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第十二話 化け物ってのは

 二つ目のプレートにも、先程と同じように設問が刻まれていた。


 再び松明の明かりでそれを照らすと、俺は声に出して読み上げた。



【蛸壺にヒルデブランドの蛸が住んでいる。

蛸の足は一日経つと二倍に増える。

蛸壺の部屋は七十二個ある。

では、蛸の足が全ての部屋を満たすのに何日かかるだろうか?】



「今度はやけに短い問題だな」


 俺の率直な感想だった。


「なんか簡単そうだな」


 なんか楽しくなってきてんのか、船長が声を弾ませていた。


「ヒルデブランドの蛸ってなんでさぁ? そんなもん見たことも聞いたこともねぇや」


 アンドレの疑問ももっともだ。

 だが、さっきの問題から考えても、そこに引っ掛かるのは愚行と思えた。


「あれだ、今回もどうせ例え話の嘘の名前だろ?」

「なるほどな。よし、今度は俺が考えてやる。七十二個の部屋を蛸足が満たすんだろ? 七十二割る八で九、答えは九日間だろ!?」

「いや、違うんじゃねぇですかい? お頭。倍に増えるんですぜ? 初日に八。二日目は十六。その次の日は三十二。次は六十四。その次の日には百二十八。つまり、四日とちょっとでいっぱいになっちまいまさぁ」

「やるな、アンドレ。なら答えは切りよく四にしとくか!」


 意気揚々と船長が石板を押したが、やはり扉はピクリとも動かなかった。


「なんでだ!?」


 頭を抱える船長を押し退けると、ルチルが石板を押した。


 三。


 扉は砂埃を巻き上げながら、ゆっくりと天井に吸い込まれていった。


「なんでだ!? 三日じゃまだ三十二本だぞ!?」


 当然船長は抗議の声を上げた。

 無理もねぇ。普通に考えたら船長達の計算で合ってるはずなんだ。

 だが、ルチルは涼しげな顔で、いや、冷ややかな顔でだな、言ってのけたんだ。


「ヒルデブランドの蛸ってのは、足が十八本あるってゆー、聖イケル神話に出てくる神獣のことだよぉ。だから、三日でちょうど七十二本ねぇ」


 ワナワナと肩を震わせ始める船長とアンドレ。気持ちは分かる。

 が、それこそ愚かな行為だと俺は理解していた。

 しかし、その怒りは遂に爆発した。


「汚ねぇ! それは汚ねぇんでさぁ!! さっきは例えで、今回はその蛸を知ってないと解けないとか、性格悪すぎでさぁ!」

「そうだ、そうだ! 大体だな! こんな……」


 そこまで言ったところで、船長は言葉を失った。

 何故なら、ルチルから立ち上る真っ黒くてドス黒い、暗黒よりも更に暗い漆黒のオーラに気が付いたからだろうな。

 ほら、言わんこっちゃねぇ。言ってないけど。


「知らねぇからぁ。これ作った奴の性格なんて、私、知らねぇからぁ」

「だ、だよな! いやぁー、でもルチルはすごいな! すぐに分かっちゃうもんな! 流石、美人なだけはあるな!」

「顔、かんけーねぇからぁ。」

「よし分かった。すまん!」


 これで船長達も学んだことだろう。ルチルは怒らせたら(こえ)ぇんだ。



 ―――扉があった空間を潜り抜けると、目の前には壁が。

 見渡すと、元いた通路に平行するようにして左右に通路が伸びていた。

 しかし、今度のは見た目で明らかにカーブを描いているのが分かる。

 やはりこの通路は内側の円に当たるんだろう。

 ここまでくるともはや確定だ。この地下道は、退魔の法陣で間違いない。

 今度の円は左側を選んだ。

 北に進む方向だ。

 内側に進むにつれて歩く距離も段々と短くなってくる。

 程なくしてルチルが立ち止まった。

 図形で言うと真ん中の円の北端。内側の三角形の頂点と交わる地点だった。


 そこにもお決まりに漏れず、金属プレートと数字の石板が埋め込まれていた。

 俺はプレートの埃を手拭いで払おうと、松明の明かりを近付けた。

 と、その時だった。


「いや、もういいよぉー」


 ルチルが俺の脇腹を押して場所を開けるように催促してきた。

 まったく、まだ怒ってんのかよ。

 意外だな。

 こいつはそんなに粘着質じゃないと思ってたのにな。

 俺はどうしたもんかと思案しながら頭を掻いた。


 二十五。


 番号を押された石板が、ゆっくりと壁にめり込んでいくと、再度、壁の一部が浮き上がって天井へと向かって上昇していった。


「なんでだよ!? お前、問題すら読んでねぇじゃねぇか!」


 これには突っ込まずにはいられなかった。

 問題も読まずに答えが分かるわけないだろう。

 それはいくらなんでもおかしい。おかしすぎる。

 こいつをして、あてずっぽうなんてあり得るわけないし。


「もう問題なんかいらなぁーい。全部の数字、分かっちゃったし」


 しかし、当のルチルはつまらなそうに鼻をほじっていた。


「どういうことだ? どんなカラクリだ?」


 俺はそっと腕を下ろしてやりながら、ルチルに問い掛けた。


「よし、今度は簡単だから説明してしんぜよぉ」


 言いながら、先程の地図を上着のポケットから取り出すと、地面に置いて説明を始めた。


「この退魔の法陣って、色んな神話とか伝承とかに登場しましてぇー、そのお話によって色んな脚色が加えられてるんですけどぉー。せんちょー、ダビシルバー叙事詩って知ってるぅ?」

「ダビシルバー叙事詩? なんだそれ、知らないぞ」


 なんで船長に聞いたんだ。分かる訳ねぇだろ。


「今は帝国領になってる、大陸の北西側の地区に昔住んでたってゆー遊牧民族に伝わる口承文芸でしてぇー、だいぶ昔に失われていて今はもう知ってる人はあんまりいないみたいなんですけどぉー。その第三章十八節で語られてる物語では、退魔の法陣には十六柱の聖人が当てはめられてるのでぇす。

この法陣の接点十六箇所に、十六人の聖人の力が籠められてると言われてまぁす。

んで、その聖人達にはそれぞれ守護天使がついていて、その天使達にはそれぞれ生まれた順番に番号が与えられているのでぇす」


 俺達が最初に通過した寺院の下を指差した。


「ここの守護天使の番号は二百。んで、さっきの蛸の問題のとこね、ここの天使は三。ここまで分かれば、まぁ後は法則通りの番号なんだろうなぁーってのが分かるから、今いるここは二十五かなぁ? と。で、実際打ち込んだら当たりだったんで、ここからはもう問題なんていらないってことですねぇー」


 俺は心底感心していた。

 知識力、洞察力、思考力、その全てが高度に備わってなければ、この地下道を進むことは許されないって仕組みなのが分かった。

 ルチルはその全てを用いてこの難解な仕掛けをいとも容易く打ち破ってみせたのだ。


「お前、実はとんでもねぇ化けもんなんじゃねぇのか?」

「化け物ってのはぁ、目にも見えない速さで剣をチャンチャンバラバラやる奴のことを言うんでぇーす」

「いや、そんなんよりずっとすげぇわ。正直、尊敬に値するわ。」


 珍しくルチルが顔を背けた。


「うっさいなぁ。いくよ!」


 地図を畳むと、足早にその場を後にし始めた。

 どうやらこいつでも照れることがあるらしい。

 俺はあえて何も言わず、ルチルの後についた。


 ―――次の扉が最後だ。

 ルチルが百五十五の番号を押すと、予想通りに扉は俺達の通行を許可した。


「これで大体はお城の地下辺りに来たはずだよぉ」


 その言葉を聞き届け、俺達は一斉に天井を見上げたんだ。

 

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