第十一話 難しい話
「まぁでもぉー、全部私の推測で想像なのでぇー、違うかもしれないし、合ってるかもしれないしぃー」
ルチルは壁に歩み寄ると、丹念に調べ始めた。
ひとしきり掌で壁をさするように撫で回した後、真ん中あたりで手を止めた。
「お。なんか書いてあるねぇ」
その言葉を聞いて、俺はルチルの側に近寄ると松明の明かりをかざしてそれを読めるようにしてやった。
厚い埃を被ってはいるが、石壁には何か金属プレートのようなものが嵌め込まれているのが分かった。
ルチルがまたもや俺の上着の裾で埃を拭いとると、そこには何かの文字が見えた。
「えーっと、なになに?」
【聖人が二百人住む村と魔人が二百人住む村があった。
あるとき二つの村は合併し一つの町ができた。
それから長い長い年月が経ち、あまりにも馴れ合いすぎた聖人と魔人は自分が聖人と魔人どっちなのかということだけでなく、聖人と魔人が二百人づついることすら忘れてしまった。
町に百年に一度の祭の年がやってきた。しかしこの祭には聖人しか参加することが出来ない。だが上記の通り、町の人々は自分が聖人か魔人のどっちなのか、聖人と魔人が何人づついるのかを忘れてしまっているので、とりあえず一日目は全員祭に参加した。
祭の会場で十字架が配られた。この十字架は他人にかざすと、その人が聖人なのか魔人なのかわかる。しかし自分がどちらなのかは十字架ではわからない。また町の規定でお互い聖人なのか魔人なのか話してはいけない。つまり自分がどちらなのかは自分ひとりで周りの情報から考えるしかない。
ただし、村の全員が魔人は少なくとも一人はいることを知っている。
自分が魔人だとわかった人は祭から抜けるものとし、また祭の参加者は全員一日目にとりあえず十字架を周りの参加者にかざしてみたとする。このとき祭から魔人が全員抜けるのは祭何日目か?】
そのプレートにはそんな文章が刻まれていた。
「なんだこれ? 何かの伝承か?」
「いやでも、質問形式じゃねぇですかい?」
プレートの下に目をやると、ゼロゼロ、そしてゼロから九までの数字が刻まれた、親指大程度の石板が縦二列に並んでるのが見えた。
「分かったぜ。この質問の答えと同じ石板を押すんだな?」
「どうやらそのようで」
海賊二人が腕組みしながらプレートを読み耽っているようだった。
俺もまた、その文章をもう一度よく読んだ。
聖人の中から魔人を見付ける方法か。
「俺ならとりあえず片っ端から十字架を掲げてくな。早けりゃその日のうちに片がつくぜ。そういう時は足を使うに限る」
「確かにな。なら答えは一だ!」
船長が一の石板を押すと、それは擦れるような音を上げながら壁の中にめり込んでいった。
そしてしばらくすると同じ音を上げて元の場所に戻ってきた。
「何にも起こりゃしねぇんでさぁ」
「間違いってことか?」
「バカな! 正解だろ!」
「一日じゃ早急すぎるってことですかね? あんまり魔人を刺激すると何をするか分かりゃしやせんし、少し様子を見つつ動くべきじゃありやせんかね?」
「なるほどな。それも一理ある。なら、数日は行動を観察してみるか。魔人独特の癖なんかも見付かるかもしれねぇな」
「俺、気になるんだがよ、聖人と魔人の間に子ができてたらどうするんだ? どっちとして判断されるんだ?」
「そりゃ難しい問題だな」
俺と船長とアンドレが、三人集まった文殊の知恵を出しあってる時だった。
「ちょっとどいてぇ」
俺達を押し退けると、ルチルが石板を押した。
二を一度。ゼロゼロを一度。
するとどうだろう。
先程はウンともスンとも言わなかった石壁が、重たい音と共に天井に引き上げられていくじゃないか。
「二百日!? なんでだよ!?」
「そんな時間はかからねぇんでさぁ!」
「そうだ、そうだ!」
俺達は同時に抗議の声を上げた。
「うるっさいなぁ。なんででもいいでしょ」
「いやよくねぇ! 理由も分からねぇで前には進めねぇぞ!」
「そうだ、そうだ!」
船長、あんたさっきから「そうだ!」しか言ってねぇぞ!
「あっそぉー。じゃあ説明してあげよーかー? すんげぇーめんどくせぇーけど、説明してあげるとしますかぁー。いい? よーっく聞くんだよぉ。
まず、
魔人が一人のとき
一日目
聖人:魔人は自分以外に一人いる
魔人:魔人は自分以外にゼロ人いる
魔人は一人以上という前提があるから、魔人はこの時点で自分だけが魔人だとわかるよねぇ。
魔人が二人のとき
一日目
聖人:魔人は自分以外に二人いる
魔人:魔人は自分以外に一人いる
魔人は一人以上という前提があるが、魔人は「全部で一人の中の一人なのか、全部で二人の中の自分以外の一人を見ているのか分からない。
二日目
魔人は一人以上という仮定では、総数は分からないということを、参加者全員が分かっている。
んだから、魔人は二人以上とわかる。
聖人:魔人は自分以外に二人いる
魔人:魔人は自分以外に一人いる
聖人は自分含め三人か、本当に二人かはわからないけど、魔人は自分を含めて二人じゃないと二人以上という条件に反するので、自分が魔人だとわかるよね?
というふうにやると
魔人がx人のとき
x日目には
聖人:魔人は自分以外にx人いる
魔人:魔人は自分以外にx-1人いる
魔人にとっては、
もし自分が魔人でなければx-2人しか魔人が見えない人がおり、x-1日目に分かって抜けるはずだから、x日目に突入することはない
したがって、x-1人しか魔人が見えない自分が魔人だとx日目に突入した時点で分かるでしょー。
とゆーことで魔人が二百人の場合、百九十九日目に他の魔人が全部いなくなり、二百日目で最後の一人が自分が魔人だと気付いて抜ける。だから二百一日目は始まらず、答えは二百日っつーこと。分かった?」
「…………」
「…………」
「…………」
「分かったならもう行くよぉー」
「いや待て! やっぱおかしい!」
「そんなん効率悪すぎでさぁ!」
「そうだ、そうだ!」
「そんなめんどくせぇこと普通やるか!?」
「大体の状況を掴めたら、動くべきでさぁ!」
「そうだ、そうだ!」
「その答えが正解だってんなら、この聖人達はひとりずつ説教してやらねぇとならねぇ!」
「時間を無駄にすんのはよくねぇ!」
「そうだ、そうだ!」
「大体、聖人とか魔人とかが一緒に住む町ってどこだよ!」
「そんな平和な町があるならこんなとこに法陣なんか作ってねぇでそこへ移住すべきでさぁ!」
「そうだ、そうだ!」
「うるっせぇー!!! この設問の意図はそんなこと求めてるわけじゃねぇからぁ!! 聖人とか魔人とか例え話だからぁー!! 算数的に答えを導き出せって言ってるだけだからぁー!!」
俺達はがっつりと怒られた。
―――開いた扉の先には、二本の通路が伸びていた。
やはり、この通路が五芒星を描いているって仮説は当たりなのかもしれない。
俺達は右の道を選び進み始めた。
通路の幅は、外周の円に比べると少し細くなったように感じた。
今度はルチルが先頭を歩いていた。
いつになく早足だ。
しばらく歩くと、ルチルが再び壁を探りだしだ。
「ここら辺に扉があるのか?」
俺の質問には一切答えず目もくれず、ルチルは壁のプレートの埃を落とした。
俺は確信したんだ。
やはりさっきの件で怒っているってな。




