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第十三話 勇者として

「ここら辺かなぁ」


 ルチルの示した天井は、他と特に変わったところはない、何の変哲もない石の天井。

しかしそこを剣の鞘で叩くと、大聖堂の床と同じようにくぐもった音を立てた。


「外側を埋めてあるけど、中は空洞みたいだな」

「ってことは、なんかありやすね?」

「恐らくな♪」


 船長が強く叩くと、天井がボロボロと崩れ始めた。

どうやら土を固めて埋めてあったらしい。

松明をかざすと、天井には人がひとり分通れるくらいの縦穴が見えた。

そしてその穴の壁面には、梯子になりそうな石の突起物が等間隔に埋め込まれていた。


「ここを作った連中は、ここから出入りしてたのか」

「だな。にしても高いな。どうやって登るか?」

「今度は俺に任せろ」


 俺は鞄から先程使い損ねたロープを取り出すと、その先には鉤フックを括りつけた。


「お前の鞄は何でも入ってるのか?」

「旅に必要そうな物だけだよ。ヴェルウィント!」


 手に握ったフックに風を纏わせると、俺は上空に放り投げた。

 突風に乗ったフックは縦穴に入り込むと石の梯子にがっちりと噛み付いた。

 引っ張ってもビクともしねぇ。


「よし、行くぞ」


 まずはアンドレが縦穴に入り込んだ。

 少し登るとすぐに天井にぶつかったようだった。


「アンドレ。まずは少しだけ穴を開けてくれねぇか?」

「あいあいさー」


 真っ暗な天井の中からほんの少しだけ光が漏れた。


「よし、まずは外を探る。ブリーゼ」


 そよ風がアンドレを通り過ぎ、ほんの小さな風穴から外に溢れ出した。

 前にも言ったけど、俺のそよ風はある程度の感覚をリンクできる。

 風が何かに触れたりとかすれば、人がいるとかそういうのを大体は掴めるんだ。


「けっこう広い部屋だな。物がいっぱいあるぞ。中に人はいねぇみたいだ」


 風から伝わる感覚が、そこが物置か倉庫だと俺に知らせていた。


「どうやら本当に城に辿り着いたみたいだな。後はどこに印章があるのか? だ。アンドレ、一旦降りてこい」


 船長の言い付けに従って、アンドレが飛び降りてきた。

 ここまで来てなんだが、確かにそれを話し合う必要がある。俺もそれは感じていた。


「まぁ、ヴァンサンじぃさんの口振りから察するに、城に印章があるのは確実だと思っていいんだが、印章ってくらいだ。小さな判子だろ? ある程度の目星をつけなきゃ、探すにしても、なぁ?」


 そう言った船長の視線はルチルに向けられていた。

 そうだろうな。こういう問題はルチルに尋ねたくもなるよな。


「うーん、まぁ、難しく考えなくても良いと思うよぉ? そんな焦んなくてもいいかな」


 ルチルはあっけらかんと言ってのけた。


「なんでだ?」


 船長は訝しげに問い返した。


「普通に考えれば、秘密裏に入手した訳じゃんさ、お城サイドとしては。しかも最高権力者。きっと誰も奪いに来るなんて思ってもいないと思うよぉ。ってことで、普通に外交官執務室とか、分かりやすい場所にあるんじゃないかな。せめて金庫に入れてるくらいで」


 なるほど、言われてみれば。慢心して当然な状況と立場ではあるな。

 だが、しかし……


「そう言われてみればそうかもな。なら、後は現地で変装でもして紛れ込めば問題はなさそうか」


 船長が襟を正し、アンドレも頷く。


「よし。野郎共、覚悟はいいか?」


 そう、船長が檄を飛ばした。

 が、


「ちょい待ちぃー」


 それに待ったを掛ける者がある。

 ルチルだった。


「どうした? 問題でもあるか?」

「本当にごめんだけど、少し待ってて欲しいんだぁ。ほんと少し、少しだけでいいからさぁ」


 一体どうしたんだ? とは思うけど、別に切羽詰まってもいないしな。もしかしたら()()()でも行くんかな? くらいの気持ちで俺はルチルを見送ろうとした。

 した。

 したんだけど、


「おいで」


 ルチルは俺の耳元で囁いた。

 俺は……無言でルチルに付き従った。



 ―――


「どうしたん? 暗い顔して」


 船長達から離れ、結構な距離を歩いた。

 ここなら見えないし声も聞こえないって距離感。

 そんなところまで、ルチルは俺を連れて来て、座るように促した。

 俺はバッグからタオルを取り出すと、地べたに敷いてやった。

 ルチルもそこに腰を落ち着けた。


「いや、なんでもない」


 俺はぶっきらぼうに言った。

 でもそれは嘘。

 ルチルに見透かされてるんじゃねぇのかってのも、気付いてる。

 俺が……


「ごめんね。言い方、良くなかったね」


 俺が次の言葉を紡ぐ前に、ルチルが謝罪の言葉を口にした。

 やっぱり見透かされてた。

 

「なんでもお見通しかよ」


 つい、笑ってしまった。


「なんでもじゃないよ。なんでも、なら、スクードを傷付けることもなかったし」


 本当に申し訳なさそうに、ルチルは言った。


「お前が謝る必要なんてねぇ。俺のメンタルが弱いのが悪いんだ」


 そう、そうなんだ。

 俺は迷っちまったんだ。

 本当は心の整理、ついていたはずなのに、いざはっきりと耳にすると、迷っちまった。


『奪う』って、その言葉に。


 船長がしたいこと、理解してる。たくさんの人を助けることになる。やらなきゃなんねぇことだって、頭では理解してる。

 だが、つもりだったって、ルチルの言葉で気付いて、それで、後悔が増した。

 本当は、何をするべきかって考えた時に、盗みに入るって思い付いちまった時に、自分の考えに後悔した。

 だけど圧し殺した。

 やるべきか、いや、やって良いことなのかって、迷ったけど、でも、圧し殺した。


「辛いよね。正しいことをするために、間違いを犯さないといけないって」


 ルチルは優しく言った。

 優しかった。

 本当に。

 俺の気持ちを、包み込んでくれてた。


 普通の人間であれば迷うこともないのかもしれない。

 大きな正義の前の、ほんの少しの悪事。

 今回のケースなんかまんま当てはまるよな。

 たくさんの人を救うために、盗みを犯すなんてさ。

 それで救われる人がいるのなら、俺が盗みを犯すことで困る人が少ないのなら。

 普通の人間であれば、迷わないんだろう。だし、俺だって迷わない。昔の俺ならな。


 でも、今の俺は勇者だ。

 俺が盗みを働いて、少しでも困る人がいるんなら、それは勇者としてやっちゃなんねぇ行いなんだ。

 

 そして、そのやっちゃなんねぇ行為をいとも容易(たやす)く思い浮かべちまった自分自身もまた、勇者としていちゃならねぇ存在なのかもしれねぇんだ。


 だからこそ、ルチルの優しさが痛かった。

 真綿で首を絞められるってのはこのことなのかも。

 優しいからこそ、余計に痛かった。


 何も言うことなく、膝を抱えて座るだけの俺。

 ルチルに何かを返してやることも出来ず、ただ、座っていた。

 

「むかぁし、むかしのお話です」


 そんな俺に対して、ルチルはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

 それは、俺も聞いたことのある、だけど、聞いたことのない昔話だった。

 

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