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第十話 精心術

 本当なら今はそんな話をするべきじゃないのかもしれない。

 だが、これは必要な話だ。


 人間が使う魔法として【精霊術(せいれいじゅつ)】というものが存在する。

 対魔物用として人間が開発した魔法の一種であり、呼吸と共に大気中に漂う『レイス』と呼ばれる超自然的な力を取り込み、体内で元素として練り直し発動させるものだ。

 人間は生まれながらにして火、氷、風、土、光に分類される属性を持っており、各個人の属する元素を基にした術を扱うことが出来るんだ。

 言い換えれば、精霊術とはレイスの練り方さえマスターしちまえば、人間なら誰でも使えるっつー便利な代物(しろもの)ってことなんだ。

 ま、レイスを認識するのですらかなり困難を極めるし、呼吸で取り込むとか、実は練り方よりもそっちが難しいんで、入り口が狭い分、使い手も少ないのが現実なんだがな。

 ちなみに勇者が瘴気に強いのも、この呼吸法のお陰でもある。アカデミー卒業の条件として、精霊術の使用は必須だからさ。



 対して、今スカーレットさんが使って見せたのが【精心術(せいしんじゅつ)】だ。


 これは、訓練次第で誰でも使える精霊術みたいな、そんな安っぽいもんじゃねぇ。

 精心術士が生まれる確率は、百万分の一だとも言われているほど希少な術だ。

 そして、同じ能力を持つ者は二人としていないと言われている。

 術士個人個人の心から発現するその術は、精霊術とは全く異なる効力を発揮する。それこそ、スカーレットさんが見せたみたいに超常的な効力だ。

 精霊術ってのは便利に見えても、物理的な法則の範疇を出ないものだと言える。

 だが精心術はその限りでは無く、物理も何もかも超越した、それこそ魔法と言える存在なんだ。

 そして精霊術とは、精心術士に出来るだけ近付くために、昔の凡人が開発した苦肉の策だとされている。

 それくらい、精心術士ってのは俺ら精霊術士達にとって、特別な存在だった。



 ―――まさかこんなところで精心術士にお目に掛かれるなんて思ってもみなかった。

 確率は百万分の一。この街の人口が百万ってことは、この街で唯一であろう精心術士。

 しかもその能力が、ルチルの居場所を見付けられる能力だなんて、こんな幸運が他にあるだろうか。

 恐らくそれこそ神託。神様だかなんだかが、ルチルを今、俺に助けろって言ってくれてんだって俺は理解していた。


「ありがとう、スカーレットさん。ここから西に二十キロですね?」


 俺は立ち上がると、頭のフライトキャップを深く被り直した。


「西ってことは、ティエゴ草原だべか?」

「いえ、二十キロならもっと先じゃない? アルカンタラの森かもしれないわ」


 ディアナとヴィッキーが顔を見合わせている。森か……なら、隠れ洞窟があってもおかしくねぇな。


「分かった。すげぇ参考になったわ。皆、ありがとうな」


 そう言い残し、俺はヴィッキー達の部屋を後にした。


「必ず二人で帰ってくるだよ!」


 弁当にと、そこらに置いてあったチョコをくれたディアナの声が、俺の心に染み渡った。



 ―――部屋を出た直後から俺は全力で走った。

 まずは馬だ。

 ぶっちゃけ、二十キロなら本気で走れば二時間も掛からずに辿り着くだろうが、魔物が待ち受けてるかもしんねぇ状況で体力を使いきる訳にはいかねぇ。

 馬屋に駆け込むと、一番健脚ってやつを借り受ける。ペケって名前の牝馬(ひんば)だった。

 ペケには申し訳ないが、一刻を争う事態。二十キロ、本気で走りきって貰うしかねぇ。


 ペケは俺の期待に応えてくれた。

 切り立った崖の続く海岸線に沿って二十キロ。一時間も経たねぇうちに、俺の目の前には広大な森が姿を現した。


 やはり大陸。俺の生まれた島とは比べ物にならないくらいにバカでかい樹が連なる森だった。

 この森から洞窟を探すのは骨が折れそうだ。

 俺は危うく心が折れそうになったが、すぐに思い直した。

 海岸線に沿って。

 精心術士の、スカーレットさんの言葉を全面的に信用することに決めた。

 流石に全力疾走は出来そうにない森の中、それでもペケは速足で進んでくれた。


 が、気が付いた時には俺とペケは森を抜けていた。


 マジかよ!? 道中に洞窟らしきものは皆無だった。見落としはあり得ねぇ。

 ってことは、やはり森の中を探索するしかねぇようだ。

 ペケも既に体力の限界だろう。

 俺は近場で見付けた小川でペケに水を飲ませながら、どうしたもんかと逡巡(しゅんじゅん)していた。

 そんな時だった。


 沖の方に黒い影が現れたんだ。


 俺は目を凝らしてそいつを見やった。

 キャラベル船だ。

 別に特に変わったところはない、至って普通の商船に見えた。

 同時に違和感も覚えた。

 商船なら、自国の国旗を掲げてておかしくねぇはず。特に港街の領海であるこんな場所でなら尚更だ。自分らがどこの誰かを周囲に知らせなくちゃならねぇからな。

 が、その船は何の旗も掲げちゃいねぇ。

 船が進路を変えた。

 真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

 俺は咄嗟に崖の淵に寝転がって身を隠した。

 あんな遠くからたった一人の人間を見付けられるとは思えねぇが、念のためだ。

 

 崖に近付くにつれ、段々と様子が分かってきた。

 商船にしちゃ異常な数の砲門。

 一見ただの船乗りに見える乗組員の醸し出す雰囲気。


『いやぁ、なに。実は最近この海にも海賊が出るようになったんでね、鉢合わせしなくて良かったと思ってな』


 俺は定期船の船長の言葉を思い出していた。


 間違いねぇ、海賊船だ。

 商船に偽装してやがったんだ。


 船はそのまま真っ直ぐに俺を目掛けて進んで来る。

 どうやって俺がここにいるのが分かった?

 てか、なんで俺に向かってくる?

 なんにしろ一戦交えるしかねぇかと、俺は腹を括った。

 だが、すぐにそれが勇み足だと気が付いた。

 船は崖っぷちまで船足を落とさず迫り来ると、そのまま崖の中に吸い込まれていったんだからな。


 …………そうか。そういうことか!


 俺は急いで崖から顔を覗かせた。

 ギリギリで船尾が崖の中に消えていくのを目撃し、俺は確信した。

 つまりは、俺の探している洞窟ってのは、この崖の下にあるってことだ。


 頭を地上へと戻し、俺はフルスピードで脳ミソを回転させていた。

 海岸線沿いに、入り口が見えもしない洞窟が本当にあった以上、スカーレットさんの言うことに間違いはねぇ。流石は精心術士ってところか。

 ルチルがいるのは確定でこの下の洞窟だ。

 

 そしてその中に消えていった海賊船。


 二人組の男。

 北の帝国の酒。

 最近現れた海賊。

 それを追う私掠船。


 繋がった気がするわ。

 ルチルを拐ったあの二人組は、北の帝国から来た海賊ってことか。

 理由は知らねぇが、ディアナを狙ってやって来て、私掠船はその海賊を追って来てたってことなんだろう。

 

 だが()せねぇ。

 なんでディアナなんだ?

 金持ちだからか? 確かにそりゃ金持ちだろう。なんせ世界で一番人気のメゾンのデザイナーなんだ。それにだ、人気のメゾンなら、きっと各国の要人相手の商売もしてんだろ。拐う理由は腐るほどある。

 が、なんでディアナなんだ?

 同じ条件の人間は、あの国には数えきれないほどいるだろ。なんなら一番身近なヴィッキーだって同じ条件だし、なんなら更にすごいっつうスカーレットさんだっているわけだ。

 なら、なんでわざわざディアナを指名で狙ったんだ。

 こりゃまだ何かあんな。

 その点に関して俺は確信を持っていた。


 そしてもう一つの気掛かり。

 ルチルがあそこに居る以上は攻めねぇ道理はねぇ訳なんだが、あの二人組がどうやって部屋に侵入したのかもまだ分かってねぇ。

 ただ魔物がバックに付いてるだけなのか、はたまた魔物が海賊に化けてるのか。

 どちらにしろ、敵自体が何者なのかは未知のまま。

 

 だとしてもだ、

 ぜってぇぶっ飛ばしてやる!!


 俺は気を引き締めたんだ。

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