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第十八話 凄みと気高さと絆と

「たっだいまぁー」


 コンドミニアム。

 ヴィッキーの部屋の中に、能天気な声が響き渡った。


「ルチルぅー!!!」

「良かった! あんた、無事だったのね!?」


 ヘラヘラと笑うルチルに、ディアナとヴィッキーが泣きながら抱き付いていた。

 なんつーかさ、ミサミサもそうだったけどさ、友達って良いもんなのかもな。

 俺は三人を眺めながら、そんな風に思っていたりした。

 だが、それも長くは続かないんだよな。

 同時に後ろめたさも感じていた。

 何故ならさ……


「お邪魔致します」


 俺の背後から、船長とアンドレが顔を出した。


「「はぁ!?」」


 ディアナとヴィッキーの声がシンクロしていた。

 そりゃそーだ。

 だって誘拐犯を目の前に連れてきたんだからな。



 ―――特にヴィッキーは気が強いからな。

 船長達を受け入れるのに、割と時間が掛かっちまった。

 話に興味が無さそうなスカーレットさんが子供達をディアナの部屋に連れてってくれたんで良かったわ。

 最初はすぐに治安維持部隊に突き出すって言って聞かなかったんだけど、ルチルとクローゼさんが懸命になだめて、どうにかこうにか話を聞くことを承服してくれた。

 その間、船長達が大人しく謝罪だけしてたのも効いたかもしんねぇな。

 俺はあのアホ二人組も意外と常識人なんだなって感心していた。


 

 テーブルセットを囲みながら、ルチルが船長達の目的やディアナを拐おうとした経緯を説明していった。


「という訳で、この子達は密林の国へ渡るために、ディアナの旦那ちゃんに会いたくて、それでディアナに話を聞きたかったんだってさ」


 そこまで話し、ルチルは息をついてお茶をすすった。

 ディアナもヴィッキーももうほとんど平常心らしく、同じようにお茶を飲んでいた。

 これで一安心かな?

 俺もまた、お茶を頂いた。

 船長達もカップに手を伸ばした、その時だった。


「なんでわざわざ誘拐する必要があったのよ?」


 ヴィッキーの鋭い声が、船長達がお茶を飲むことに釘を差した。


「そ、それは……」


 しどろもどろになる船長。頼みのアンドレも素知らぬ顔をしている。

 

 実はこの辺に関して、俺達は事前に打ち合わせをしていた。

 密林の国の現状と、それからディアナの夫の身分について、それらだけはディアナ達には伏せておくべきだ。

 ルチルに聞く限り、ディアナの両親は祖国に残ってるとのこと。そのディアナに、祖国が魔族に征服されたなんて口が避けても言えやしねぇ。

 それに、会うのに妻を人質にしねーとならねぇくらいやばい野郎が自分の夫だなんてのもまた、彼女に聞かせたくねぇもんな。

 洞窟で話してた時に気は付いていたけど、船長達もその点に関しては相当気に病んでたらしい。

 あくまで一般人のディアナを人質に取るって決断は、苦肉の策だったに違いない。

 が、言い訳までは考えてなかった。

 だから、ここは俺から助け船を出した。


「こいつらアホなんで、普通に話を聞くなんて思い付かなかったんだとさ。海賊根性が染み付いちまってるらしいぜ」

「本当にアホね!」


 ヴィッキーが乱暴にカップを置いた。

 おお、怖ぇえ。

 が、そんなヴィッキーとは対照的に、静かな口調でディアナが口を開いた。


「いいや、いいんだべ。そんな気を遣わなくても。オラだって、あの人がどんな人なのかくらいは分かってるつもりだ」


 その言葉の意味に、俺達は掛ける言葉を失っちまった。


「でも、そんな人だども、オラはあの人の気持ちに嘘はねぇと思ったんだべ。オラには分かるだ。海賊さん達も、あの人と同じ目をしてるだよ」


 深いよ。深い。

 本当に深いって。

 そんなこと聞かされたらよ、少しでも疑っちまった俺自身の器量がどんだけ小さかったかってさ、思い知らされちまうよ。

 俺達は黙りこくっちまった。

 このまんま、誰も何も言えないんじゃないかとすら思った。


 だが、そんな沈黙を打ち破ったのは、安定のルチルだった。


「なぁんだ。じゃあ話が早いや。ねぇディアナ、旦那ちゃんに会うにはどーしたらいい?」


 ぶっちゃけ、デリカシーの無さは半端じゃねぇが、とは言えこの重苦しい空気が取り払われたのはデカい。

 素直にルチルに感謝するべきだと痛感していた。

 これでようやく話が進むかと思った矢先だった。


「うーん……それは、オラにも分からんのだべ」


 返ってきたのはどーしょもねぇ答えだった。


「いやあんた、旦那のことも分からないって……」


 呆れ半分で口を開いた俺だったが、ヴィッキーに抉り込むようなメンチを切られ、それが失言だと気付かされた。


 聞けば、ディアナとその旦那の出会いは凄まじく刹那的なものだった。

 それは、五年前。

 ディアナとヴィッキーが、孤島の国に嫁いだ顧客の要望でオートクチュールを作りに行った時のことだった。

 たまたま立ち寄ったパブで、必死に演説を行う活動家の男と出会ったんだそうだ。

 そしてディアナはその男と恋に落ちた。

 自身の境遇も手伝い、わずかの滞在期間中にディアナは燃えるような恋をし、ルチルを授かった。

 しかし、ディアナの夫は孤島の国を離れる意思の無い人間。

 そしてディアナもそれで良いと思った。

 年に一度か二度、この港街を訪れ、ディアナとルチルの顔を見にやって来るだけ。

 二人の関係は、それだけだと聞かされた。


 だけど、だからこそ二人には、誰にも理解し得ない絆があると、そう感じさせるに足る凄みと気高さがあると、そう思わせるんだ。

 

「お役に立てずに申し訳ないべ」

「あんたが謝ることじゃないわよ」


 そう言って、ヴィッキーはディアナの肩を抱いていた。

 こっちの二人の絆ってのもまた、すげぇもんがあるよな。

 

「んじゃー、まぁさ、旦那ちゃんの居所は一から探すからいいとして、名前くらいは知ってるんでしょー?」


 またルチルかよ!

 こんな雰囲気をきっちりぶち壊したにも関わらず、それでいてすんなりと受け入れられていた。


「そりゃもちろん。偽名か本名かは知らんけど」

「あんたそれ、もちろんとは言えないじゃないの」

「たはは。そうだべな」


 二人して笑っていた。


「あの人は『ヨッギ・ストレンベリ』と名乗っていたべ」


 俺は、その名前をどこかで聞いた覚えがあった。だが、どこで聞いたのかは覚えていない。それでも、絶対にどこかで聞いたはずなんだ。

 俺が深く記憶を探っていると、ふとトマシュとアンドレの顔が目に留まった。

 二人とも、驚くほどに表情を曇らせていた。

 まるで苦虫を噛み潰したみてぇな顔。

 そこで俺はピンときたんだ。

 そうだ、その名を聞いたのは、


『そんな大層なことやれる奴なんざ、稀代の大悪党、ヨッギ・ストレンベリくらいなもんだ!』


 定期船の船長の口からだった。

 俺はその名を知らなかった。

 だが、あの時の話の流れからしても、普通じゃ考えられないことをやらかすような大悪党として名が知れてるってことだ。

 いよいよ本格的にやばい奴だってのが分かってきたが……


「ふぅーん、そっかぁ。でも、ま、ディアナが選んだような人だし、そんな悪い人じゃないんだろうねぇ」


 ルチルは笑って聞き流してるみたいだった。

 多分だけど、ルチルも何か思うところがあったんだろう。ほんの一瞬だけど、表情が曇るのを俺は見逃さなかった。


「そうよ。あたしだって実際に会ってるんだから。彼は、そうね。ちょっとは危なっかしさはあったけど、でも真っ直ぐさを感じたわ」


 ヴィッキーもまた、ルチルの意見に同意していた。


 ディアナの目に間違いは無い。

 そう信じて疑わないんだ。

 これもまた、三人の絆なのかな。

 それがなんだか、羨ましくもあったんだ。

 

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