第十五話 俺達のアンサー
「ねぇ、スクード」
ルチルは顔を上げた。
俺の顔を見た。
そうして、言った。
「今の私には、君の求める答えを出してあげることは出来ないんだと思う。君が清廉でいたいのが、痛いほどよく分かるから」
俺はじっと、その顔だけを見つめていた。
「私の答えは、君の本心と同じだから。でもそれは、君のジレンマの救いにはならないし、私も、希望では、君の勇者としての気持ちを支えたい。君の手を汚させたくはないんだ」
本当だよな。
本当、引くくらいに、俺のこと、分かってるんだな。
お前は。
そんでさ、俺と同じくらい、俺と同じ悩みを共有してくれてんだな。
「なぁ、ルチル」
俺はルチルから目を逸らして、呟くように言った。
「王様はさ、魔女を助けるために、戦争をしたのかな?」
ルチルがどんな顔をしてるのかは分からない。
「きっと」
でも、声色で分かる。
今にも泣き出しそうなんだろうな。
俺はお前の痛みを共有してやることは出来ないのかもしれない。
だってさ、きっとさ、俺もさ、
もし、そうなら、
王様と同じこと、するかもしんねぇから。
「でも……スクードは、私を助けるために、せんちょー達を殺すなんて考えなかったでしょ? スクードは、王様とは、違う選択が出来る子だよ」
確かに、そうかも。
そうかもしんねぇ。
そうかもしんねぇから、じゃあさ、
「じゃあさ、お前も俺といたら、魔女とは違う選択を出来るんじゃねぇのか?」
ルチルが振り向くのが分かった。
「俺もお前も、昔話の登場人物じゃねぇんだ。変えられるよ、きっと。変えられる」
俺も、ルチルに振り向いた。
泣いてなかった。
いや、さっきまで泣いてたのかもな。
暗くてよく見えねぇから。
泣いてたかどうかなんて、よく見えねぇから。
「いいさ。もし、今、間違った選択をしているとしても、挽回すりゃいいんだ。俺は今から盗みを働くかもしんねぇ。だけど、ちゃんと返す」
ルチルが口を開いた。
「誰に?」
誰に…………そりゃ…………誰に返せばいいんだろうか。
「スクードの気持ちは分かったよ。誰に返したらいいのかも、私には分かった」
「本当かよ? 誰に返せばいいんだ?」
ルチルが笑った。
なんか、久し振りに見た気がするな。こいつの笑顔。
「この国で、最も印章を持つに相応しい人に」
「それは誰なんだ?」
「…………」
俺はルチルの次の言葉を待った。
「まだ分からない」
「まだ……ってことは、いつかは分かるのか?」
「うん。いつかは……」
また難しくなってきた。
難しいよ、お前の言葉はさ。
でも、きっと色々と考えてるからこそ、そんな返事になるんだってのも分かってきた。
お前が何をどうしたいのか、聞かせてくれるまで、待つよ。
「ねぇ、スクード」
「なんだ?」
「誰に返せばいいか、私に任せてくんない?」
「それ、どういう意味だ?」
「スクードは、せんちょー達と一緒に密林の国にいる魔物をやっつけて」
「ああ」
「私は、ここで、この歪んだ亡霊をやっつける。そんでもって、スクードが助けた密林の国と交易をするに値する人に、印章を返す」
「…………お前、それは……」
俺は返す言葉を失ってしまった。
確かに、どんなに密林の国を助けたとしても、この国に巣食った悪意の亡霊がいなくなる訳じゃねぇ。
むしろ、またこっちから色んな厄介ごとだったり、魔物の侵攻が生まれたりもするかもしんねぇ。
だから、ルチルの言いたい意味は分かるし、それはやらなきゃならねぇことだってのも分かる。
分かるし……そりゃ……ルチルにしか出来ねぇことなのかもしんねぇ……けど……
「印章を見付けたら、しばらくお別れだよ。スクード」
俺は答えられなかった。
まさか、俺のワガママが、こんな結論を導き出すに至るなんて、思ってもみなかったから。
「ルチル。ちょっと待ってくれよ……」
「ダメだよ。もう迷っちゃダメ」
ルチルの瞳には、松明の炎が映っていた。
それは、強く強く、輝いていた。
本当に松明の炎だったんだろうか。
俺には分からない。
だけど、ルチルの瞳には、確かに炎が宿っていたんだって思えたんだ。
「分かった」
俺は立ち上がった。
そしてルチルに手を差し伸べた。
「俺とお前で正しいことをしよう。俺達は、勇者のパーティーだ」
ルチルも俺の手を掴んだ。
「どんなに遠く離れても、俺達は、パーティーだ」
ルチルは笑って頷いてくれたんだ。
だけどさ……一人で決めてくれるなよ……。
―――
「いよぉ、随分とお早いお帰りだな。お前もとんだスピードスターじゃねぇか、スクード」
暗がりの中、とぼとぼとした足取りで戻ってきた俺達を見留めて、船長が言った。
明らかに茶化そうとして待ってたって感じ。
そりゃまぁ、こんな暗がりで、男女が二人っきりでどっかにしけ込んだらさ、からかいたくなる気持ちも分かるしな。
けど、そんな冗談が通じるような状況じゃねぇってのが、船長達にも一発で伝わったみたい。
俺達の顔を見た瞬間、二人の表情も固く強張ったのがよく分かった。
「どうした? 痴話喧嘩って訳でもなさそうだな」
俺は、素直に打ち明けた。
二人で決めた、俺達のアンサーを。
「俺は、盗みをするって選択をした自分自身に迷ってた。大義を成すために、目の前の些事として、悪事を働いても良いって、自分自身の選択に」
船長は頷いた。
「勇者の矜持に反するってか? まったく、面倒な生き物だな。勇者って奴は」
そう簡単に共感はしてくんねぇよな。そりゃーよ。
「で、どうすんだ? やめるのか? 海賊の手下を」
船長の問い掛けに答えたのは、俺ではなくルチルだった。
「やめないよ。スクードは、やめない。正しいこと、しなくちゃならないから」
「だが、その正しいことをするために、今からやることを受け入れられるのか?」
「受け入れないよ。スクードは受け入れない。私達がやることは、印章を盗み出すことじゃなくて、本当の持ち主に返すこと。そのために、まずは奪い返すだけ」
船長の眉間にシワが寄った。
「おい、まさか、この街の世直しをしてから、けじめ付けてから、密林の国へ行こうってんじゃないだろうな? 悪いが俺らにもそんな時間はないぞ。お前らがそうしたいなら、時間は取るって言ったけど、だからってそこまでは無理だ」
「分かってるよぉ。だからさ、ここに残るのは、私だけ。皆が密林の国から帰って来るまでに、私がこの街で、本当に印章を持つべき人を見付けておく。それが」
ルチルが俺の手を握り締めた。
俺もまた、その手を握り返した。
「俺達のアンサーだ」
「私達のアンサーだよ」
「分かった」
そう言うと船長は額に手を当て、天井を仰いだ。
「お前らがそう決めたんなら、俺らにも異論はない。だがな、スクード」
天井を仰いだまま、船長は俺に言ったんだ。
「お前はそれで本当に納得してんのか? お前がやろうとしてることは、ルチルに不始末の肩代わりをして貰うことに他ならないんだぞ」
抉るなよ。
抉って、くれんなよ。
「そう、決めたんだ」
俺は、静かに枯れた声を絞り出した。
「そうか」
船長は一言だけ呟くと、顔を下ろした。
そして言ったんだ。
「てめーらの覚悟は受け取った。野郎共、行くぞ」
俺達は、地下道を後にしたんだ。




