第八話 深い闇
ディアナの旦那は、利用された。
これが結論。
ただ、正義感から、密林の国が鎖国を解くように呼び掛けただけ。
きっかけは、きっと本人に聞かなければ分からないだろう。
それを利用されただけだった。
始めは、そこそこ派手に活動してたディアナの旦那が目に留まった。
多分、活動家としての手腕はそれなりだったんだろうな。
密林の国からやってきたって貴族が接触した。
ディアナの旦那に、お前にだけ交易を許すと伝えた。
もちろんディアナの旦那からしたら、そこから鎖国を解くように働きかけられるって、自分を楔に出来るって、そう思ったに違いない。
それに乗った。
だから、貴族に目を付けられた。
やっぱり貴族としても、密林の国との交易は金になるからな。
ちゃんと活動してるディアナの旦那の後ろ楯になり、きちんと活かしてやれば、成果を上げるだろうと踏んだんだろうな。
だから引き込んだ。
そして、その成果として、ディアナの旦那は密林の国から来たって奴と、孤島の国の有力貴族との橋渡しをすることになった。
既に魔族だったんだろうな。その密林の国の貴族ってのは。
形は上手いこと完成していった。
それは貴族の思惑通りでもあった。
どこの馬の骨かも分からない、スコッター同然の、使い捨てに持ってこいな駒。
さんざん利用するだけ利用した。
ディアナの旦那には、有るような無いような、そんな罪が被せられ、投獄された。
密林の国との交易を行う権利だけを剥奪されて。
結局は貴族の勝ち。
旨いところだけは全部持っていこうって、最初から決まっていた。
同時に、密林の国からやってきた魔族が蒔いた種子もまた、花開いていた。
悪い噂の多かったディアナの旦那が大きな仕事を成し遂げた。
その悪名を利用して民衆が行ったこと。それはルチルが推測した通りだったんだろう。
亡霊はどんどんと成長して、実体の無い巨大な犯罪シンジケートを産み出した。
それこそが魔族の狙い。
この孤島の国の隅々まで行き渡る犯罪組織なら、いくらでも入り込めるからな。
魔族もまた、ディアナの旦那を利用した。
結果、人間と魔族の利害が一致してしまった瞬間が訪れたって訳。
俺達が今訪れていたのは、外街の最果て。
ほとんど人が住むことのない郊外に、ひっそりと佇む監獄だった。
ここに、ディアナの旦那は収監されていた。
ディアナの旦那を買い上げた貴族の名は、ヨルムンド。
ニーナが知っていたのかは、分からない。
なんでニーナがヴァンサンじぃさんを俺達に着けたのか。
どんな想いで、俺達に出来る限りの協力をして、出来る限りの世話をして、出来る限り匿ったのか。
答えは出ているのかもしれないけど、きっと分からない方がいい。
俺達には、分からない方がいいんだ。
ルチルが支払った、ディアナの旦那の保釈金は、正直に言えば人一人の人生の価値としてはあまりにも安過ぎるものだった。
でも、俺達がディアナのために、そしてこの男のためにしてやれることなんて、せいぜいそれくらいなものだ。
安過ぎる金かもしれないけど、それでも、この男の尊厳を守ってやりたい。
それが俺とルチルの、トマシュ船長とアンドレの、ヴァンサンじぃさんの、それからきっと、ニーナの。
総意だったに違いないって、そう思いたかった。
―――外街のホテルのリビング。
俺達の目の前で、伸び放題のボサボサの黒髪と髭を振り乱し、一心不乱に飯を食う褐色の肌を持つその男を、俺達は黙って見守っていた。
「ありがとう。ありがとう」
そう言いながら、泣きながら、飯をかき込んでいた。
ヨッギ・ストレンベリ。
ディアナの旦那にして、リトルルチルの親父。そして、この街で、世界で一番有名な亡霊に名前を奪われた男。
それが、こいつだった。
きっとちゃんとしてれば結構なイケメンなんだろうな。
ガリガリでボサボサで、でも、目鼻立ちがとても整っている。それに、この眼光。
どんなにみすぼらしくなろうとも、どんなに他人に利用されて打ち捨てられようとも、それでも希望の光を絶やさない真っ直ぐな瞳。
なるほどだと思ったよ。
こいつなら、ディアナが惚れるのも無理はない。
「ディアナは、ルチルは元気にしてますか? 俺のこと、恨んでませんか?」
恨んでるわけねぇだろ。
あんたのこと、誰よりも理解してるよ。
そう言って聞かせてやった。
嬉しそうに泣いてた。
飯を食って、風呂に入って、ようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。
少し早いかもしれねぇけど、でも早いに越したことはない。
俺達は、当初の目的の一つでもある、密林の国への渡航方法について尋ねることにした。
「渡航には、当然だが渡航許可証が必要なんです。その許可証を発行するための印章を密林の国から授与され、ずっと俺が管理保管してきました」
俯き加減で話すヨッギ。
ま、この感じだともう持ってないんだろうな。それはこいつの置かれてきた流れから考えても簡単に想像が出来た。
「本当か!? なら、俺達に許可証を発行してくれないか!?」
トマシュ船長以外はな。
「なに言ってやがるんですか! お頭! どう聞いてももう持ってないって前振りでしょうよ!」
「すみません」
アンドレの突っ込みに謝ったのは、何故かヨッギの方だった。
「も、持ってないのか!?」
そして驚愕する船長。
マジで持ってると思ってたのかよ。
「投獄される時、俺の所有物は全て没収されてしまって」
「なんて酷い話だ! 海賊でも全ては奪わねぇぞ! 少なくとも生活出来るってくらいは残すもんだ!」
そりゃもしかしたらあんただけなんじゃねぇか? 海賊全部じゃねぇだろ。
胸中で突っ込む。口に出すと長引きそうだからな。
それに船長に話させても埒が明かねぇのも分かったし、ここは俺が代わりに話すことに決めた。
「没収、か。となると、一般的には国に持ってかれるってのが普通か。だが、今回のケースは様子が違うと見る方が自然かもしれねぇな」
「それは俺には……」
目を伏せるヨッギ。
ルチルが口を開いた。
「印章が欲しい奴が持ってるって考えるべきだと思うよぉ。だってそのために陥れたんだから」
「だよな。なら……」
俺はヴァンサンじぃさんに目を向けた。
その可能性が一番なんだ。
だって、ヨッギを利用したのは、ヨルムンド家なんだから。
じぃさんが息を吐いた。
「いいか? 一度しか言わないからよく聞け。どうしてニーナ様の独断を旦那様が黙認されてるのか。どうして俺がお前らにずっと着かされてるのか。だ」
そう言っただけで、じぃさんはもう二度と口を開くことはなかった。
だが、それだけで十分だった。
そうか。そうかよ。
じぃさんは、ニーナさんの使いであると同時に、ヨルムンド家の使いだったってことか。
ニーナさんの罪滅ぼし。
それは、ヨルムンド家にとってとても都合の良い行為だったってこと。
つまるところ、ヨルムンド家は、印章を横取りされたんだ。
じゃあ、貴族から横取り出来るような存在って、一体なんなんだろうな。
「どうやって忍び込む?」
俺はルチルに問い掛けた。
「水の都みたいに地下道とかあれば楽だけどねぇ」
流石のルチルでもこの国についてはそこまで詳しくはないか。
じぃさんも黙り。
こりゃ、忍び込むにも骨が折れるか。なぁんて考えてた時だった。
「それは、お城に忍び込むってことですか?」
その沈黙をヨッギが破った。
「なら、ありますよ。誰も知らない地下道が」
それが俺達の、起死回生の一手となったんだ。




