第十四話 テーブル上の激闘
男はテーブルに飛び乗ると、凄まじい勢いで切り掛かってきた。
俺は風で浮かせた剣でそれを受け止め、両の拳で男のボディにワンツーを打ち込んだ。
風を纏い、強化されたパンチの威力は通常の数倍にも膨れ上がる。
たまらずかがみ込んだ男の頬めがけて左腕でフックを食らわせた。
あまりの力に男はぶっ飛んだ。
ぶっ飛んだにも関わらず、残された腕で剣を振りやがった。
俺は剣を操るとそいつを受け止めてやった。
追い討ちをかけるように、体勢を崩した男に前蹴りを繰り出す。
腹にクリーンヒットと思いきや、左腕と腹で蹴りを受け止められていた。
そのまま俺は足を引っ張られ、今度はこちらが体勢を崩す。
両腕をついて足を振りほどくと、逆の足で男の顎を目掛けて蹴りつける。
まともに顎に蹴りを食らえばひとたまりもない。流石に男も膝を突いた。
俺はその隙に距離をとって構え直した。
「汚ねぇぞ。なんだその術は?」
「いや、お前の動きこそ反則だろ」
「本気出させるなよ!」
「ここからがやっと本気だって? マジで反則だぜ」
男が一足跳びで間合いを詰めてきた。
先程とは比べものにならないくらい速い。
剣速も半端じゃない。
俺が一太刀振るう間に三太刀は振ってくるような技量差だ。
しかし俺も引いてらんねぇ。
気合いを入れて真正面から飛び込んだ。
とてつもない速さの剣撃の全てをマリオネットで操作した剣で弾きつつ、その合間を縫って拳打を打ち込む。
しかし繰り出した剣撃が弾かれた途端に、切っ先は軌道を変えて俺の拳を受け止める。
受け止めてはすぐに次の一撃を放つ。
この繰り返しだ。
俺は空中を浮遊する剣で防御をし、徒手空拳で攻撃を行っているんだぜ?
ほぼ二対一にも近い構図なのに、こいつはその全てに反応し、剣一本で互角に渡り合うんだ。
こうも戦闘センスって違うもんかね。
嫌になるぜ。
だが、勝機はある。
手数で勝ってる分、いつかはこいつも対応しきれなくなる。
その時が勝負だ。
その時は意外と早くに訪れた。
俺の拳が止められた。
が、男の次の動きが鈍った。
剣撃が来ない。
もう一度俺は拳を叩きつけた。
男は剣を翻して再び受けに回った。
ここしかねぇ。
それまでは体と平行を保っていた剣を傾け、男に刃を向けた。
甲高い金属音が部屋中に響き渡り、剣と剣のぶつかり合いで火花が散った。
それを皮切りに俺は全力でラッシュを繰り出した。
同時に剣でもギョロ目に斬りかかる。
男はもはや受けることしかできなくなった。
それでも俺の乱打と剣撃による豪雨のごとき猛攻を全て受けきっている。
本当、恐れ入るよ。
これ以上戦闘が長引けば、俺の方がスタミナ切れだ。
俺はある決断を下した。
男が剣を弾き返した瞬間を見計らい、一旦剣を翻すと、男の後方へと回り込ませた。
ここまで言えば分かるよな。
背後から斬りつけたんだ。
汚ぇのは分かってんだよ。だけど、これしかねぇんだ。
しかし、男は極限まで体を捻ると、背面か襲い掛かる俺の剣を受け止めて見せたんだ。
これには痺れたね。
その代わり、残念ながら正面は完全にガラ空きだ。
「時間切れだ」
拳を纏っていた厚い風がかき消えた。
俺は、渾身の力をこめた左フックを男の肝臓に叩き込んだ。
「がはっ!」
呻き声を漏らしながら男は膝から崩れ落ちると、ばったりと倒れ伏した。
俺もその場にへたり込んだ。
同時に俺の剣も鈍い音を立ててテーブルの上に転がった。
―――
「てめぇ……なんで最後……術を解きやがった?」
寝そべったまま、こちらには振り返りもせずに男が呟いた。
「時間切れだって言っただろうが。解いたんじゃなくて解けたんだ」
「お陰で命拾いしたぜ」
「どういうことだ。アホか」
こいつどうかしてんのか。
ま、気持ちは分かるがな。
誰かとやり合って、ここまで清々しい気持ちになったのは初めてだもんな。
何故だかすこぶる気分が良かった。
「あーあ、なに負けちやってんすか。お頭ぁ」
突如として、部屋の入り口の方から声がした。
この声は聞き覚えがある。
「おっと、動くなよ」
振り返るとそこには、先刻ぶっ飛ばしたばかりのリンゴほっぺ。
そしてその前には、
「でっへっへぇー」
喉元にサーベルをあてがわれながらもヘラヘラと笑うルチルの姿があった。
「またまた捕まってしまいましたぁー」
いや、よくそれで笑ってられんな。
にしても、動きたくても動けねぇよ。
俺は仰向けに寝転がった。
「うるせぇぞ、アンドレ。お前だって負けてんじゃねぇか」
「ま、試合に負けて勝負に勝ったってことでさぁ。だっはっは」
「笑い事じゃねぇんだ! さっさとこいつらをふんじばれ」
「あーいあーいさー」
そういやあいつ、アンドレって呼ばれてたな。
俺は何故だかそんなことを思い出していた。
―――俺達は言葉通りにふんじばられると、奥の個室に投げ込まれた。
鍵を掛ける音。それからアンドレの足音が遠ざかる音を聞き届けてから、ルチルがこっちを向く気配がした。
「ねぇねぇ、スクード、やっぱすっごいねぇ。すんげぇ速い斬り合いだったねぇ。」
互いに縛られて寝転がりながら、ルチルは目をキラキラさせて話し掛けてきた。
拐われたくせに最初に言うことはそれかよ。
俺は呆れ果てていた。
「お前、ずっと見てたのか?」
「最初っからあの部屋の隅っこでずっと転がってましたのでぇ」
マジか。
ギョロ目がいきなり襲い掛かってきたせいで気付かなかったわ。
様子を見るに、衣服に乱れもねぇ様だし、どうやら問題ないみたいだな。
「でもあれだね、やっぱお人好しだねぇ。なんで止め刺さなかったんさ?」
「あの術はキツいんだよ。剣を操作しながら戦わなきゃならねぇからな。気力、体力、全部をフルで使うから、短時間しかもたねぇんだ。止めを刺すとこまで間に合わなかった」
「ふぅーん。でもお人好し。最初から背後を取っておけば楽勝だったのにさぁ。後ろからブスリとさぁ」
「アホか! そんな汚ぇ真似が出来るか! それに俺は仮にも勇者だぞ? 海賊とは言え人殺しなんかする訳ねぇだろーが」
「かっこいぃー。じゃ、最初から殺す気無かったんだ?」
「当たり前だ」
「人拐いした悪者なのに?」
「だから、言ってんだろ。海賊だろーが悪者だろーが、人殺しはしねぇんだ。俺は」
「そっか。君は、あの子とは違う道を選んだんだね」
ルチルが呟いた。
その言葉の意味が、俺には分からなかった。
正直、こいつの言葉は時々難し過ぎるんだよ。相手にするだけ無駄だ。
「悪いがちょっと寝る。もう限界だ」
そう言い捨てて、俺は目を瞑った。
まぁ何にしろ、こいつが無事で良かったよ。




