第六話 ルチルの本気・後編
「そいでは、ここで赤い方に注目してみましょうかぁ。赤は、組織的って言うよりは本当に末端のチンピラとかを使って悪さをしてるように思えますねぇ」
「そうだな。てんでバラバラだが、少なくとも全員がヨッギ・ストレンベリから指示を受けてるって証言をしてたぞ」
「だよねぇ? ってことは、少なくとも組織に属してる可能性があるんだけど、こっちは特にバラバラな訳よ。ってことは、やっぱりさっきの青の仮説はがぜん現実味を増すわけですねぇ」
「確かにな。それぞれの組織が単独で動いてるってはっきりと分かるな」
「じゃ、なんででしょうか?」
「は?」
「おじーちゃんが言ってたように、ヨッギ・ストレンベリはちゃんと仕事をしないとクライアントに示しがつかないはずでしょ? なのに、こんな適当な動きを許してるんよ」
「それは、直系じゃないって意味か?」
「じゃあそう仮定してみましてぇ、なんで直系じゃないのかな?」
「……それは、なんでだ? 規模がでかくなり過ぎてて統制が取れなくなってるのか?」
「さて、どうでしょ?」
ルチルは視線を俺からヴァンサンじぃさんに移した。
「いいや。こいつらは騙ってるんだ。ヨッギ・ストレンベリの名をな。こんな雑な仕事、組織が許すはずがない。本当にただのチンピラの仕業に決まってる」
「んー、いいねぇ。そう考えるのが妥当だと思うんですよねぇ。じゃ、なんでヨッギ・ストレンベリは、自分の組織の名前に泥を塗ってるチンピラを放置してるのかな?」
「それは……確かにそうだ。俺達は、組織の名を貶める奴は消されると思ってきた。現に消された奴もいる。……だがそれは、同じ組織内の者同士でだった?」
「んー! 確信に迫ってきましたかねぇ。では、そうだとしまして、ヨッギ・ストレンベリっつー組織とは、一体なんなんでしょ? どんなに騙られても、何も身内以外にはアクションを起こさない。一体なんでなのかなぁ?」
俺はなんとなく分かった気がした。
だが、当事者であったこのじぃさんがそれを認められるだろうか?
「…………まさか、俺達がいたような組織自体も、ヨッギ・ストレンベリの傘下じゃないってことか? だから自分らの組織にしか手を下すことが、無い。と言うか、出来ない」
「んー! 来たね来たね! おねーさんもそう思うんだよねぇ。おじーちゃんが言ってたでしょ? 組織の誰も元締めのヨッギ・ストレンベリについてなんか知らないって。指令なんか来てないんだよ。上からさ」
手を叩きながらルチルが喜んだ。
にしてもだ、このじぃさん、よくそんなエグい可能性を口に出来たな。俺は素直に感心していた。
が、そうなると別の問題が浮上してくる。
「なら、ヨッギ・ストレンベリの組織は、この街にあるたくさんの組織を隠れ蓑にして、誰にも知られず活動してるってことなのか? 自分達がヨッギ・ストレンベリだって思い込んでる連中を利用して? そんなの、どうやって見付けたらいいんだ?」
結局は何も掴めない。むしろ、余計に探しにくくなる。
そんなの相手に、俺達は何をすべきなのか?
リビングに重苦しい空気が漂っていた。
しかし、ルチルは言った。
「ううん。見付ける必要なんかない。むしろ、絶対に見付からないから」
俺は勢いよく顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「おねーさんが思うに、ヨッギ・ストレンベリなんて組織は、存在しないからでぇす」
「「は!?」」
俺達は同時に声を上げた。
「存在しない……って、どういうことだよ? だって、じゃあ、ディアナの旦那は? ディアナの旦那はヨッギ・ストレンベリって名乗ったんだろ? それも嘘なのか? それにさ、それに、実際に密林の国との交渉に成功した奴がいたんじゃねぇのかよ。そいつがヨッギ・ストレンベリなんじゃねぇのかよ」
「ヨッギ・ストレンベリ。そういう個人がいるのは確かなんだと思う。そしてその人がディアナの旦那ちゃんなのも、きっと本当なんだと思う。じゃなければ、私の思うこの結論は成り立たないからさ。だけど、ヨッギ・ストレンベリって個人と、ヨッギ・ストレンベリの組織は全くの無関係だとも思う」
「個人と組織が、無関係?」
俺は、ルチルの次の言葉を待った。
「もしかしたら、ヨッギ・ストレンベリって人は本当に悪い人なのかもしれないし、人々にそう思われてたのかもしれない。それは会ってみないと分からない。だけど、その名前だけは、成し遂げた事の大きさにより膨れ上がった。だから、人々は噂した。すごい悪党がすごいことをした。噂だけがどんどん蔓延して、次第に人々はそれを利用するようになった。何か悪いことをすれば、ヨッギ・ストレンベリに言われてやったと、そう言えば人は納得するから。そしてそれはどんどん大きくなった。独りでにね。悪いことはヨッギ・ストレンベリのせい。ヨッギ・ストレンベリに言われたんだから仕方ない。これはヨッギ・ストレンベリの意思だって。……つまりこれは、実態の無い、名前だけが独り歩きした集団心理の成れの果て。……ヨッギ・ストレンベリって組織は、民衆達の悪意の亡霊なんだよ」
ルチルの言葉は、俺達の想像を遥かに超えた、異次元にぶっ飛んだものだった。
理解は……した。
簡単には受け入れられないけどな。
悪意の亡霊って……民衆ってのはそんなに悪い心を持っているものなのか。
でも、確かにそうなんだ。
頭のいない、胴体だけの亡霊だから、だから無作為で、考えなしで、好き勝手やってて、だからこそ誰も手を出せないし、むしろ、手を出すよりも利用した方が賢いと思うのかもしれない。
そう考えれば、この街で起こる全ての不可解は納得のいくものだと言えた。
「本気でそう思うか?」
だがしかし、今一度だけ、俺はルチルに問い掛けた。
本当の意味での納得が欲しかった。
「スクード。これはね、誰かが悪いって話じゃないんだよ。確かに悪いことはしてるけどね。一人一人は小さな気持ちなのかもしれない。でもね、それが重なって、束ねられて、いつしか大きく大きく膨れ上がってしまう。そういうこともあるんだよ。悲しいけどね」
そして俺は、たったの二週間でこれを突き止めたルチルを、心の底から尊敬していた。
……本人には口が裂けても言えねぇけどな!
「ルチルよぉ」
「なぁに?」
「お前が悲しむことはない。だってよ、お前が見付けてくれたんじゃねぇか。それだけで、救われてるよ、この街は。きっとな」
「スクード……」
なんでかな。
この時、ルチルの瞳から、曇りが消えたように見えたんだ。
俺の気のせいかもしんねぇけどさ。
―――が、この結論によって俺達が更に途方に暮れてしまったのも事実だと思う。
もはやどこをどう探すのかも分からない。
唯一の手掛かりだと思ってた犯罪組織すら、ただの形骸だって認めちまったんだからな。
一体、どうやってディアナの旦那を探すべきか。
俺が考え始めようとしていた時だった。
ルチルがこう言ったんだ。
「じゃ、ヨッギ・ストレンベリさんに会いに行きますかぁ」
もちろん俺達が返すことは一つだった。
「「っは!?」」




