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第一話 勇者、一流の清掃員になる

 俺の海賊ライフは、とても海賊してたと思う。


 出航してからすぐにアンドレから渡されたのは、モップとバケツだった。


「なんだ? こりゃ」

「モップとバケツでさぁ」


 しれっと答えるアンドレに、俺はもちろん聞き返した。


「いや、見りゃ分かるけど、これを俺にどーしろと?」

「掃除するんでさぁ」

「…………なんで?」


 全くもって意味の分かってない俺の肩に手を置くと、アンドレは実に面倒そうに言ってのけた。


「お前はお頭の手下になったんだろ? なら俺ら同様に船員になったんだ。ってことはだ、働かざる者食うべからず。お前も仕事をすんのは当たり前なんでさぁ」

「え? そうなの?」

「そうだ」

「そうだ……って、え? なんで俺だけ? ルチルはどーなんだよ。あいつを見ろよ」


 俺はクォーターデッキに用意されたパラソルの下で優雅に本を読みながら鼻をほじるルチルを指差した。

 ……優雅に鼻ほじってんじゃねぇ! せめてお茶を嗜むとかにしとけ!


(ねえ)さんは航海士に任命されたって言っただろうが」

「聞いたよ。聞いたけどさぁ。だからって、なんでルチルが航海士で俺は掃除なんだよ?」

「じゃあ聞くが、お前は何が出来るんだよ?」

「……船員の仕事って例えば何があんだよ?」

「操船に関わるのは操舵士、航海士。船員の命を預かる調理師、船医、船大工。それ以外は甲板長であり副船長である俺の指示に従って操船の補助と雑務でさぁ」

「よし分かった。俺は戦闘以外は何もできねぇ」

「だろ? ならやるべきことは一つだ」

 

 俺は甘んじてモップとバケツを受領した。


 つーわけで俺は、朝から晩まで甲板から始まり船倉や船室まで、船中のありとあらゆる場所の掃除をして回った。

 俺が就職したルージュカノン海賊団ってのは、乗組員十六名の小規模なものだった。

 船長であるトマシュと副船長のアンドレは別格として、一応は役職を持つ者五人が幹部扱いで、その他は下っぱ。

 戦闘時には船員の全てが戦闘員も兼務していた。

 ここに航海士のルチルと船員の俺が足されるわけだ。

 ここまで説明してやっと気が付いたが、ルチルの奴、幹部入りしてんじゃねぇか。


 船の仕事って言われた通り、本当にたくさんあるんだな。

 操船の補助をしてる奴もいるし、大砲やら砲弾の手入れをしてる奴もいる。船倉で食料や飲料水の管理をしてる奴もいれば、釣りをして食料を確保する奴もいる。

 ま、どれをとってみても俺には到底すぐにはできそうもない専門職的なもんばかり。

 そう考えると俺は掃除夫で十分だな。

 出航から十日も経てば、俺は船員の全員と打ち解けていった。



 ―――外洋に出てから二月(ふたつき)あまりが経とうとしていた。

 通常、港街と孤島の国を往来するには、北の大陸を縦断する大河を通るのがセオリーだった。

 西側を高い山岳を領地とする国々に、東側を大国である草原の国と北の帝国に挟まれたその大河は常に中立地帯として扱われ、いさかいが起こることなど皆無。加えて人口も集中してるから寄港できる港も多く、最短で大陸を渡れる世界の大動脈として扱われている航路の一つとされていた。

 しかしハイバリー号は、大陸を西側から迂回する遠回りな航路を進んでいた。


 大陸の更に西には魔族の()()である魔澪(まれい)大陸が横たわっている。

 そんな危ねぇ大陸の側を好んで航行する船なんざ、滅多にいやしねぇからな。

 いくら大河が中立地帯と言えど、お尋ね者のルージュカノン海賊団だ。ずぅっと後を尾けられた後、抜けた直後にドカン! なんて想像に難くない。

 極力、人目に付かない航路を取るのは必定と言えた。


「おめぇの掃除は評判だど? どっかの王家御用達のカリスマ清掃員ばりの清潔具合だとさ。特技に掃除も加えた方がええんでないか?」


 クォーターデッキでモップがけしていた俺に話し掛けたのは、見上げるほどの大男。

 平均よりは大きな俺の頭がこいつの顎までしか届かないってくらいの巨漢だが、線は細めでヒョロッとした印象を受ける壮年の操舵手で、名前はアイザックといった。

 

「そうか? お陰で勇者を引退したら清掃員でも食っていけるわ」


 どういう訳か、俺はこのおっさんとウマが合ったらしく、海賊団の中でも特に仲が良くなっていた。

 舵を手放し、くすんだ金色をした伸び放題の髭をまさぐりながら、アイザックは笑っていた。


「なぁ、そう言えば、今どの辺を進んでるんだ?」


 外洋を進む船上だと時間の感覚が狂っちまうからな。俺は定期的にこの質問をするように心掛けていた。


「あっこを見てみろ。いくつか島影が見えるど? あの諸島が見えたら、大体半分ってところだど」


 半分か。半分って……一体どの辺なんだ?

 顔に丸出しになってたんだろうな。

 パラソルの下からルチルが地図を差し出してきた。


「この辺でぇす」


 指差したのは本当に真ん中辺り。海のど真ん中だった。


「うへ。世界って広いんだな」

「だしょだっしょぉー? 楽しいよねぇ、色んなとこに行くのってさぁ。おねーさん、尾いて来て良かったなぁ」


 ルチルは本当に嬉しそうに笑っていた。

 確かにあの島だって良いところだと思うけど、こうやって遠くに来て知らないものを見るってのは凄いことだ。

 尾いて行きたいって言ったルチルの気持ち、今ならよく分かるわ。

 俺は遠くを眺めていた。


「む……なんか……キナ臭いど」


 アイザックがそう漏らした。

 このおっさん、なんでもめちゃくちゃ鼻が利くらしいんだ。食い物の腐り具合なんかも一発で分かるんだとさ。

 すげぇ便利だけど、誰かが屁でもこいたらキツいんだろうな。なぁんて普段から思っていた。


 そんな時だった。

 マストから繋がる伝声管からでかい声が漏れ出してきた。


「前方に船影あり! あの船は……ハートレインだぁ!!」


 見張り役の船員の叫び声だった。

 同時に船中が色めき立つのが分かった。

 全員が一斉に甲板へと駆け出して来る。クォーターデッキ下の扉が開き、中から颯爽とトマシュ船長も姿を現した。


「距離は!?」

「約二五○○!」


 忙しなく動き回り、盛んに船員達から情報を集める姿を、俺はルチルとアイザックと共に見下ろしていた。


「やべぇのに出くわしちまったど。まさかハートレイン号とは」


 アイザックが乾いた声を漏らしていた。

 その感じからして、けっこう面倒な船らしいってのは伝わってきた。


「そんなにやばい船なのか?」

「おおよ。ハートレイン号はビアンコパーシー海賊団の旗艦なんだど。最新鋭の戦闘挺で、多分世界で一番速い船の一つなんだ」

「ビアンコパーシーってのは?」


 俺の質問に答えたのは、アイザックではなくルチルの方だった。


「私掠船で一番強い海賊だよねぇ? せんちょーから借りた本に書いてあったよぉ」

「おお! 二十隻の戦闘挺を束ねる海賊艦隊だど! オデら私掠船のボスでもあったんだ!」


 アイザックが何故か胸を張って語っていた。

 そこに船長がやって来た。


「タコ野郎だな、アイザック。追っ手を自慢する奴があるか。遊んでねぇで面舵(おもかじ)だ。ぶつかる前にずらかるぞ」


 クォーターデッキから望遠鏡を覗きながら、冷静に指示を飛ばし始めた。


「大丈夫なのか? 世界一速い船なんだろ?」


 俺は掃除道具を放り出すと、船長の背中に問い掛けた。

 船長は望遠鏡を下ろすと、笑みを浮かべて振り返った。


「安心しろよ、あっちはあくまで速い船の一つ。こっちゃ正真正銘の、()()()()()()なんだぜ!」


 ロングジャケットをたなびかせ、船長は腕を振り上げた。


「野郎共! 全速前進! すれ違う前に引き剥がせ!!」

「「あいさぁー!!」」


 (とき)の声と共に一気に船足が上がる。あまりの急発進に、俺もルチルもバランスを崩したほどだ。

 相手を左舷に見る格好に進路を変え、ハイバリー号は波を切って進み始めた。


 が、結末は思いもよらぬものだった。


 遥か彼方の海上に浮かぶハートレイン号が、突如として爆発したのだ。


「「はぁっ!?」」


 全員一緒の声を漏らしていた。

 もうもうと上がる黒煙。積んでいた火薬が次々と誘爆して、何度も爆炎が立ち昇る。

 何が起きているのか分からずに、俺達は微動だに出来なかった。


「ハートレインの背後!」


 伝声管がけたたましい声を上げた。


「あれは……あれは、ヨッギ・ストレンベリの船だぁー!!!」


 そいつは島影から現れた。

 真っ黒に染め抜かれた巨大なガレオン船。

 遠くから見るハートレインの実に二倍以上はある、化け物みたいなやつだった。

 既に真っ赤な炎を上げて燃え盛るハートレイン号に、執拗に砲撃を続けていた。


「アイザァーック! 面舵! 面舵いっぱい!! 全力で逃げろぉー!!」


 船長の怒声がデッキ中に響き渡った。

 指示通りに舵を目一杯回すアイザック。

 同時に船足は更に勢いを増した。


 幸いにもガレオン船はこっちにゃ気付いてなかったらしい。

 俺達を乗せたハイバリー号は、沈みゆく元同胞の船を尻目に、全力でその海域を後にしたのだった。


 何度も何度も轟く爆音を背にしながら。

 

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