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第六話 容疑者スクード

 女を完全に撒くために、俺はフルーゲンを解いてからもしばらくの間は水の都のあちこちをほっつき歩いていた。

 旅立つ前に、少なくとも院長先生には報告をしなけりゃならなかったし、何より黙って行くのは俺自身が許さない。

 とは言え、勇者登録で住所を書いちまった以上はきっと孤児院で待ち伏せされてるだろうと思い、せめて深夜になるまで時間を潰すことにしていたんだ。


 ようやく月が空の一番高いところに昇った頃を見計らい、俺は孤児院へと戻ることにした。



「…………?」


 異変にはすぐに気が付いた。

 辿り着く前から物騒な気配が辺りに充満してたんだからな。

 案の定、孤児院の前には、見たこともねーような数の、城の兵士がたむろしていたんだ。

 スラムの路地、孤児院を覗ける位置の民家の陰に身を隠すと、俺は慎重に様子を伺った。

 兵士達は皆、一様にして剣や槍で武装している。どう考えても、俺が勇者になったお祝いに駆け付けてくれたんじゃねーことだけは確かなようだ。

 明かりの漏れ出す窓からは、いつも着てる黒い司祭服に身を包み、白く長い髭をたくわえた老齢の神父様……院長先生が曇った表情で外を眺めてる姿が見えた。

 あの様子じゃ、城の兵士に院の中に閉じ籠ってろって言われてんだろうな。

 となると、やっぱ兵士がここで待ってるのは院生の誰か……今現在、そんな問題を起こすような悪童に心当たりはねぇし、あるとしたら俺くらいなもんだ。ってことで、やっぱお目当ては俺ってことになるよな、きっと。

 

 俺は音を立てないように注意しながら、深くため息をついた。


 さーて、一体何をやらかしたんだ?俺は。

 胸中で独りごちると、今日一日の流れを思い起こしてみた。が、大して問題になるようなことなんかしてねーんだな、これが。

 卒業試験に合格して、旅人の酒場に行って勇者の証を受領し、そんでもって頭のおかしな女主人から逃避しただけだ。その後もふらついてただけだし、夕飯を食った食堂でだってちゃんと代金も払った。代金にも見合わねー大した味でもなかったけどな!

 となると、あれか。

 あの女主人が逆恨みから、俺が勇者の証をぶん盗って逃げたとかなんとか、あることないこと言って城に駆け込んだとかそんなところか?

 ったく、とんでもねーアバズレに引っ掛かっちまったもんだぜ、俺も。

 なんにしろ旅立ちの前に妙な箔が付いちゃぁまずいしな。

 院長先生にゃ申し訳ねーが、ほとぼりが冷めるまでしばらく街を離れるしかねぇか。

 幾分か旅して、一段落したらまた戻ってくりゃいい。


 俺がそんな不本意な決断を下そうとしたその瞬間だった。


 路地裏の暗闇から、俺の身体は思いっきり引っ張られたんだ。


「っ!?」


 反射的に抜刀しようとしたが、それを遮るように腕を押さえつけられる。

 大した力じゃないが身体の仕組みをよく知った者の仕業だ。


「なんだ!? てめ……」


 俺は力任せにその相手を振りほどこうとしたが、口を塞ごうとしてんのか、あてがわれた手の感触で思い止まった。

 冷たく細いこの感触。

 女の指だ。


「ちょっと君! こっち来なさいよ!」


 小声で怒鳴りながら俺の襟首を引っ張るそいつには見覚えがあった。と言うか、こんな派手なピンクの髪の毛してる奴なんか一度見たら忘れねぇからな。

 シャープな細面(ほそおもて)に真ん丸い大きい瞳とそれを縁取る長い睫毛。尖ったような高い鼻が特徴的なその女は、旅人の酒場の従業員に間違いなかった。


「なんだよ!? あんた!」


 暗闇で突然掴み掛かられてこっち来いだって? はいそうですか。なんて言えるわけねぇんだよ。


「しっ! 声が大きい! 衛兵に見付かりたいの!?」


 声を荒げた俺の口を更に力を籠めて塞いでくる。

 その口振りからして、やっばりあの兵士達のお目当ては俺で間違いないらしい。

 そしてどうやらこの女は兵士に俺を突き出す為に、俺を捕まえたい訳じゃないらしいってことは分かった。


「分かったよ。黙るから手を離してくれ」


 一気に大人しくなった俺の様子に安心したのか、ピンク頭は頷いてからゆっくりと手を離した。


「ここじゃまずいから、場所を移すよ」


 そう言うと暗闇の路地を足早に歩き始めた。


「ちょっと待ってくれよ……」

「理由は歩きながら話すから、早く!」


 食い下がった俺に振り返りながら、女はそう言い放っただけで歩き続けていた。

 どうやら本気で大人しく従う方が賢いらしい。

 俺も観念して後に尾いて歩き出した。



 何度も何度も夜闇(やあん)の路地裏を曲がりながら、女は振り向きもせずに語り始めた。


「あのね、ルチルが拐われたの」


 が、語られたそれは、少しもピンとこない名前だった。


「ルチル? 誰だ? それ」

「君にくっついてった酒場の女主人の名前よ。あの人、自己紹介もしてなかったのね」


 ルチル。

 あの女主人はそういう名前なのか。初めて知ったぜ。


「拐われたって、一体誰に? ……って、あの様子じゃ俺が疑われてるってことか」

「その通り。疑われてるどころか、犯人断定よ。ルチルが最後に目撃されたのは君と追いかけっこしてる時。その後、ご丁寧にお城に脅迫状なんか送り付けられてるんだからね」

「脅迫状だって? 俺はそんなん知らねーぞ。だし、あんな一般人なんか拐って何の得があるんだ。しかもわざわざ城に脅迫状? 意味不明なんだが」

「でしょうね。今の口振りで君は完全に私の中の容疑者から外れたね。ルチルがどんな人だか知りもしないんだから」


 なんか色々と含まれた物言いだな。

 もちろん俺は疑問を投げ掛けた。


「あいつに何があるんだよ?」

「少し考えれば分かるでしょ? ルチルは勇者ご一行様の大切な伝道師よ。あの人がちゃんとマッチングしてるから、勇者の生存率は目を見張るほど上がってるし、魔物の駆逐率も飛躍的に上がってるんだから。言ってみればこの国の要人の一人に当たる存在よ」


 まぁ確かに、そう言われればそうかもな。

 その言葉に俺は妙に納得していた。


「だから拐われたってのか?」

「私はそうだと思ってるよ。ルチルがいなくなってくれたら助かるような奴、それなりに多いだろうしね」

「その一人が俺だって?」


 俺がそう口にした途端だった。

 ピンク頭ははたと歩みを止めると、勢い良く俺に向かって振り返った。


「私はそうは思わない。だから君を探してたんだからね。衛兵に見付かるよりも前に」


 その瞳には、強い意志の光が宿っているように見えた。


「何でそう思う?」


 少しの戸惑いを覚えたのは言うまでもない。

 そして問い掛けた。

 女の返答は実に不可解なものだった。


「ルチルがずっと待ってた子だからだよ」


 その言葉に、俺は無意識に息を飲んでいたんだ。

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