第十六話 理由
俺はルチルの提案を飲むことにした。
なんせこの妙なアイディア一つで、完全にイニシアチブを握っちまったんだからな。
このままルチルに任せといた方が、無駄な血を流さずに済みそうだ。
「分かった。じゃあ理由を聞いてやる」
「を、今日はまた聞き分けいいねぇ。おにーさんになったねぇ」
「子供扱いすんな!」
ルチルに毒突いてから、俺は改めて海賊へと向き直った。
「おいお前ら、聞こえてたろう? 本物のディアナと会いたけりゃ、お前らが誘拐をした理由を話せ。こっからは慎重に答えろよ? 事と次第によっちゃ、お前らは二度とディアナにゃ会えなくなるんだからな」
頭の表情の冴えなさはいよいよ本格的になっていた。もはや適切な判断なんか出来ないって感じ。
「おい、アンドレ?」
結局、アンドレに助け船を求めていた。
「お頭、話したらどうですかい? こいつらの言うことはまぁ、こっちの利益にもなり得まさ」
「そ、そうか……なら、話すか」
そうしてすんなりと受け入れた頭は、あっさりと口を割った。
「俺らはな、密林の国に行きたいんだ。そのためにディアナ・メロを探していた」
それが理由だった。
「……密林の国? それがなんだってんだ?」
俺は率直な疑問を口にした。
密林の国ってのは、世界三大大国の一つで、世界地図で言うところの南東の端に位置する大陸をまるまる領地とする国だ。
国土のほとんどが巨大な熱帯雨林で覆われた国なんだが、その資源を上手く活用し、造船業で大きく成長したっつー歴史を持っていた。
「密林の国はねぇ、十年ちょっと前から突然鎖国したんだよぉ」
ルチルが補足を加え始めた。
こりゃあいいや。きっと海賊の説明だけじゃ訳分からんことも多いだろうからな。
「そうだ。あの国は完全に外交を閉ざしてて、一体中がどうなってるのかを知る物は誰もいねぇ。大陸全土を領土とするバカでかい国のくせに、海岸線は蟻の入る隙間もないくらいに管理されていて、密入国すら不可能だ」
「海岸線、全部がか?」
「ああ。一体どんな方法かは知らないが、海岸線に沿って結界が張られていて、出入りする生物は全て把握されてるって話しだ」
「徹底されてんな。んで、密林の国とディアナがどう関係すんだよ?」
俺は思い出していた。
確か、ディアナは密林の国出身って言ってたな。もしかしてディアナが居れば密林の国に入れるのか?
「その密林の国が、数年前から外交を許した国がある。世界でたった一つ、その国にだけは門扉を開いた」
「孤島の国だねぇ」
ルチルが相槌を打った。
孤島の国ってのは、世界地図上では北西の果てにある小さな島国の名前だ。
俺の生まれた島よりも更に小さなその島国には独特の特徴があり、魔物の侵略がほとんど無い。だから、そんな小さな島国にも関わらずとても裕福だし戦争も強い。海を挟んで隣接する北の帝国も容易には手を出せず、国として確かな地位を確立しているって聞いたことがあった。
「そうだ。現在、孤島の国から出ている交易船だけが、密林の国に上陸することを唯一許可されている。じゃあ何故、孤島の国だけが許されたのか?」
いよいよ本題に入るって感じ。
そんな政治的なことは俺にはよく分からねぇからな。正直、話半分で聞き流そうとしていた。
「それがディアナ・メロの夫の存在だ」
その言葉に、俺は唖然とした。
本当なら「は!?」なんて聞き返してもいいところだが、それすら叶わなかった。
だってさ、もっと大局的な話を想像してたのに、まさかいきなりこんなに点で攻めてくるとは思わねぇだろ、普通はさ。
「なーるほどねぇ」
が、ルチルの方はこの反応。
どうやら心当たりがあったみてぇだな。
「何か知ってんのか?」
俺は素直に尋ねた。
「ディアナの旦那ちゃんはねぇ、孤島の国で密林の国が鎖国を解くように働き掛けてた活動家なんだってよぉ」
「そうだ。……って、あんたは本当に何でもよく知ってるな! 俺、そうだって言ったの今日で三度目だぞ」
「お頭、雑談は挟まねぇで下せぇ」
「お、おう! 悪い! それでだ、まぁその活動家ってのが凄腕で、密林の国が孤島の国を受け入れたのはそいつのお陰ってのが通説で、なおかつ、今も交易にはその活動家が絡んだ船を使用しないと寄港出来ねぇって話なんだ」
そうか、そういうことね。
ディアナ本人を狙ってた訳じゃなく、旦那と接触するために、まずはディアナと接触したかったってことか。
じゃあもう一つの疑問が浮かぶんだが……
「直接その活動家に会えばいいじゃねぇか?」
「バカ野郎だなタコ野郎だな、お前は! そんな簡単に会えるなら始めっからやっとるわ!」
……でしょうね。
「去年辺りからその活動家は姿をくらましちまってな、どうしても居所が分からねぇ。野郎の女なら、もしかしたら居所を知ってるか、もしくはこっちに逃げ込んでるか、と当たりを付けて来たんだがな」
「その結果の体たらくが今って訳か」
「やかましいわ! と言いたいところだが、まぁそういうことだ」
なるほどな。
理由は分かったが、でも聞いておかないとならねぇことがまた増えた。
「ならなんで誘拐した? その話が本当なら、誘拐なんかしなくてもディアナに話だけ聞きゃ済む話だったろうが」
「それは……だ……」
お頭は言葉を濁した。
が、俺には予想するところがある。むしろお頭の雰囲気から察するに、予想は当たってるとすら思われた。
「その活動家、てめーらと同業か、それに近い仕事してやがんな?」
「ちっ。何なんだ、お前ら。さっきから全部見透かしやがってよ」
舌打ちすんな!
だがそういうことね。活動家の居場所が分かったとしても、ディアナを人質にでもしねーとまともに接触出来ないやばい相手ってことか。
ま、これで話の筋は見えてきた訳だが、そうなると最後に聞かねぇとならねぇことがある。
それが、事と次第によっちゃ……に繋がる一番のポイントだ。
「てめーらはどうして密林の国に行きたいんだ?」
「密林の王国が、なぜ鎖国を始めたか知ってるか?」
それは、俺の問い掛けへの返答とはまったく異なる話だった。
「密林の王国の国王陛下には、二人の息子がいた。
聡明で快活な弟と、愚鈍で根暗な兄。
慣例通りであれば、嫡男が王位を継ぐべきだった。
しかし、国王陛下は弟を後継に指名した。
兄は自分よりも弟の方が王に相応しいと認めてはいたが、心の底では弟を憎んでいた。
兄は人知れず、魔族を召喚する儀式を行い、契約を行った。
力と叡智を得る代わりに、体を魔族へと明け渡す契約を。
人知れず行われた儀式が何故語られるのか?
それは、儀式を見ていた者がいたからだ。
その日たまたま酒に酔い、真夜中に便所に立ったその男は、儀式の光に引き寄せられるように裏庭に近付き、運悪くその儀式を目撃してしまった。
男は若く、あまりに恐ろしいその光景を誰にも言うことが出来なかった。
それからしばらくして、国王陛下は亡くなられた。
さほど日を開けず、更には弟も亡くなられた。
ふたりとも流行り病だったという。
しかし、儀式を目撃した男は確信していた。
魔族と契約した兄が国王陛下と弟を謀殺した、と。
男は復讐を誓った。
男は弟の近衛兵を勤めていて、男を近衛兵として召し上げてくれたのは他でもない弟だったからだ。
しかし兄も男が儀式を目撃していたことを知っていた。
兄が王位に就く前日、男は魔物に襲われた。
命からがら城から逃げ出したが、深手を負わされていた。
このまま国内に留まれば、いつかは見つかり自分も殺されてしまう。
男は国を出るため、何度も死にかけながらやっとの思いで遠く離れた海岸へと辿り着いたが、遂にそこで力尽きた。
その時だ。
たまたま通り掛かった漁師が男を救った。
一命を取り留めた男は漁師に匿われて体を癒していたが、魔族に乗っ取られた国は鎖国を宣言し外部から隔絶された。
国はみるみるうちに荒廃していった。
なんとか回復した男は漁師に全てを打ち明け、ふたりはそのまま船を出して国から逃げ出したんだ。
いつか力を付けて再び戻り、魔族から国を取り戻すためにな」
長い長いその話に、俺は息を飲んだ。
「お前ら……」
「その男こそが、このアンドレ。そして漁師が俺だ」
「いや普通そこ逆じゃねぇのかよ!」
「だっはっはっ!」
「笑ってんじゃねぇ!」




