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第七話 ディアナの旦那

「会いに行くって、(ねえ)さんあんた、居所を知ってるんですかい?」


 あまりにも唐突な発言に驚いた俺達だが、まずはアンドレが問い質し始めた。


「うんにゃ? 知りませんよぉ?」


 返ってきたのは、まぁ、そうだろうな。って答えだった。

 ますます混乱し始めたであろう船長達の表情。ヴァンサンじぃさんも呆れた様子でそれを見守っていた。


 だが、俺はルチルの言わんとしてること、なんとなく意味が分かった気がした。

 こいつとはそこまで長い付き合いではないが、無意味に訳の分からない発言をする奴じゃねぇ。

 きっと、ヨッギ・ストレンベリに会うための筋道が立ったんだ。


「じゃあどうやって会うつもりなんだ?」


 今度は船長が尋ねた。その口調には若干の刺が含まれているのを俺は見落とさなかった。

 

「そりゃまぁ、まずは聞き込みからですねぇ」


 気の抜けた返答。

 その答えが船長達のイラ立ちに油を注いだのは間違いなかった。

 こりゃまずいや。

 ここで怒らせちまうのは宜しくねぇぞ。

 俺は堪らず助け船を出すことにした。


「こりゃあくまで俺の勘でしかねぇけど、ヨッギ・ストレンベリを探すんじゃなく、あくまでディアナの旦那を探すってことだろ?」

「をっ! スクード君、冴えてますねぇ。正にその通りでございますことよ」

「意味が分からねぇんだが」


 またしても手を叩いて喜ぶルチルと、余計に怒りが増した船長のコントラストと言ったらないね。

 そりゃ、普通は分からなくても仕方ねぇよ。俺だって相当考えてやっと理解出来たんだからな。

 ま、少なくともこれでルチルにヘイトが集まるのを防げたんだ。

 俺は少し安心していた。


「ヨッギ・ストレンベリを探すとなると、やっぱ難しいんだよ。色んな情報が錯綜するし、場合によっては煙たがれるからな。だけど、ディアナの旦那である活動家を探すだけなら、別に特に問題ねぇんだ。なんせ世間様では、ディアナの旦那とヨッギ・ストレンベリはイコールではないんだからな」


 そこまで説明してもまだ理解に苦しんでる様子の船長だが、アンドレは辛うじて理解してくれたらしい。

 

「なるほどね。ヨッギ・ストレンベリ絡みの余計な情報を削ぎ落とせた分、ストレートな人探しに変化したって訳ですかい」

「いや待てアンドレ。マジで意味が分からない。ヨッギ・ストレンベリとディアナの旦那は別人なのか? 俺達はヨッギ・ストレンベリがディアナ・メロと夫婦だって聞いたから、そっちの線から当たったんだぞ?」

「いやいやいや、お頭、そりゃ同一人物で合ってるんでさぁ。お頭が仕入れた情報は間違いなかった。ですが一般的には『ヨッギ・ストレンベリはディアナの旦那』ではありやすが、『ディアナの旦那はヨッギ・ストレンベリ』って認識はないってことなんでさ。分かりやすかね? この違い」

「……全く分からんぞ」


 船長の頭は爆発寸前なんだろうな。もはや目ん玉が左右で別々の方向を向く勢いだ。


「とにかくだ、ヨッギ・ストレンベリとディアナの旦那じゃ、探すにしても条件がかなり異なるってことで、とりあえずは納得してくれねぇか?」

「なんでだ?」


 多分これ以上話しても無駄だと踏み、俺は話を終わらせることにした。

 だってさ、もうルチルなんて飽きて鼻ほじり始めたんだからな。

 こうなったらもうダメなんだよ。先に進む時間なんだって俺は学習していた。



 ―――その日の昼過ぎから、俺達のディアナの旦那探しが始まった。

 まずは一度屋敷に戻ったヴァンサンじぃさんの情報を元に、街へと繰り出した。


「ニーナ様が仰るに、ディアナ様が活動家と出会われたパブは、外街(アウトランド)にあるスナイデルって店だそうだ」


 その店は、意外にもホテルからすぐの飲み屋街の一角に位置していた。

 正に灯台元暗しってのはこのことだよな。


 まだ開店前の飲み屋。従業員は出勤して仕込みをしてる頃だから、ってルチルの言葉に従って、店の扉を開いた。

 そして俺は驚いた。

 飲み屋って聞いてたからさ、そりゃ、酒場だと思ってはいたけどさ。でもさ、ルチルのやってる旅人の酒場みてぇなさ、ちっと古びた場末の酒場を想像してたんだけどさ。


 どちゃくそお洒落な店だった。


 テーブルも仕切りも全部ギヤマン張りだしさ、床も壁も大理石みてぇな艶々した石だしさ、照明だって間接照明って言うのかな。柔らかい灯りが店内を照らしていたんだ。

 そりゃ、確かにディアナやヴィッキーが来るような店だもんな。これがセレブ御用達ってやつか。

 俺は完全に面食らっていた。


「開店前にすいませんねぇ。ちっとお尋ねしたいことがあるんですけどもぉ」


 いつも通りの、かしこまってるのか砕けてるのか理解に苦しむルチルの言葉に、仕込みをしていたこれまたお洒落な若いバーテンも、フランクな感じで返してきた。


「どうかしたのかい? 君みたいな美人さんの質問ならなんでも答えちゃうよ」


 男四人も従えた奴に対してのこの台詞。はなっから俺達なんて眼中にないって感じ。

 下心見え見えだ。


「ですよねぇ」


 ですよねぇって、お前……。


「あのですねぇ、何年か前にこのお店で演説してた、密林の国の鎖国解放運動の活動家を探してるんですけどぉ」

「あぁ、彼かい? 彼ならとんと見ないね。なんでもしばらく前に、同じ活動をしてる貴族に気に入られてそっちに引っ張られたって聞いたけど」

「へぇ、そうなんですねぇ。どこ行ったかは知ってますぅ?」

「そうだね。貴街(ハイランド)の酒場で演説してたって話だけ聞いたかな。あっちはそういう店少ないから、すぐに見付かるんじゃないかな? それにしても助かったよ。彼、悪い人じゃないんだろうけど、ずっと払いもツケだったし、演説を茶化すお客と店で喧嘩したりね。貴族様に引っ張られなかったら、きっとツケだって踏み倒されてたはずだから。いなくなってくれてせいせいしたよ」


 ん。……悪い噂の立つ奴だったってのは本当くさいな。随分と小者臭が溢れてるが。


「そうそう、いつだかは忘れたけど、一度だけお客の女の子と良い仲になってさ。そん時もその子にツケを支払って貰ったよ。彼は人にだけは恵まれてるのかもね」


 それがディアナか。

 俺は複雑な気持ちになっていた。


「そっかぁ。ありがとーございまーす」

「あれれ? もういいのかい? ね、君さ、もし良ければ、開店したらもう一度おいでよ。僕のおごりでさ」


 下心見え見え。下心見え見えだ。

 が、


「いいのぉ? 最近ちっとびょーきが悪くなっちゃって、治療費稼げるのは嬉しいなぁ」


 俺達は何事もなく店を後にした。

 ルチルの方が一枚も二枚も上手だった。



 ―――それから俺達は貴街へと移動した。

 南の区画には主に商店が、俺達の目指す飲み屋街は南東の地区に位置していた。


 なるほど、確かに店はそう多くない。

 基本的には貴族達が利用するレストランなんかがほとんどで、しかも一軒辺りが大きな庭を有した屋敷みたいな造り。土地を贅沢に使うにもほどがあるっつーくらいに広いから、店の数も多くはならないって寸法だ。

 飲み屋もその例に漏れず。

 ってか、飲み屋の次元じゃねぇだろ。邸宅だよ、邸宅。


 俺達はそんな店を一軒一軒当たっていった。

 そしてそのどこの店でも、ディアナの旦那の噂話は悪いものだらけだった。

 っても、『客と揉めた』『ツケを払わない』『店の女の子にちょっかい出す』『酔って暴れた』とかそんなもん。

 ヨッギ・ストレンベリっつー幻の大悪党になるような要素なんて微塵も感じなかった。


 最後に回った店で、少しだけ変わった情報を手に入れることが出来た。


『密林の国からやってきたって貴族に声を掛けられているらしい』


 いよいよ迫ってきているって、俺は実感していたんだ。

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