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第十一話 奇襲作戦

 さぁて、どう攻めるかな。

 俺は再び逡巡していた。

 

 さっき見た通りこの下の洞窟には海賊船がある訳で、乗組員がいる訳だが、そんなとこに真っ向から挑むのはバカげている。出来れば虚を突きたいところだ。

 もしかしたら洞窟には地上へと繋がる他の出入り口があって、そっから忍び込んで奇襲を掛けるような手が理想なんだが、今からそれを探すのも非現実的だろう。何なら、地上に出入り口なんざ無い可能性だってある訳で、そしたらただの時間の無駄になる。

 なら、正面から挑みつつ奇襲を仕掛けるのが一番現実的な手になるかな。

 が、すぐに思い付くもんでもねぇ。一応は少しばかりのシミュレーションをしてみた。

 例えばだ、この洞窟の入り口で大きな音を立てたりして誘き出すとしよう。当然、海賊は出てくるとは思うが、アホみたく全員仲良く出てくる訳がねぇ。むしろ敵襲を教えるようなもんで、下手すれば残った奴でルチルをがっちり固めちまう可能性だってある。

 どう考えてみても、隠密に侵入して奇襲を掛ける手じゃなきゃ成功は見えないだろうな。


 俺がグルグルと頭の中身をこねくり回してるその背後で、突然ペケが膝を折ったんだ。

 

 やべっ! 無理させちまったか!?


 焦って駆け寄って様子を見てみたが、どうやら倒れた訳じゃないらしい。穏やかな呼吸を見る限り、ただ眠っただけだってのが分かった。

 おいおい、いきなり寝るか? 普通。

 馬ってのは、一日の睡眠時間が大体三時間くらいっつー便利な動物って聞いたことがある。しかも十分(じゅっぷん)くらいの短時間睡眠を繰り返すタイプらしい。草食動物の習性なんだろうか。 

 全力疾走したからってのもあるかもしんねぇけど、明らかに俺が不穏な空気を醸し出してるこんな状況で寝るとは考えにくい。馬は臆病な生き物なんだ。


 ペケの様子を見ていて、口の端から何かの草が飛び出てるのが分かった。

 俺はその草をそっと引っ張り出して観察してみる。見た目は普通の葉だが、なんか少し変な匂いがある。匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけ気が遠くなる感覚に襲われた。

 それで俺はピンときた。


「こりゃ、怪鳥芥子(かいちょうげし)か」


 思わず独りごちながら、そこら中に群生している、()()()()()()()()()植物を見下ろした。


 渡りに船とはこのことだ。そんでもって今日は最高にツキが回ってきてる。……ルチルが何度も拐われるのはツイてるとは思えねぇがな!


 俺はショルダーバックから引っ張り出した手拭いで鼻と口を覆うように括りつけると、手近な怪鳥芥子をひっこ抜き始めた。


 こいつを燃したら睡眠ガスが出るんだ。

 それをあの洞窟に流し込んでやるわ。




 ―――結構な量の怪鳥芥子を集め終え、俺はショルダーバックから取り出した火打ち石で火を起こした。

 とんでもねぇくらいの煙が立ち昇り始める。生だからな、狼煙(のろし)も真っ青てなもんだ。だがここは崖の上。海から吹き上げる風がこの大量の煙は散らされちまう。

 じゃあどうやって洞窟に流し込むのか?

 こういう時、自分が風の属性を授かったことに感謝するよな。

 俺はブリーゼの術で空気を操ると、見えない風船を作り出してやる。その風船の中に煙を注ぎ込んだ。洞窟がどのくらい広いのか分からねぇし、集めた芥子の葉が燃え尽きるまでじっくりと念入りに。

 


 その風船を宙に浮かべると、俺は崖の前に立った。

 あ、ちなみにペケは寝たままだが、あんだけ大量の睡眠ガスを撒き散らしたんだ。

 しばらくは肉食動物とかは寄って来ないだろうな。


「フルーゲン」


 両手を胸の前に合わせてから力をある言葉を呟くと、周囲の風が俺達の体を包み込んだ。

 十分に風を纏ったのを感じ、俺は崖から飛び降りた。

 ちなみにこのフルーゲンって術は、一般的には飛行術だと思われているがそうではない。正確には滞空するためのものだ。

 だから地上では使い物にならない。

 例えば走る代わりとして使おうとしても、人がジャンプしてから落ちるまでの時間を長くするだけというイメージで、前進しようにもほんの数メートルしか維持できない。

 基本的には高い場所で使うのが正しい使用法だったりする。


 崖から吹き上がる風を受け、バランスを取りながらゆっくりと下降していく。

 海面から二十メートルほどはあろう大きな洞窟が顔を覗かせた。

 なるほどな。これだけでかけりゃ船ごと入るか。


 一度、洞窟上部の壁に登山用のザイルを通すための杭を打ち込むと、そこを支えに中の様子を探ってみる。どうやらかなり深いみたいだな。奥まで全然見えやしねぇ。……ちなみに俺のバッグには旅に必要そうな便利グッズを詰め込んである。ザイルも杭も必要だと思わねぇか? ああ、必要だったわけだ。


 煙入りの風船を小脇に抱えると、


「ブリーゼ」


 そよ風に乗せて煙を流し込み始めた。


 さぁて、中はどうなってんだろうな。

 俺のそよ風は術士である俺の触覚がリンクされている。そよ風が触れた物はそのまんま俺の感覚として伝わってくるんだ。

 

 見た目通り、相当に深い。そよ風は既に三百メートルは進んでる。その辺で、大きな物に触れた。上下左右に揺れてる感じと大体の姿形からして、これが船だな。その周囲から海面で感じる冷気が消え失せた代わりに、硬い感覚に変わる。どうやら最奥には地面があるらしい。

 その辺でまず感じたのは、物凄い熱い感覚。どうやら松明かランタンか、とにかくは火が焚かれてる。

 更に少し進んだ辺りでそよ風は止まった。終点だ。

 が、地上付近に一ヶ所だけ風が流れ込めるスペースがある。穴が空いてるみてぇだが、直径が大体二、三メートル。そこから先にも更に続いていく。

 どうやら通路ってことらしいな。

 通路の先は枝分かれしていた。

 左右に道が分かれ、そのどちらの先にも開けた空間がある。そこでようやく生物の体温と呼吸を感知した。

 間違いねぇ、ここは部屋だな。

 そこに海賊が集まってやがるんだ。

 十人かそこらだろう。複数の気配を感じた。

 そよ風が奥の奥まで行き渡り、しばらく様子を見ていると呼吸が小さく萎んでいくのが分かった。

 こりゃ眠りの呼吸だな。

 よぉし、ようやくガスが効いたらしい。


 そこまで確認した俺は、ブリーゼの術を解くと感覚の接続を解除した。


 流石に顔形まで分かるほどの精度ではないから、あの中のどれがルチルなのかまでは分からなかった。

 後は目視で探す以外に方法はねぇ。

 が、目論みは成功してる。

 奴らは俺は眠らせて攻めてきやがったが、今度は俺がやり返してやったって訳だ。


 俺は杭から手を離した。


「フルーゲン!」


 もはや遠慮はいらねぇ。

 全力で力ある言葉を放つと、猛スピードで洞窟の奥へと飛翔して行った。



 ―――感覚通りに約三百メートル。

 すぐに前方に灯りが見え始めた。

 そして灯りに照らし出される黒い巨大な影。

 海賊船だ。


 俺は速度を緩めると、一度空中で様子を伺った。

 甲板などの船の周囲に人の気配が無いのは分かっていたが、まぁ念には念を、だ。

 何故なら、船内の確認だけはまだしてなかったし。

 ここで確認しておくべきか。それとも船は無視して洞窟内の部屋に進むべきか。

 ルチルがどこに居るか分からない以上、洞窟にいるとも限らねぇしな。

 少し時間を使うかもしれねぇが、やっぱ調べるべきだ。

 

 俺は一度、船が着けてある地面へと着地すると、船体の影に身を寄せて背中を預けた。


「ブリーゼ」


 小声で力ある言葉を放ったと同時だった。


「なんだ、てめーは?」


 男の声が、()()()()()発せられたんだ。


 思わず息を飲んだ。

 振り返ると、目の前だった。

 黒い船体に()()()()()()()()()、その隙間から男が俺を見ていたんだ。


 赤い頬が特徴的な、あん時のくそ野郎がよぉ!

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