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第十五話 海賊

「おい、寝てんじゃねぇぞ」


 そんな声と共に、俺の頭に衝撃が走った。

 頭だけじゃねぇ。背骨にもだ。

 脳天から蹴られたんだと一瞬で気が付いた。

 

「痛ぇな! 蹴るんじゃねぇよ!」


 起き抜けにも関わらずいきなりの怒声に、蹴った方が驚いたらしい。


「わ、悪ぃ」


 謝罪の声が降ってきた。


「お(かしら)、なに謝ってんでさぁ」


 そんでもって呆れ声。

 体を捻って頭上を見上げると、俺の顔を覗き込むように、例の二人組がしゃがんでた。

 大股開きでな。

 どっかで見た行儀の悪さ。

 そこで気になってルチルの方を見やると、あいつも俺のことを見ていた。

 あぁ、(おんな)じこと思ってんな。

 笑ってら。



 俺とルチルは二人して壁の前に座っていた。

 縛られてんのにどうやって座ったのかって?

 そりゃ決まってる。こいつらがご丁寧に俺達の体を引っ張り上げてくれたんだ。

 律儀だよな。

 俺は、多分ルチルもだろうが、変なところに感心していた。

 そんな俺達の前に椅子を並べ、アンドレ、そして頭と呼ばれたギョロ目がどっかりと腰を下ろした。


「さーて、こっからは慎重に答えろよ。事と次第によっちゃその場で……」


 言いながら、ギョロ目は親指を下げた握り拳を横に動かして見せた。

 意外と安直な脅し文句だと、俺はますます感心していた。


「その顔、まるでビビってないな? 本当に殺すぞ?」


 俺の真顔の意味を悟られたらしいな。意外と賢い野郎だ。

 が、こいつがまず話す気になったのはラッキーだな。有無を言わさず始末されてもおかしくねぇこの状況だ。とりあえず伝えるべきことを伝える機会を与えられたのは、こっちにとっちゃ願ったりだ。

 

「おい、こいつはディアナじゃねぇぞ」

「おい、お前、俺の手下になれ」


 完全に同時だった。

 そして完全に被った。

 だが聞き取れた。

 そして俺は聞き返した。


「は!?」

「は!?」


 そして遂にはシンクロしていた。


「なに言ってんだ!? てめー!」

「なに言ってやがんだ!? お前!」


 また被った!!

 隣では、ルチルが爆笑していた。


「おい、手下になれってどーいう意味だ!?」

「おいおいおい! ちょっと待てよ! こいつがディアナ・メロじゃないだと!? 嘘つくな!」


 どこまで行っても話が進まねぇ! なんだってこいつはこうも被せるかね!? 他人様の話しは黙って聞けと教わらなかったのか!?


「あんたら、ちっとは冷静に話してくれよ。二人とも重要そうなこと言ってんだから。順番に話しなって」


 アンドレが呆れ顔で俺達を順番に眺めていた。

 ぐ……正論だ。

 俺はグゥの音も出なかった。


「そ、それもそうだな。おいアンドレ。この場合はどちらから話すべきだ?」


 頭がアンドレに尋ねた。


「っおい! 部下に訊くのかよ!?」

「あーもうお前は黙ってろよ。そうやって考え無しに食い付くから話が進まないんだ」


 ……怒られた。


「まずはこいつの話を聞くべきでさぁ、お頭。この女がディアナ・メロじゃなけりゃ、俺らの計画は狂っちまう。計画が狂えばこいつを手下にする必要もなくなりまさぁ」

「おう、そうか。じゃあまずはお前が話せ」


 アンドレに説得されたお頭が、腕を組み直して俺に顎を上げて見せた。

 なるほど。

 このアンドレって野郎がこの海賊団の参謀って立ち位置か。冷静に物事を見てやがる。……だから弱くっても仕方ねぇな!

 なんとなく悔しくなって、心中で毒突いてやった。


「もう邪魔すんなよ? ちゃんと聞いてろよ?」

「うるせぇからさっさと話せ」

「いいか? お前らが拐ったこの女はディアナ・メロじゃねぇ。人違いだ」

「こいつが『オラがディアナだ』って言ったんだぞ!? 嘘付いたのか!?」


 立ち上がるお頭。部下になだめられて着席。

 ってか、信じて連れてきたのか?


「嘘付いたんだよ。ディアナはこいつの友達だから、庇ったんだ」

「か、庇った?」


 俺の一言に、お頭は冴えない表情を見せていた。


「だから人違いだ。てめーらがこいつを拘束する意味もねぇ。解ったんならさっさと解放しろよ」

「ま、マジか……おい、アンドレ、どう思う?」


 俺の主張を受け、お頭は不安そうに参謀に顔を向けた。


「……いや、まぁ、嘘だってんなら嘘なんじゃないんですかい?」

「そうか?」


 なるほどな。ルチルの嘘を真に受けて誘拐相手を間違えた様な連中だ。

 お頭もアホなら参謀もアホだったか。

 こりゃやり易いや。


「そうだよ。だからさっさと解放しろって」


 俺は語気を強めた。

 この感じなら少し押せばすぐ丸め込めそうだからな。


「だが、嘘だって言うんなら、今のこれが嘘かもしれやせんぜ? 実はこいつが本物のディアナ・メロで、嘘付いて助け出そうとしてるのかも」


 む、やはり参謀か。少しは頭が回るかも。面倒だな。

 だがまぁ、俺的には簡単に解放されない方向で想定してた訳だから、この先の交渉まで折り込み済みだ。


「まぁ信じないなら別にいいけど、こいつが本物のディアナじゃなかった場合、困るのはてめーらだろうが」


 俺の問い掛けに、お頭はますます冴えない顔になった。


「た、確かに」

「確かにじゃないっすよ。なに丸め込まれてんすか!」


 うるせー参謀だぜ。

 いい加減にお頭に話させてるのにも辛抱ならなくなったのか、いよいよアンドレが口を開いた。


「よし、じゃあこうしよう。お前が本物のディアナ・メロをここへ連れて来い。それまでそっちの女は人質だ。もし嘘だったり戻らなきゃ、そん時は女を殺す」


 ま、そう来るよな。普通は。

 そんでもって狙いはここだ。

 そりゃ当然戻るけど、街から治安維持部隊だか何だかを連れて来られるわけで、こっちからしたら願ったり叶ったりだ。

 そしてこいつらアホだから、その可能性にも気付いてねぇだろうしな。

 もちろんルチルの身の安全なんてのも、こいつら自身が勝手に疑心暗鬼に陥ってくれた時点で保証されてる訳で、そう簡単には殺せやしねぇんだ。


 が、


「ちょい待ちぃー」


 ここに異論を唱える者があった。


「私がディアナを連れて来るから、スクードを人質にしなよぉー」


 それは、まさかの味方だった。


「おいお前、何言ってやがんだ!?」


 もちろん俺は怒った。果てしなく怒った。きっと大陸が割れるくらいに怒った。

 そのくらいに怒ったはずだったが、怒られてる当の本人は全く響いてない風の何食わぬ顔で、真っ直ぐと海賊を見つめていた。

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべてる海賊をな。


「ねぇ、スクード? よぉ考えてみぃよ。この子達、きっと理由があってディアナを誘拐したんだと思わないかね?」


 その強い横顔に、俺は気圧されてる自分に気が付いていた。


「理由、なんて、まぁそりゃあるだろうけどよ……」


 確かにさっきこいつらは俺に手下になれと言った。それに計画があると。

 計画にはディアナが必要で、その計画が前進すれば俺を手下にする必要が出るって意味に捉えられた。


「この子達ねえ、随分と私を大切に拉致してくれたんよぉ。普通、こぉんな美人を誘拐して、そんでもってそれがただの道具として誘拐したんなら、少しくらい変な気を起こしてもしゃーないとは思わん?」


 まぁ、美人なのは認めてやるけどさ。自分で言うかね? それ。

 

「ってことはよ、仮にディアナが誘拐されてたとしても同じだったはずで、この子達には誘拐相手を大切にしなきゃならない事情があるとは思わん?」


 まぁ、それもそうだな。そこも認めてやるかな。


「つーわけで、私はこの子達にディアナを会わせてあげてもいいんじゃないかと思う訳なんですよねぇ」

「おい、マジかよ? こいつら、どんな理由があるにしろ、誘拐犯なんだぞ? やっちゃならねぇことしたんだぞ?」

「そぉそぉ。そこはスクードの言う通りだと思う。だからさ、」


 ルチルがこちらに振り向いた。


「この子達の理由を聞かせてもらおーぜ? なんで誘拐なんかしなきゃなんなかったのか。それ次第で考えてあげてもいいんじゃないかなぁ?」


 その顔には、いつものヘラヘラ笑いとは全く違った、とてつもなく深くて穏やかな笑みが湛えられていたんだ。

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