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第五話 無理だろ

「は?」


 あまりに突拍子もない一言に、俺は思わず聞き返していた。否、聞き返してしまった。

 ここで聞き返すべきじゃなかったんだ。


「おねーさんが()いてっちゃるよぉ」


 一言一句、発音すら変わらずに全く同じことをリピートする女主人。

 俺は自分の耳を疑ったほどだ。


「いや、待て。聞き間違いじゃねぇのは分かった。だが言ってる意味は分からねぇ」

「おねーさんが尾いてっちゃるよぉ」

「三度目! 三度目だから! だし、聞こえてるって言ってんだろが! そーじゃなくて、あんたが尾いてくる意味が分からねぇって言ってんだって! 分かる!?」


 いきり立つ俺の顔を眺めながら、女はただヘラつくだけだった。


「聞いてんのか!?」

「聞こえてるよ、でっかい声だなぁ」

「聞こえてんなら何を笑ってんだ!?」


 あまりにも人を食った態度に、俺の怒りは一瞬で頂点に達していた。


「だから、スクード君に仲間がいないから、そんならおねーさんが仲間になってあげるってことなんよぉ。分かる?」

「分からねぇよ! なんだよ、仲間って! あんた、俺が勇者だって忘れてんじゃねぇのか!? 俺の旅は魔物退治の旅なんだぞ!? どこの世界に酒場の女主人を伴って魔物退治に出掛ける勇者がいるってんだ!?」

「ここ」


 女はヘラヘラしながら俺を真っ向から指差した。


「ふざけんなよ! てか、指差すな!」


 俺は女に詰め寄ると、真っ直ぐ伸びた指を丁寧に握らせてやった。


「まぁそんな怒りなさんなってぇ。おねーさんを連れてくと便利だよぉ? きっと役に立つよぉ?」


 が、俺の怒りなどはどこ吹く風だ。

 女は不敵な笑みを浮かべて俺を見据えていた。

 ……待てよ?

 なんでこいつ、こんな自信満々なんだ? もしかして、ひょっとしたら、こいつってすごい戦士とかの可能性もあんのか?

 勇者が集う酒場の主人だよな。そしたら、もしかしたらこいつ自身も元勇者だったりすんのかな?

 そんな考えが頭をよぎり、俺は少し冷静さを取り戻していた。


「じゃあ聞くが、あんたは何が出来るんだよ?」

「ん! お金の計算と金儲けなら任せんしゃい! あとお料理も出来まぁす」


 そんなことはなかった。

 てか分かってたけどな!

 案の定率百パーセントな答えに俺は辟易していた。

 そう言えばこいつさっき鼻くそほじってやがったんだった!

 俺は女の拳を放り出すと、一目散に出口へと歩を進め始めた。


「あーちょっとちょっと、待ってよぉ。今準備するからさぁ」


 そんな俺の背中に向かって女が能天気な声を掛けてくる。

 もちろん無視だ。


「四十秒で支度するからさぁ」


 四十秒?

 どんだけ短時間なんだ!?

 俺の中の突っ込みの虫が騒いでしまい、俺は思わず振り返った。

 そこには、壁のフックに掛かった小さなショルダーポーチを肩から下げただけで、俺の後を追おうとしている女の姿があった。


「四十秒どころか五秒じゃねぇか! しかも何だその支度は!? そこらに買い物行くんじゃねぇかんな!」

「どぅへへ! スクード君は本当に突っ込みが得意だなぁ!」


 笑ってやがる!

 俺は思わず頭を抱えてしまった。

 何なんだ、こいつは。からかわれてんのか? もしかして俺、からかわれてんのか?

 そうだ、きっとそうに違いねぇ。

 俺が落ちこぼれだってんで、こいつまでバカにしてやがんだ。

 一度は収まった腹の虫がジワジワと騒ぎ始めていた。


「大体あんた、ここの酒場の主人だろーが? 店はどうすんだよ!?」


 こうなったら理詰めしかねぇ。

 俺はこの女を思い止まらせる為に、至極まっとうな意見をぶつけることにした。

 

「へーきへーき。おーい、ミサミサぁー」


 女がカウンターの奥の扉の方へ声を掛けると、中から別の女が気だるそうな足取りで現れた。


「なぁによー?」


 目鼻立ちのはっきりとした、細身の女だった。酒場の主人同様にとびきりの美女だが、どうやらつい今まで寝ていたらしい。

 凄まじくショッキングなピンク色の髪をボサボサと手で弄り、もう片方の手では目を擦っている。

 女は部屋から出てくるや否や、内側からカウンターに突っ伏した。


「ミサミサ。私、ちょっくら旅に出てくるから、お店よろしくねぇー」


 ミサミサと呼ばれた女は顔も上げずに肘から先だけで手を振ってみせた。

 くそっ! 従業員がいたのか!

 だがここで引くわけにはいかねぇ。

 俺は更なる理詰めで攻めることにした。


「大丈夫かよ? しばらくしたら次の代のアカデミー卒業生が来るだろ?」

「平気だよぉー。どーせスーパーコンピーターが自動でマッチングしてくれるだけなんだからさ。情報打ち込むだけだもん、誰でも出来るんよぉ」

 

 が、女の放った意味不明な単語に、俺は不用意な反応を示してしまっていた。


「は? スー……なんだって?」


 それが仇となった。


「いいのいいの! さ、そうと決まればレッツラゴーだよぉ♪」


 一瞬でも隙を与えたのが間違いだった。

 女主人はここぞとばかりに攻勢に打って出やがった。


「まだ決まってねぇだろ! 俺は認めてねぇからな!」

「うるさい子だなぁ。どーせひとりで行くつもりなら、別に私が尾いてったって変わらないでしょーよ」

「変わるだろ! 変わるよ! 一般人なんて連れ歩いてたら、魔物相手じゃ足引っ張るだけだろ!」

「だけどお金勘定とお料理出来るのは便利だぞぉ? 旅が安定するし、何よりちょっと楽出来ちゃうんだぞぉ? スクード君、料理なんて出来るん? どーせ戦闘技術しか身に付けてこなかった戦闘職人でしょーよ?」

「……いやそれはそうなんだが……」


 理詰めで行くつもりが、まさかの理詰めで返されてしまった。


「じゃあ決まったね♪ しゅっぱぁ~つ!」

「だからって勝手に決めるな!!」


 あぁ、なんてこった。

 俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。

 どう考えても無理だろ。

 こんな一般人を連れて魔物退治の旅なんてよぉ……


「あー楽しみだなぁ。なんかいっぱいお宝見付けられる気がすんなぁ。お金持ちになれちゃう気がすんなぁ」


 そんな俺を余所に、まったくもって明明後日(しあさって)な心の声をだだ漏らしにしている女主人。

 おいその旅の目的!

 もはやそんな心の声まで聞いて連れていく訳にはいかねぇ!

 

 俺はその瞬間に心を決めていた。


「じゃあな!」


 一瞬の隙を突き、俺は酒場から駆け出した。


「あ、待ってぇー」


 背後から気の抜けた声が追いかけてくるのが分かる。どうやら追い掛けてきてるらしい。

 だがそんなんは無視だ。

 俺は全力でスラムの路地を駆けた。

 こう見えても逃げ足だけは速い。出来るだけ目立たないようにしてたが、アカデミーでだって俺より足の速い奴なんかいなかったからな。


 酒場からは相当離れ、いよいよスラムから抜け出そうとした頃だった。


「そんな目一杯走ったら出発前から疲れちゃうよぉ?」


 俺の心臓は跳ね上がった。

 真後ろだ。

 全力で走る俺の真後ろから、女の声が聞こえたのだ。

 振り返ると、ぴったりと追走する女主人の顔が俺の目に飛び込んできた。

 なんだこいつ!?

 俺は自分の目を疑った。

 足音も立てずにずっと尾いて来てたってのか!? しかも、汗ひとつかいちゃいねぇじゃねえか!!


 あまりの出来事に、俺はついビビっちまった。

 近場にあった民家の壁を蹴りつけながら屋根へと登ると、


「フルーゲン!」


 気合い一閃、飛翔の術を唱えた。


 身体中を風の衣が包み込み、次の瞬間には俺はフワリと宙へと浮かび上がっていた。


「今度こそ本当にじゃあな! もう尾いてくんなよ!」


 言うと同時に、俺は凄まじい速度で宙を裂いて翔んだ。

 脇から覗き込んで見えたのは、屋根の上であぐらをかいて座り込む、女主人の姿だったんだ。

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