第三話 不穏な街
ニーナって貴族の屋敷は街の南西部に位置していた。
王宮を取り巻くように放射状に張られた八つの幹線道路とそれを繋ぐ四つの環状線が最大の特徴。
それからランドマークとなる施設が五ヶ所、北の寺院、西の時計台、南西の図書館、南東の王立公園、東の大噴水ってな感じで建てられ、街の名所となっていた。
見事なまでに整地された計画都市。まるでピザみたいだと思った。
区分けされたブロックにはそれぞれの身分毎に固まって人々が暮らしており、南西部には比較的階級の低い貴族達の住居が割り当てられていて、そこにニーナの屋敷があった。
「ごめんくださぁーい」
水の都のルイス大臣の屋敷や、ディアナの住むコンドミニアムと比べたらかなり小さい建物ではあるが、それでも貴族の家だ。
レンガ造りの堅牢そうな家屋にそこそこな広さの庭。同じくレンガの塀の間に取り付けられた鉄柵の隙間から、ルチルが間延びした声で挨拶をしていた。
「どちら様で?」
ほどなくして、執事と見られる老夫が姿を現した。
寂しくなった登頂部に大きな鉤鼻、飛び出すくらいにギョロっとした大きな目玉。腰の折れ曲がった、いかにも昔からこの屋敷に仕えてるって感じのじい様だった。
「こちら、ヨルムンド子爵さんのお宅でいらっしゃいますかぁ? 私、サロン・ド・メロの紹介で参りました、ルチルと申しまぁす。ニーナさんにお目通り願いませんでしょぉかぁ?」
畏まってんのか砕けてんのかまるで分からない口調でフワフワと自己紹介を行うルチル。
そんなんでまかり通るもんなのか。俺が不安に駆られていた時だった。
「貴女がルチル様ですか。ニーナ様がお待ちでいらっしゃいます。どうぞ、お入り下さいませ」
嗄れ声って表現がいかにも相応しい声色。老執事は鉄門を解放した。
なんか……物凄い不気味なじぃさんだってのが俺の率直な感想だった。
「私、当ヨルムンド家に仕えて五年。執事のヴァンサンと申します」
…………俺は、その自己紹介になんとなく違和感を覚えたものの、とりあえず会釈を返した。
「ヴィクトリア様から事前にお便りを頂いておりましたが、随分とお時間が掛かられたのですね。一体どちらからいらしたのですか?」
手入れの行き届いた庭園を横切りながら、じぃさんが話し掛けてきた。
大河を通る郵便船に手紙を預けたんだとしたら、まぁ二ヶ月もありゃ届くもんな。その疑問はもっともだと思った。
「ちっと色々寄り道してましてぇ。遅くなってごめんなさーい」
お得意の、全く思ってない謝罪を口にするルチルの態度に、貴族の機嫌を損ねでもしたらどーすんだと不安を抱いたのは言うまでもなかった。
が、じぃさんは意外と懐が深いらしく、笑って聞き流してるみたいだった。
―――俺達が通されたのは応接間。
「こちらでお待ち下さいませ」
そう言ったじぃさんが部屋を出ていってから、結構な時間が経っていた。
その間、俺達は豪華な調度品で埋め尽くされたその部屋を眺めるだけ。
正直、俺は落ち着かない心持ちだったが、ルチルは、まぁそんなもんか、また優雅にお茶を飲んでいた。
アンドレも、まぁこいつも元は宮仕えの兵士だってんなら慣れてもいるだろう。が、漁師だった船長もどっかりと腰を落ち着けて、アンドレとカードゲームに勤しんでいるのには納得がいかなかった。
そうこうしてるうちに扉が開かれた。
現れたのは、白いドレスに身を包んだ細く小さな淑女だった。
「ルチルさん」
細く長い赤毛と白い肌の対比が印象的な、青い瞳をしたとびきりの美女。
「やぁやぁ、ご無沙汰しておりましたぁ」
「本当、しばらくぶりです。全然お変わり、ありませんのね」
そんな言葉を交わしながら、二人は手を取り合っていた。
なんとなくだけど、ディアナやヴィッキーと違って、この二人にはそこまで深い付き合いはないんだろうな。そんな雰囲気が伝わってくる再会だと思った。
「大体のお話、ヴィッキーさんのお手紙で伺ってますので、皆様の滞在先、もうご用意してあります」
改めて座り直し、俺達は早速本題に入っていった。
「久しぶりなのにお手数掛けてごめんねぇ」
「いいえ。ディアナちゃん、ヴィッキーさんからのお願いですし、何よりもサロン・ド・メロのルチルさんのお力になれるんですもの。それは気にしないで下さい。ただ……」
ニーナさんは笑顔を浮かべて話していたものの、それは次第に力無いものに変わっていった。
「私の主人は、貴族院議員をしております。なので、滞在のお世話くらいなら、出来るのですが、私自身、お手伝い出来ること、あまり多くないかもしれません」
そういうことか。
貴族院とか難しいことはあまりよく分からないが、俺達みたいな平民と関わり合いになると名前に傷が付くような仕事をしてるってことは伝わってきた。
きっと今のこの面会自体も秘密裏に行われてるんだろう。
「全然構わんよぉ。ほんと、ありがとうね」
その辺のことはルチルの方がよく理解してるのかも。ニコニコと笑いながら手を振っていた。
「ごめんなさい」
それでもニーナさんは謝り続けていた。
その表情には、本当に悔しそうな気持ちがにじみ出していた。
これ以上の滞在は迷惑になりそうだと判断した俺は、ニーナからは見えないようにルチルの肩を叩いて合図を送った。
お暇の時間だ。
「んじゃ、ちょっと長旅で疲れてしまいましたのでぇ、そろそろ行くねぇ」
「分かりました。それでは、滞在先については、執事のヴァンサンからお伝えします。それから、今後も、ヴァンサンに皆さんの、お世話に従事させます。困ったこと、ご要望があれば、なんでも申し付けて下さい」
席を立った俺達をニーナは手を振って送ってくれた。
応接間から出た俺達を待ち受けていたのは、例の執事のじぃさんだった。
「まずはお屋敷を出ましょう。もうお察し頂いてるでしょうが、皆様方の存在は、ニーナ様にとって害悪でしかございませんので」
…………今、なんつった? って思わず聞き返した上でぶちギレそうにもなった。
が、その通りだし、ここで怒ったらそれこそニーナにとって害悪だし。
とは言えだよ!
わざわざ挑発する必要あんのかよ!?
そんな憤りを覚えながら、俺達はヴァンサンに連れられて屋敷を出た。
屋敷の前には馬車が停められていた。
馬車に乗り込むとすぐだった。
「よし、なかなか良い根性してんじゃねぇか」
真っ先に腰を落ち着けたヴァンサンがそう言ってのけた。
「は!?」
俺は思わず大声を上げていた。
「あそこでキレて騒ぐような小者なら、ニーナ様には申し訳ないが、始末せざるを得なかったからな」
ネクタイを緩めながらため息をつくその様は、明らかにただの執事のものではなかった。
「やっぱりねぇ。執事にしちゃ血の臭いが濃すぎると思ってたんだぁ」
が、俺の隣に腰掛けたルチルはあっけらかんと言い放った。
どうやら船長もアンドレも同意だったらしく、特に驚いた様子もなく座っているだけだった。
「ほぅ、随分と鼻が利くんだな」
「おじーちゃん、殺し屋かなんか?」
「くく。そこまではいかんよ。ただのしがない始末屋だ。足を洗った五年前からこの屋敷で露払いを任されてる」
そうか。俺が引っ掛かったのはそこか。
こんなじぃさんなら、それこそ昔から仕えてそうなもんなのに、えらく最近からだってことに違和感を覚えたんだ。
だとしても、とてもそこまで見抜けなかったわ。
「とりあえずこっちも貴族のご婦人に迷惑を掛けるつもりはないんだ。逆にあんたみたいなアウトローが橋渡しになってくれて助かったぜ」
言いながら船長が手を差し出した。
「詳しいことは下宿に着いてから話す。お前らの滞在先は外街に確保してある。まずはそこに向かうぞ」
船長の握手に応じることなく、ヴァンサンじぃさんは小窓から御者に指示を出していた。
窓から覗く曇った空が大粒の涙を溢し始め、俺達は目的に向かって一歩進みだしたんだ。




