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第十二話 隙間から

「なんだ、てめーは?」


 俺は咄嗟に飛び退いた。


 飛び退いたってか、もう飛んで逃げたに近いか。

 間合いとかもはや関係ない。

 とりあえず身の危険を出来るだけ回避したかったから、とにかく飛んだ。


「!?…………っ!」


 俺は言葉を発することすら出来ないくらいに驚いていた。驚きを通り越して、恐怖すら感じているくらいだった。


 顔だけが覗いていた船体に出来た隙間が、音も立てずに真っ直ぐと伸びていく。同時に、まるで引き戸を押し開ける……いや、違うな、柔らかいカーテンを押し開けるみてぇな仕草で、そいつの体はそっから滑り出して来たんだ。

 隙間の内側には船倉と(おぼ)しき景色が覗いている。

 ぶっちゃけ、船体の柄を書いた布にでも隠れてたのかと思ったが、そういう訳でもなさそうで、つまり、こいつはやはり船体そのものに何らかの方法で隙間を作ったことになる。

  

「何者なんだか聞いてるんだ」


 リンゴほっぺが船体の隙間から飛び降りたと同時に、その隙間はまっさらに消えて無くなった様に見えた。


 あまりの出来事に、俺の思考はもはや止まっていた。

 奇襲を仕掛けるのであれば、あんな完璧なシチュエーションは無かったはず。

 どんな相手だろうと背後からブスリで終わりなんだ。

 なのにこいつが仕掛けてこなかった時点で、俺はまだ敵として見なされてなかったってことなのに。

 

 その時の俺の思考がこれだ。目も当てらんねぇわ。


 俺の剣の間合いは半径三メートル。そこから中に入ってきたら戦闘開始だ。

 俺は柄を握り締めていた。


「剣に手を掛けたってことは、敵か」


 そう言った次の瞬間には、俺の目の前一メートルの場所で、男は抜き身のサーベルを持って腰を屈めていた。


 速い!?


 俺は剣を抜くのを諦め、攻撃を避けることに集中した。

 横一閃、首元を狙ってサーベルが薙ぎ払われた。

 俺は背後に身を反らし、サーベルが通り過ぎた瞬間を狙って足を振り上げた。

 男の肘を上手いこと捉えた。

 サーベルが手から抜け出し、洞窟の暗闇の中をクルクルと回りながら飛んでいく。


「なんだ、やるな」


 得物を取られた割に、男の声は余裕で溢れていた。

 黙ったまま俺は抜刀した。


「丸腰相手に抜刀かよ。まぁいい」


 とんでもねー余裕。

 相当な自信を持ってるってことだろうな。


 俺は大きく距離を取るために背後に跳ねようとしたが、その瞬間、目の前の男が消えた。


 そしてまたもや声が聞こえたのは、耳元でだった。


 背後を取られた。


 こりゃやべーや。


 俺は振り向きもせずに膝を折り、カエルみてーに地べたに四つん這いになった。

 頭上を風切り音が通り過ぎる。

 またしてもセーフ。

 が、今度こそ本気で狩りに来たことを実感せざるを得ない攻撃だった。


「ヴァクーム!」


 振り返る動きを利用して、最も発動速度の早いかまいたちの術を放つ。今俺を切り付けたであろう場所に奴の姿はない。かまいたちの渦だけが虚しく洞窟の天井目掛けてすっ飛んでいった。

 そんな外れた攻撃なんて目で追うだけ無駄だ。

 俺が視線を巡らせたのは、()()()()

 

 現れたのは、俺に仕掛ける直前に居たのとまるで同じ場所だった。

 


 俺の頭はフルスピード回転だ。

 今の二つの攻防から、ある程度の仮説が立った。

 後は検証だ。



「ヴェルウィント!」


 今度は両腕から突風を放った。

 リンゴほっぺは空中に隙間を生み出すと、その中へと消えていった。

 だが、俺の狙いは攻撃じゃねぇ。


 突風の反動で逃げるんだよぉ!!


 俺の体は派手に空中に舞い上がった。


 確認するのは主に三つ。

 どうやら何かしらの能力で空間内を移動するってのは分かった。

 問題は、間合いだ。

 

 松明だけの薄暗い洞窟の中、目を凝らして奴の姿を探る。

 俺の体は今、地上約十メートル付近。

 徐々に下降し始めた。


 二つ目の問題は、時間。

 奴は一体どんだけの間、あの隙間の中に身を隠していられるのか。


 フルーゲンの術を発動させ、滞空時間を調整。一メートルあたり、二秒間掛けて下降してみるか。

 二十秒は流石にねぇだろう。

 長いこと隠れられるなら、わざわざ姿を現す必要もねぇ……って思わせるためのブラフかもしんねーけど、でもあんな暗殺向きの能力、わざわざ開けっ広げに見せるのは悪手だからな。


 八……七……六メートルに差し掛かろうとするところで、奴は姿を現した。

 元居た場所から少ししか離れてねぇ。

 空中を一メートルちょっと昇ったところ。

 まずは一個、化けの皮が剥がれた。

 奴の間合いは大体そんくらい。

 そして出現まで約五秒。

 二個目の化けの皮は剥がれたぜ。


 そして最後の問題だ。

 

 奴は、()()()()()()()()のか、それとも()()()()()()()()()()のか。


「アイギス!」


 力ある言葉に呼応して、俺の目の前に空気が収束する。そして作り上げられたのは、強固で分厚い空気の盾だった。幅横共に約三メートル、厚みも三十センチっつー防壁みてーな特大の代物だ。

 そいつを男に向けて叩き落とした。


 もしこいつが空間を移動するなら、きっと……。

 そしてもし物質に隙間を作り出すなら……。


 空気の盾が男にぶち当たる。不可視の大岩が降ってきた気分だろうな。


 そして男は隙間を作る。


 真上からならよく見えるぜ。

 ()()()()()()()()


 よっしゃ見えたぜ、こいつの能力の全貌が!


 間合いは大体一、二メートル。

 持続時間は五秒。

 触れた物質に隙間を作り出す能力だ。

 多分、空間を移動したように見えたのは、目の前にある空気って物質に隙間を作っていたからだ。


 ここまで分かりゃ、後は実践あるのみだ。

 俺の戦術は既に組上がっていた。


 

 俺はヴェルウィントを放って地面に急降下すると、体勢を立て直しつつレイスを練り上げた。


「アイギス!」


 力ある言葉と共に再び盾を作り出す。今度は三つだ。

 そいつを三メートル間隔で、俺と奴の間にぶち立てた。


 回り込むならそうしろよ。

 それでもいい。

 隙間を作りたければそうしても構わない。

 どちらにしろ、俺のとこまで来るにはこの盾を乗り越えねぇとならねぇんだ。

 どんなに姿をくらまして移動しようとよぉ……大体どこを通るのか分かれば怖くもなんともねぇんだからよぉ!!


 男が動いた。

 不可視の盾にぶち当たり、隙間を作ったのが見える。

 一度消えて見えなくなるが、三十センチの厚みを乗り越えて飛び出てくるのが分かるぜ。

 二枚目にぶち当たり、今度は回り込んだ。

 そうだろ。そうするよなぁ。

 ようやく回り込んだ後は、三枚目だ。

 大分イラついてるんだろうな。

 隙間を作った。


 そこだよ。


 三枚目の盾の裏側に、お前は出てくるんだ。


 俺は一足跳びで間合いを詰めた。


 出てきた瞬間、お前は俺の剣の餌食だ。


 待ち構えた。

 出てきた瞬間を切り伏せるんだ。

 が、出てこなかった。

 

 代わりに隙間が開いたのは、俺の背後だった。


「狙ってるのが分からないと思うか?」


 男の声が聞こえた。

 が、その時には既に、

 俺の肘打ちが見事に男の顎を捉えていたんだ。

 バカ野郎が。

 そうくると思ってたぜ。

 だからあえて、お前の間合いの内側に入り込んでやったんだよ。

 空気の盾と俺の体を挟んでも、それでもお前が俺の背後を取れるように。お前の間合いに入ってやったんだ。

 

「っが!?」


 漏れ出す小さな悲鳴が、こいつへのダメージを物語る。

 ってかさ、元から俺の勝ちは見えてたんだ。

 どんなに移動が早かろうとよ、奇襲ですら俺を仕留めきれない程度の身体能力しか持たないお前が、元から俺に勝てる訳なんかねぇんだ。

 

 男の体は、隙間から溢れ落ちるように崩れると、そのまま動かなくなった。


 てめーの敗因は、能力にかまけて修練を怠った、てめー自身の不甲斐なさだよ、間抜け。


 なぁんて、胸中で罵倒してやったんだ。

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