第十四話 たられば
「むかぁし、むかしのお話です。
あるところ、ある森に、魔女が住んでいました。
そして、ある森の外れには、小さなちぃさな村がありました。
村には、まだまだ集落としての機能すらなくて、ただ単に人が集まって暮らしてるだけ。
そんな、小さな村でした。
村には一人の男の子が住んでいました。
好奇心が旺盛な、少し変わり者の男の子。
男の子は、村の大人が怖がって近付かない、森の魔女に会いに行きました。
きっとそれは、ただの好奇心。
皆が怖がるから、会ってみたいと思っただけだったんだと思います。
魔女と男の子は出会いました。
魔女は、男の子に興味が湧きました。
だって、それまで、誰一人として、魔女に会いに来た人はいなかったから。
男の子も魔女に興味が湧きました。
そうして、二人は一緒に暮らすことになりした」
その昔話を、俺は黙って聞いているだけだった。
きっとこの話を聞き終えた時に、何かの意味が生まれるんだろうな。って、そう思ったから。
「魔女は男の子に色んなことを教えました。
男の子も、魔女から習うことをどんどん覚えていきました。
二人は、それなりに楽しく暮らしていました。
ある時、他所から人がやってきました。
他所の人は、商人でした。
色んな土地を回り、色んな珍しい物を発見をして、色んな物を色んな土地に広める人でした。
その人は、魔女と男の子と出会い、そして村にそのことを伝えてしまいました。
村の人々は、魔女から男の子を取り返そうとしました。
殺そうとしました。
男の子は、魔女を守ろうとしました。
その時、男の子は、すごい力を放ったのです」
思わず俺は問い返した。
「すごい力?」
ルチルはゆっくりと頷いた。
「そう、すごい力。男の子はね、よく分からないすごい力で、村人達の心を絡め取ったんだよ。村人達は、男の子の言葉に従って、魔女を殺すのを止めたの」
「そのすごい力ってのは何だったんだ?」
「なんだろうねぇ? それはよく分からないんだけど、魔女にはなんとなく分かったみたい。
それが、王者になるための、王の炎だ。って」
「王の炎?」
「そ、王の炎。男の子はね、きっと生まれついての王様だったんだ。王様になるために生まれた子だったんだ。だから、男の子の声に応じて、村人達は男の子に従った。
魔女は、この男の子を王様にしようって、王様になるために手助けしようって、その時に決めたのでした。
同時に、他所からやって来た人も、男の子のすごい力に魅入られていました。
そうして、王になる男の子は、魔女と商人を従えて、王への道を踏み出したのです」
この話、俺は知っていた。
これは『創世記』だ。
少しアレンジが加えられているけど。
王の炎とか、そんな魔法みたいなもんは出てこないはずだけど、多分、世界でも一番有名な昔話の一つで、色んな国の劇団が演目として採用している戯曲の一つ。
俺が港街で立ち寄った劇場でも、ちょうどこの創世記を上演していたっけ。
この話では、魔女と商人を従えた男の子が様々な困難や試練に直面し、それを勇気と知恵で乗り越えて成功を掴み取り、最後には国を興すんだ。
それは知っている。
ルチルは、どうしてそんな有名な話を喋り始めたんだろう。
これを話して、俺に何を伝えたいんだろう。
俺が不思議がっていたのが分かったんだろうか。
ルチルは、そのまま話し続けた。
「男の子は、王様になったんだけどね……ねぇ、スクードは知ってるかな? 王様は、最後にどうなるか」
「あぁ、知ってるよ。最後は、侵略されそうな他の国を助けに行くんだろ? そこで結果を残して、世界中で認められる名君になるんだ」
「そうだねぇ。そう。そうなんだけど、助けに行くって言えば聞こえはいいけどねぇ。でもさ、結局は戦争をしに行ったんだよねぇ」
「ん……まぁ……そうだな」
「王様はさ、戦争に行ったんだよ。……そう、戦争に。なんで戦争に行ったんだろうね。なんでかな。別に行かなくても良かったのに。行く必要、あったのかな。きっとあったんだろうね。大切な理由が、王様には、きっとあったんだと思うなぁ……」
俺は黙って聞いていた。
ルチルは何が言いたいんだろうか?
もしかしたら俺には分からない、深い考えがあるのかもしれねぇ。
でも、それは、きっと、俺のために話そうとしてくれてる。
だから俺は聞かないとならねぇ。
黙って聞かないとならねぇんだ。
「王様が戦争に行く時、魔女は何をしてたっけ?」
「……そう言えば途中でいなくなるよな」
そうだ。創世記って物語の中で、魔女はいつの間にかいなくなってる。
脚本にもよるから、王様を助けるために途中で死んでしまったり、商人と結婚して引退していたり、色んなパターンがあるんだけど、それでも必ず途中でいなくなるんだ。
「私はね、たまぁに思うんだ。
もし、魔女が最後まで王様の傍らに佇んでいたら、どうなってたんだろう? って。
もし、魔女が、王様が戦争に行くって聞いたら、どうなってたんだろう? って
きっと、何かしらは、王様に伝えることが出来たのかもしれないね。
もっと言えば、王様は、戦争になんて行くこともなかったのかもしれないね。
全部全部、『たられば』でしかないけど、もしかしたらって、思うんだ」
ルチルは、膝を抱えた腕の中に顎を埋め、静かに語っていた。
「スクード」
「なんだ?」
「どんな王様でもさ、どんなに生まれながらに人の頂点に立つ資格を与えられている王様でもさ、一人じゃ何も決められないんだよ」
ルチルの声は小さかった。
「それは魔女だって同じだよ。一人じゃ何も出来ないんだよ。だから、王様にも魔女にも、寄り添ってくれる誰かが必要なんだよ。
だから、スクード。
一人で悩まないで。
私は、誰の役にも立てないかもしれないけど、それでも、もう誰かが一人で悩む姿を見たくない。
ちゃんとした魔女にはなれないかもしんないけど、でも、それでも……」
一体何を言っているんだろうか。
きっとルチルにも、色んな背負うものがあるんだろう。
もしかしたら、創世記の魔女に自分を投影してるのかな? 投影するような出来事があったのかな。
きっと、こいつは、俺に王様を重ねてるのかも。
こいつにも、こいつの悩みがあるんだろうな。
「……私は、寄り添っていたい。今度こそ」
消え入るような声。
震える肩。背中。髪。
そうか。
そうかよ。
そんな気持ちで、お前は俺に尾いて来るって言ってたのかよ。
そんなんよ、そんなん……
「ルチル」
「……なぁに?」
ルチルは顔を上げた。
「俺、どうしたらいい? 正直、一人じゃ決められねぇんだ。ルチル、一緒に考えてくれよ」
そうだよ。
俺はもう、一人じゃねぇんだから。
だから、俺の相談に乗ってくれよ。
それでお前の孤独を埋められるんなら、さ。




