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第四話 勇者の証

「……ん、ありがとう……なのか?」


 俺は思わず礼で返した。

 正直、意味は分からない。待ってた……ってなんだ? 俺を? どうして? 

 そんな疑問が頭をよぎったが、女は待ってはくれなかった。


「んじゃ、卒業証書を頂きますねぇ。そしたらその箱をお開け下さぁい。お待ちかねの『勇者の証』の授与になりまぁす」

「は? 勇者の証の授与……ってなんだよ?」

「あらら? ご存知ないんですのぉー?」

「いや、知ってるよ。勇者の証を与えられて、俺ら卒業生は初めて勇者だって認められるんだろ?」

「じゃあいいじゃん」

「よかねぇよ。なんでこの酒場で授与されんだよ? 普通はさ、あれだろ? 大臣様に貰うんだろ? マニュアルにも書いてあったぞ。ここで勇者登録し終えたら、そのまんま王宮に向かって大臣から授与されるってよ」


 俺の的を射た反論に、女は頭を掻いているだけだった。

 すんげーバカにしたみたいに白目剥いた顔でだがな!


「顔!」


 そのあまりにもムカつく表情に、気が付いた時には俺は反射的にツッコミを決めていた。


「いいね! そのキレ!」

「人を指差すな!」


 真っ直ぐに俺を差した指をひっつかむ。


「だってさぁ、君、遅いんだもーん。そりゃーさ、卒業生がある程度固まってる時期はそういうマニュアルになってるけどさ、もう君一人だよぉ? 大臣だって人間だもの。一人しか来ない勇者の相手すんのめんどくさいでしょーよ。本当は暇だろーけど」

「面倒とか正直すぎるだろ! せめて言葉を選べ! あと鼻をほじるな!」


 椅子を傾けてグラグラと遊んでいる女の指をそっと下ろしてやりながら、俺はイラつきが頂点に達しつつあるのを感じていた。


「まぁそう興奮しないのー。頭薄くなるよー? そういうわけでさ、ここで登録と授与と両方済ませられるんだから一石二鳥じゃね? 見たところ君、短気みたいだしさぁ」

「いや違くね? そこまで人を食ったような態度してれば普通は怒るくね? 悪いの俺とかおかしくね?」


 言いながら俺は、頭に乗っけたゴーグル付きのフライトキャップの下を気にしていた。


「まぁ、そういうことなんで、さっさと証書寄越して、その木箱開ける。」


 よく分からねぇがとりあえずこいつが強引かつとんでもなくマイペースな奴だってことはよぉく分かった。こういう手合いにはあまり深く関わらないのが吉だ。

 俺はそう自分に言い聞かせると、申し付けられた通りに卒業証書を差し出すと、先程の木箱を開けてみた。

 まるで指輪が入ってるようなベルベット素材が貼られたその木箱には、小さなピンバッチが納められていた。


「これが、勇者の証……」


 落とさないように慎重に手に取ると、俺はそいつをまじまじと見つめた。

 素材は多分、普通の銅か何かの合金だろうな。ちょっとだけ重い。

 デザインはこの国の紋章で、一般的な土産物屋で売られてる量産品と酷似していた。が、他と違うのは、その炎の中に小さく勇者の頭文字が彫られていることと、全体の造形がやたらと細かく精密だってことだった。


「いいよねぇ、それ。かっこいいよねぇ。それってさ、もう君がこの国の代表ってことなんだよ? それを持ってれば、君の存在をこの水の都が証明してくれてるってこと。だから、他国への入国とかも比較的簡単に行えるし、色んな施設を利用したり、特典もいっぱい受けられるんだよぉ。いいねぇ、羨ましいねぇ」


 どうやらあまりにもじっくりとその紋章に見入っていたらしい。女は頬杖をついてこちらを見やっていた。


「君、よっぽどそれが欲しかったんだね? 他の誰よりも真剣に見てたもんね」


 やたらと優しげな雰囲気を醸し出してな。


「そんなことねーよ」


 俺は反射的に顔を背けた。体温で分かるわ。きっと赤くなっちまってたに違いない。そういうの見られるのは好きじゃないんだ。


「んじゃーさ、次は勇者登録ねぇ。ここにお名前とか生年月日とかご住所とか、とりあえず必要事項をご記入下さいねぇ」


 相変わらず雑談と仕事の境目が分からない女だな! 流れをぶった切りながら続々と話を進めていきやがるわ!

 マジで早いところ手続き終わりにしてどっか行こ。俺はそう心に誓っていた。


 登録書類の内容は、思っていた以上に細かいし、なんて言えばいいのか、シビアな内容になっていた。

 さっき説明を受けた基本的なデータは、まぁ想像つく。だがしかし、下の方に進んでいくにつれ、けっこう現実を思い知らせれる項目が多くなっていった。

 それは家族構成であり、もし自分が旅先で死んだ場合の死体の受取人だったり、遺産の分与人だったり、とにかくそういった内容だった。

 とりあえず身寄りのない俺が書けるのは、孤児院の院長先生くらいのもんで、ほとんどの項目は院長先生の名前で埋められていった。


「書けた」


 俺はできるだけぶっきらぼうに、カウンターの上を滑らせるように用紙を押し返してやった。


「はいどーもー。んじゃ、後でスクード君のデータはこっちで登録しておくかんねぇ。んじゃ、最後になんですがぁ……」


 お。どうやらやっとここから帰れるみてぇだな。

 それだけで俺の気分は少しだけ晴れていた。


「えーと、大変言いにくいんですが、スクード君の仲間になってくれそうな勇者さんは、現在誰一人として空いていないのでぇす」


 よし!

 俺は内心でガッツポーズを取っていた。

 読み通りだった。

 この酒場は、勇者同士をマッチングしてパーティーを結成させるために存在している場所なのだ。

 歴史を話せば長くなるが、昔の勇者は一人で旅に出て魔物を退治していた。だがあまりにも死亡率が高く、次第に徒党を組むようになっていったらしい。そんな流れで、昨今ではこの酒場に勇者達のデータは集積され、相性の良さそうな者同士をマッチングした複数名でパーティーを組むのがスタンダードになってるんだそうだ。


 言ってしまえば、俺はそれを狙っていたんだ。

 恐らく卒業時期を遅らせれば、それだけマッチング確率は減るはずだ。

 見知らぬ誰かに命を預けてする旅なんてゴメンだからな。もし万一、同じクラスの鼻持ちならない坊っちゃん方と組まされでもしたら、それこそ目も当てられない。

 俺は(はな)っからマッチングを避けるつもりで、落ちこぼれだとか罵られようが、卒業時期をずらしていたんだ。


「ん。ああ、じゃあ仕方ないな。仕方ない。じゃあ、俺はとりあえず一人で旅に出ることにするわ」

 

 できるだけ悟られぬように顔を伏せながら、俺は素早く椅子から立ち上がった。目論見が当たってニヤけそうだったからな。そんな恥ずかしい顔もまた、見られるわけにはいかねーんだ。


 が、


「ちょっと待ったぁー」


 間延びした声が、足早に立ち去ろうとした俺を呼び止めたんだ。

 一体なんだってんだ?

 俺は振り向いた。

 

「おねーさんが()いてっちゃるよぉ」


 振り向かなければ良かったって、果てしなく後悔したわ。


 

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