第十話 地下道の真実
まずは俺が皆に支えられ、上半身だけを突っ込んで中の状況を確認した。
長い間密閉されていたであろうその空間の空気は淀んでおり、強いカビの臭いが鼻を突いた。
手にした松明で周囲を照らすと、何となく中の感じが掴めた。
天井の高さは見る限りそこまで高くない。三メートルくらいだろうか。
床は石畳で舗装されており、明らかに人工的に作られた通路に思えた。
通路の幅は非常に広く、俺達四人が並んで歩いても余りある程だ。
そこまで確認すると、俺は引っ張りあげて貰うよう、支えの手をタップした。
「中は普通に歩いて通れそうだ」
まずは松明を地下道に落とし、足元を照らす。
飛び降りる目安を視認できれば、このくらいの高さなら造作はない。
まずは船長とアンドレが飛び降り、続くルチルのために俺は鞄からロープを取り出した。
「こんくらいなら平気よぉ」
言ったと思った直後にルチルも穴に滑り込んだ。
「はいー、着地ぃー」
穴の中から間の抜けた声が聞こえてきた。
俺は独りで苦笑いをしながらロープを鞄に戻すと、隙間に潜り込んでいった。
頭上で静かに隙間が閉じるのが分かった。
実際に下りてみると、思ったより更に中は広かった。
「さて、一体どっちに行ったもんかね?」
俺はルチルに尋ねた。
それに応えるようにルチルは懐からコンパスを取り出した。
「お城はこの時計台の東側だよぉ」
指差した方には壁しかなかった。
「回り込む感じか?」
それを見た船長が聞き返してきた。
「まぁそれしかねぇだろうな。とりあえず進むか」
俺はそう答えると、足早に歩きだした。
結構な時間を歩いたが、どうにも曲がり角なんかは見当たらない。
俺達はずっと真っ直ぐ進んでいた。
「大丈夫か? ルチル。かなり進んだと思うが」
痺れを切らしてきたんだろうな。船長がルチルに問い掛けた。が、ルチルはそれに答えず、歩くだけだった。
「なぁ、船長。俺達にとっても初めての場所なんだぞ? そんな質問されても答えようもねぇよ」
代わりに俺が答えた。
「いやそれは分かってるよ。分かってるからこそ訊いてんだろ?」
「なら黙っててくれよ」
「そういう言い方はねぇんじゃねーんですかい?」
俺の物言いに、船長ではなくアンドレがカチンときたみたいだ。
まぁ確かに、いつまでこうやって無軌道に歩いてたらいいのか、そりゃ不安にもなるだろうけどよぉ。
だからって、別に誰かが悪い訳じゃねぇんだし、もう少し静かにしてて欲しいんだよな。
「協力しようって言ってんすよ? 俺らは」
アンドレが俺の肩に手を置いた。
それが俺のイラつきを一気に加速させたのは言うまでもねぇ。
「協力するったって、こんな一本道の通路、歩くしかねぇだろうが」
「そうだけど、引き返すとか何とか別の方法がありやしょうが」
「今さら引き返すとか、それこそ無駄だろ」
「なんでそんなこと言いきれんでさぁ?」
俺もアンドレも、一触即発の手前までヒートアップし始めていた。
と、そんな時だ。
「なんとなく分かったよぉ」
ルチルの気の抜けた声が、俺達の頭に水を浴びせかけた。
「分かったのかよ!?」
「え? うん」
俺の質問に、ルチルは笑いながら答えた。
「流石はルチルだな!」
手放しに誉めちぎる船長だったが、
「いやまだ何も言ってませんぜ、お頭! とりあえず話を聞いてから判断しやしょう!」
そこはアンドレに注意されていた。
「違いないな。姐さん、分かったことを教えてくれよ」
「んーとねぇ、さっきからずっと真っ直ぐ歩いてるように感じるけど、この通路ってちょっとずつ曲がってるんだよねぇ」
「マジか? そうだったか?」
俺は背後を振り返った。
「うん。暗いからよく分かんないと思うけどねぇ。んでね、ちょっと街の地図貸して」
ルチルは俺の鞄に手を突っ込むと、ゴソゴソ中を探ると脇の方に入れてあった地図を取り出した。
床に地図を広げると、そこに黒炭で印を付け始めた。
「ここが時計台ねぇ。んでね、この通路の斜度と私の歩幅を考えると、多分こんな感じで歩いてきたはずなんだよね。だから今この辺なんだよねぇ」
印が付けられたのは、街の北側。
寺院だった。
「んで、このまま通路がこのカーブで続いていくとして……」
黒炭を滑らせた先には、
「東地区の大噴水か?」
「だねぇ。んで、その先にはぁー?」
「王立公園。そうか、そしたらその後は南西の図書館か。そして、」
「そぉでぇーす。そして、時計台に戻るのでぇーす」
ルチルの付けた印を結んでいくと、見事なまでの円が地図上に引かれたのだ。
「んでね、さっきの時計台の下にもあったんだけど、そこの壁に扉が隠されてんのよ」
言いながらルチルが壁を指差した。
地図に描いた、円の内側にあたる壁をな。
「は? 扉って、どこだよ」
「見えないでしょー? すんげー上手いこと隠してるんだよねぇ。ぴったり埋め込まれてさ。
んで、ここからは私の想像なんだけど、その扉をね、こうやってね、繋ぐとね」
寺院の印から、真っ直ぐな線を引き始めた。
北の寺院から南東の王立公園、王立公園から西の時計台、時計台から東の大噴水。
「こうやって、こうやって、次はこっちね。」
大噴水から走る線は南西の図書館を結び、最後に寺院に戻った。
「五芒星か」
そう、そこには綺麗な星が浮かび上がっていた。
「多分こうなるんだと思うんだよね。そんでね……」
続いて、その直線の中心を結ぶように、五芒星の中に円を引いた。
「こうなるの。でね……」
その直線と円の接点と接点のちょうど中心を結ぶように線を引くと、円の中に三角形ができあがった。
「んで、最後にこうなると思うよぉ」
再び、三角形を形成する直線の中心を結んで円を引いた。
「これ、なぁーんだ?」
「これは……これは光の精霊術じゃねぇか? 退魔の法陣か」
「せぇいかぁーい!」
ルチルは顔を上げると、実に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「おいおい、マジか? なんでそんなん分かるんだ?」
船長が目をキラキラさせて問い掛けた。
「この島さぁ、なんでこの島だけほとんど魔物が侵攻出来ないん? 警備が厳重だから? そんなに厳重だった? 田舎の方には軍隊も手を回さないわけじゃん。なのに強い魔物いないでしょぉー? なんでなん?」
「む、確かに。ってことは、これのお陰ってことか?」
「そー考えるとめっちゃ妥当じゃない? 多分ね、この街は地下に埋め込まれたこの法陣を護るために作られた街なんだと思うよぉ。ってか、この建物の配置を見る限り、街自体も法陣を強化する効果を持ってんのかもしんないねぇ。そんでね、見て、この真ん中の円を」
「これ、ちょうど城の真下か」
「そっ。お城の四つ角を綺麗に通ってるねぇ。つまり、この真ん中の円まで辿り着けば、そっからお城に入れるんだと思うんだよねぇ」
言い終わると、ルチルは手に付いた炭を俺の上着の裾で拭った。
普段ならここは怒るところだが、今はそんな気すら起きなかった。
ほんの少し歩いただけで、ここまで推測できるこいつの洞察力に、俺は、いや、俺達皆が圧倒されていたんだ。




