいつでも俺がどうしたいのかだけを基準に物を言ってきた。

 これが初めての、本当の意味でのルチルの意思だった。


「大丈夫。この街は少しおかしくなっちゃってるけど、だけど腐ってはいない。やりようなんていくらでもあるし、私はそのためのアイディア、いっぱいあるから。それに、ニーナもいてくれるし、少ししたらヴァンサンおじーちゃんも帰ってくるだろうし、でも皆には迷惑かけずにやれる自信もあるし、大丈夫、私ならやれるよ。大丈夫だから。大丈夫。」


 聞かれてもいないのに、ルチルはまくしたてた。

 基本はぶっきらぼうな女だ。

 俺が物を知らなくて、恥をかきそうなことがあるんなら、長いこと説明してくれることはあったが、こんなこと、今まで一度もなかった。


「いや、そりゃお前なら出来ると思ってるけど……」

「そうだよね。私なら出来るよ。出来る。出来るよ。今度こそ」

「ルチル?」

「もちろん、違うのは分かってる。違う人。だけど、だけど、私、私、自分が許せない。だから、今度こそ、今度こそ……」



 震えていた。



 俺はルチルのことを何も知らない。

 ここまでずっと一緒に旅をしてきて、俺はルチルのことを何も知らない。

 こいつが何を持っていて、何をもがいているのか、今の俺には何も分からない。


 なんでかな。

 少しは近付けたと思ったのにな。

 お前の側に寄り添えるって思ったのにな。


「分かった」


 渇ききった喉の奥から、やっとのことで声を絞り出した。


「お前の……」

「スクード」


 続けようとした俺の言葉を、ルチルはすぐに遮った。

 俺はそれに抗わなかった。

 それは、ルチルの言葉に、心のどこかで安堵してる自分がいたことに気が付いていたから。

 もっと言ってしまえば、俺にとっても都合がいいのかもしれないから。

 俺が今から向かおうとしてるのは、言ってしまえば魔物との戦争だ。

 そんなところにこいつを連れていくことに、どこか後ろめたさも感じていたんだ。

 そう言い訳した。自分自身に。

 なんでこんな風になっちまったんだろう。

 

「お願い。今は優しくしないで。今、スクードに優しくされたら、心が折れるから。」


 俺に……


 その言葉がどんな意味を持つのか俺には分からない。


「分かった」


 俺は同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。



「ね、スクード。私を信じてくれる?」


「もちろんだ」


 俺はルチルに一瞥をくれた。


 笑っていた。


 俺は必死に顔を背けた。

 これ以上この顔を見てたら、力ずくでも連れて行きたくなっちまいそうで。


 ルチルを置いて街を後にした。



 いつの間にか太陽が昇っていた。

 俺は空を見上げて歩いた。




 いつかお前のこと、俺にも話してくれよな。

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