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第十九話 出航の時

「これ、ニーナの住所よ」

「おっ、ニーナかぁ。懐かしいねぇ」

「あっちでの滞在の世話をしてくれるはずよ。ニーナもあんたのことはちゃんと覚えてるから問題ないと思うけど、念のため手紙を書いといたわ」


 そう言って、ヴィッキーが二通の封筒をルチルに渡してくれた。

 ニーナってのは、サロン・ド・メロの初めての顧客で、クローゼさんが仕えてる貴族の娘さんなんだってさ。そんでもってディアナが旦那と出会ったきっかけになった仕事を依頼した人でもあるらしい。今回の件にはかなぁり縁のある人だよな。


「こっちの封筒はぁ?」

「そっちは入国審査の紹介状よ。まぁ、スクードが勇者なら孤島の国への入国も差し支えないでしょうけど、そっちも念のためよ。札付きを従えての入国だし、万全を期すべきかと思って」

「あんがと」


 ルチルは笑いながら、でも大切そうに、封筒をポーチにしまっていた。


「ルチル。それにスクード君。無茶だけはしないでくんろ」


 ディアナは順に、俺達を抱き締めてチークキスをしてくれた。

 素直に照れちまうよ。


「おねーたん、おにしゃん! また来てくんろ!」

「また遊んでね!」


 リトルルチルとリリーナも、ディアナを見習ってかキスをしてくれた。

 クローゼさんもにっこりと微笑んで手を握ってくれた。


 それから最後に、ディアナとヴィッキーがルチルを俺から引き離して、何やら三人でこそこそ話してる。ま、女同士の話だし、俺は気にも留めなかった。

 代わりにクローゼさんが俺の肩を引き寄せて、小声でこう言ったんだ。


「昨晩君に言ったこと、気にしておいて欲しいな」


 ……昨晩?

 俺が記憶を辿り始めた時点で、クローゼさんは離れて行った。ウィンクなんかしちゃいながらな。

 ……なんか言われたっけ?

 俺は途方に暮れてしまった。


 そうして俺達はコンドミニアムを後にした。

 振り返れば、ずっとずっと、皆は手を振っていてくれた。

 俺は、別れがこんなに名残惜しいなんて初めて知ったんだ。



 ―――港を出た船は、商船から海賊船へと換装し直すために、例の洞窟へと戻っていた。


「さぁて、野郎共に頑張って貰う間、俺らは暇を持て余す訳だが、今のうちに聞いておきたいことでもあるか?」


 十数人かな? アンドレの指示の下、忙しなく作業する乗組員達を眺めながら、トマシュ船長が俺達に向き直った。

 別に大したことでもねぇと思っていたが、そう言うんなら訊いとくか。

 俺は質問を投げ掛けた。


「なぁ、あんた達はなんだって海賊稼業なんかに手を染めることにしたんだ?」

 

 率直な疑問だった。

 別に海賊じゃなくても良かったはずなんだ。故郷を救うためなら、それこそ活動家でも良かった。


「そりゃ、海賊なんてカッコイイからに決まってんだろ?」

「子供か!? あんたは!」


 この期に及んでバカ言ってやがる。


「冗談だよ。お前の突っ込みは本当に切れ味ジャックナイフだな」

「その内スルーするからな。気を付けろよ」

「だっはっは! そりゃ悲しいぜ!」


 笑ってんじゃねーよ!


「そりゃもちろん、始めは活動家みてぇなことはしてたさ。だが、やっぱヨッギ・ストレンベリの存在だな。なんかすげぇ活動家がいるってんで会おうと思ったんだがよ、あまりにも闇が深くて尻尾すら掴めねぇんだ。(じゃ)の道は(へび)って言うだろ? こっちも悪党の道に足を突っ込まなきゃ、情報すら集まらねぇ。そのためにゃ、私掠船って立場は便利だったぜ? なんせ無益な略奪はしなくて済むんだからな」

「あんたら、私掠船だったのか?」

「もう足を洗ったがな。っても、勝手に抜けてきてんだけどな! だっはっは!」

「なるほどな。最近ここいらに私掠船が出るようになったのは、あんたらを追ってなのか」

「ってことみたいだな。それに、そのせいで俺らが管轄してた地区の海賊船を解放しちまったって形なんで、結果的に人様に迷惑を掛けちまった。その辺は悪いと思ってる」


 船長は実に申し訳なさそうに言っていた。

 俺も勇者っつー立場上、その辺りの影響に関しては簡単には受け入れられねぇ。

 とは言え、もう起きちまったもんを責めても始まらねぇのも事実。


「なぁ、船長」

「なんだ?」

「俺一人の力じゃ、たかが知れてるのは分かってる。だが俺も勇者の端くれな訳で、もし目の前で罪もねぇ人達が苦しめられてるんなら、そん時は俺の役目を果たさせて貰うが構わねぇな?」

「いいだろう。そん時はお前に時間をくれてやるさ。それが俺らに出来るほんの少しの罪滅ぼしだ」


 ……こいつ、なんで本当に海賊なんかになったんだ。

 俺は胸中で独りごちると共に、無性にやるせなさを感じていた。


「その、ヨッギ・ストレンベリっつーのはさ、何をした奴なんだ? あんたらから聞く話だけなら相当な野郎なんだろ?」


 こいつらをこんな境遇に追いやった一端を担う存在。

 俺はそいつにも興味があった。


「そうだな……元はただの貿易商のボンボンだったって話だ。密林の国の造船所に船を造らせて、そいつを売りさばいて財をなした豪商のな」

「そうか。じゃあ、密林の国の鎖国で家業が大打撃を受けたってクチか?」


 船長は眉をしかめたまま頷いた。


「だろうな。それで鎖国を解くよう働き掛ける運動を始めたが、いつの間にか色んな悪事に手を染めるに至ったらしい。そういう運動には金が掛かるからな。危ねぇ薬やら輸入禁止物品なんかの密輸、密売。金持ち相手の強盗やゆすりたかり。無論、商売敵(しょうばいがたき)の殺しなんざお手のもの。果ては人身売買なんかにも手を出してやがる。所謂(いわゆる)、経済ギャング(ヤクザ)ってやつだ」

「経済ギャングねぇ。だけど、そんなんならどこの国でも一人はいるんじゃねぇか? なんでそんな名が通るんだよ?」

「そりゃお前、規模が違うんだよ。孤島の国じゃ奴の息が掛かってない場所は一つも無いと言われてるし、その勢力は国内に留まらない。頭の悪いゴロツキ、俺らみたいな海賊や盗賊を金の力で従えて、今じゃ奴の手下は世界中に散らばってるってのが専らの噂だな。ヨッギ・ストレンベリが全ての犯罪者達の頂点と言っても過言じゃないからだ」


 全ての犯罪者の頂点か。

 確かに、そりゃ規模が違うわ。


「よく今までディアナは無事に済んでたな」


 俺は単純な疑問を口にした。

 そんな凄い奴の弱点の一つなら、ルージュカノンがやったみたいに他の奴に狙われてもおかしくねぇもんな。

 が、船長は笑って答えた。

 

「バーカ。怖くて手を出そうなんてのは誰もいないんだよ。(やっこ)さんにゃ、貴族はもちろん、孤島の国の国王ですらおいそれと手は出せねぇって話だ。一体どんな弱みを握られてるんだかな?」


 おいおい、国王様ですらって、マジかよ。

 だが納得もいくな。そんだけの権力を持ってんなら、密林の国側だってそいつにだけ交易を許すのも筋が通る。利益にしか興味の無い商売人なら、国王よりも操作しやすいだろう。

 しかも世界中にネットワークを持つ犯罪者。それを利用しちまえば瞬時に世界中の裏社会に侵入も可能。

 魔族からしてみりゃ、これほど利用価値の高い便利な()()はないだろうからな。


「さて、もうじき換装も終わる。そろそろ出るぜ?」


 船長は羽根付きの三角帽子(トリコーン)を被り直すと、俺達には振り返らずに颯爽と船へと向かって行った。

 取り残されたのは、俺とルチルだけだった。

 そこで俺は気が付いた。

 こいつ、珍しくずっと黙ったままだったな。

 俺は顔色を伺った。


「…………ん?」


 俺の視線に気が付いて顔を向けたルチルの表情は、明らかに何かを考え込んでいる感じのものだった。


「どうかしたか?」


 俺の問い掛けに、ルチルは口角を上げて見せた。


「いいえぇー? ちっと眠かっただけでぇす」


 嘘。

 こいつはこんなにぎこちなく笑わない。


「そろそろ出航らしいぜ? 寝るんなら船の上で寝ろよな」

「はぁーい」


 俺が歩き出すと、ルチルも後に尾いてくる気配を感じた。

 ま、何かしら思うところがあるんだろうが、無理やり聞き出しても仕方ねぇ。話したくなるまで待つか。

 それが俺の判断だった。


 が、ひとつだけ言っとくことがあった。


「おい、ルチル」

「ん?」

「次はもう拐われんなよ?」

「善処いたしまぁす」


 笑ってんじゃねぇよ。



 そうして、俺達を乗せた海賊船ハイバリー号は、孤島の国を目指して北上していったんだ。

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