第八話 二人組を追え。
早朝、ディアナに連れられて訪れたのは、商人ギルドだった。
流石は商人の総本山。
こんな朝っぱらから、ギルドは商人達でごった返していた。
「ギルド? いや、二人組が行商人とは言っても、正規の商人じゃないと思うぞ。どう考えても偽物だろ」
「違うべ。このお酒のことを聞きに来たんだべ。色々教えてくれる酒屋のおばーちゃんに会いに来ただよ」
ディアナは受付にギルドの通行証を提示すると、左手の棟へと俺を導いて行った。
大きな扉を潜り抜けると、そこに広がっていたのは活気に溢れた光景。
まさに市場そのものだった。
通路を挟み居並ぶのは、うず高く積まれた果物や野菜を販売する青果店。
新鮮な海の幸を扱う鮮魚店。
はたまた、大きな肉塊を吊るして様々な部位に切り分けている精肉店。
もちろん加工食品を扱う店や、酒やお茶、コーヒーなどを扱う店まで、様々だ。
ディアナはそんな賑わう市場の通路を、人混みを縫うようにしてグングンと歩いていく。
俺もそれに置いていかれないよう、不慣れながらも必死に歩いていった。
ディアナが歩みを止めたのは、とある酒屋の前だった。
市場の中程に位置するはずなのに、その周囲だけはどんよりとした雰囲気に包まれ、まるで切り取られたかのように活気が失われていた。
「おはようごぜーますだ!」
ディアナが店の中に声を掛けると、中から恰幅の良い老婆が顔を覗かせた。
「おやまぁ、ディアナじゃないか。お前さんがこんなとこに来るなんて、どうしたんだい?」
老婆は俺に気が付いた様で、にっこりと微笑んで見せた。
「今日はチビちゃんも一緒じゃないし、そっちの僕も、何かあったね?」
おいおい、マジか。こっちの様子を見ただけで異変に気付くって、すげぇ洞察力だな。
「このおばーちゃんね、何かあるとルチルも情報を貰いに来てたんだべさ」
なるほどな。ルチルが頼るなんて、そいつは本物かも。
俺達は早速、クローゼさんが買った例の酒を老婆に手渡した。
「このお酒について知ってることを教えてくんろ」
「こりゃ珍しい。こいつはウィーガ。怪鳥芥子の実の蒸留酒だね。どこでこれを?」
一目で分かるなんて、やはりただ者じゃなかったらしい。
だが、逆に質問されちまった。
「なんでも、草原の国から来たって行商人から買ったんだ。草原の国の特産品か何かなのかな?」
老婆は首を振った。
「うんにゃ。こりゃ、北の帝国にしかない酒よ。睡眠導入作用の強い酒で、普通の土地じゃ無用の長物。北でしか価値の無い酒じゃし、売れやせんから他国に出回ることなどありゃせん」
「睡眠導入……だからか」
確か、怪鳥芥子自体が鎮静効果のすげぇ高い植物だと聞いた覚えがあるな。
実は麻酔薬にも使われるらしいし、葉っぱを燃やすだけで催眠ガスが発生するっていう、扱いの難しい危険な代物だ。
もしかしたら何かの薬でも仕込まれてる可能性も考えていたが、元々そんな効果がある酒だったとは。
「北でしか価値が無いってなんでだべ?」
「ふぁふぁ。北は寒いじゃろ? 暖を取るために酒を飲むんじゃよ。だから自然と酒量が増え、中毒者が多くなる。そうすると労働力が減るわけじゃ。国がそれを避けるために、一杯でぐっすり眠れる酒を作り売ってるのさ。帝国の寝酒はこれ一択らしいわ」
ってことは、あの二人組は北の帝国からやって来たってことか。
「助かった。ありがとう」
俺は丁寧に礼を言った。
「お安いご用じゃよ。で、それだけかい?」
その言葉に、俺の頭の上にはクエスチョンマークが飛び出たことだろう。
気を利かせたディアナが助け船を出してくれた。
「うんと、ヴィッキーがいつも頼んでるお酒とかあるだか? あればそれをいくつか貰いますだ」
「毎度あり。それじゃ、三本ばかり届けておくよ」
だが、これである程度の想像がついた。
やはりあの二人組はディアナ達を眠らせるためにこの酒を売りつけたんだ。
高級酒だと騙せば、恐らく記念日である昨夜、栓を開ける可能性がかなり高いだろうからな。
しかし、帝国の奴がディアナを狙うなんて、一体何があるんだろうか? 現状、想像するにかなりの理由は思い付くが。
だがそこは今考えても仕方ねぇ。
これで次にやることは決まったんだ。
近々で北からやって来た奴を洗っていくだけだな。
―――俺達は食料品ギルドを後にすると、ロビーの隅に設置してある港街の地図の前に陣取った。
「この街へと入るルートはどこにあるんだ?」
地図はかなり細かく、裏路地の一本一本まで描き込まれてんじゃねぇかってくらいの精密具合だった。
水の都なら、基本的には南北の門のみだ。まぁ、特に高い塀とかも無い街だから、その気になればどこからでも出入り出来るんだが、それでも大体はその二ヶ所を押さえておけば人の流れは分かるようになっていた。
港街への出入りは、まずは港。それから陸路だが、水の都よりも大きいと考えても、四、五ヶ所くらいを押さえれば何とかなるはずだってのが俺の読みだった。
「ええと、オラが分かるだけでこの街の主要な幹線道路は十五本あって、それぞれに関所があるだ。それから港だべ。港には一日、千隻くらいの船が出入りするって聞いてるから……」
「ちょっと待て。十五ヶ所? それに、船が千隻だって? そんな出入りしてんのか?」
ディアナの口にしたその数字に、俺はド肝を抜かされていた。
「そうだべよ? この街の人口は今確か、百万くれぇだったはずで、出入りの人数も毎日二十万以上って聞いたことがあっぺ」
「に、二十万!?」
想像を絶していた。マジかよ。出入りの人数だけでも水の都の人口の二倍近いじゃねぇか。
単純計算しても港で十万人。陸路で十万人。それを等分しても、関所一ヶ所あたり約八千人が出入りしてんのか。
おいおいおいおい。そんなん、しらみ潰しに探そうにも、俺一人で何とかなるもんじゃねぇぞ。
「一応、関所では人の出入りの記録は取ってるはずだから、調べようと思えば調べられるはずだべ。そこから北の帝国出身の人を探したらいいべ!」
ディアナが胸を張って言っていた。
俺は一抹の不安を胸に、ディアナに質問を投げ掛けた。
「ちなみに、北の帝国からはどのくらいの人が流れてきてるのかは分かるか?」
「うーん、どうだかなぁ。でも、同じ大陸に帝国と草原の国があるから、多いと思うんだ。全体の半分くらいがそのどっちかでねぇべか?」
そりゃそうだ。
世界三大大国である北の帝国、草原の国、そして密林の国。そのうち二つが陸路で来られるなら、そうであって然るべきだ。
ってことは、北の帝国だけに絞ってみても、一日に約五万人が出入りしてる可能性があるのか。
「調べるのが大変なら少し絞ってみてはどうだべか? 例えば、悪い奴なら人目に付きにくい道を選ぶと思うから、人通りの少ない関所を調べてみるとか?」
「……そうだな。ディアナの言うことも一理ある。だが、もし俺が犯罪目的でこの街に来たのであれば、出来れば一番人通りがある場所を選びたい」
「どうしてだべか?」
「木を隠すなら森の中だからな」
「ほぇー、スクード、すごいべ。悪い人の気持ちが分かるんだなぁ。でも悪いことしたらダメだっぺよ!」
なんかこんな感じの会話をミサミサともした覚えがあるな。あの時は結構な乗りで非難されたけど、ディアナは逆で感心してるみてぇだ。
「じゃあ大きな関所と港を当たればいいんだべな?」
「いや。だからこそ裏を突いて人目に付きにくい道を選ぶ可能性もある」
「したらば、どっちが正解なんだべさ?」
俺は頭を掻きながら言った。
「したらば、出入りから洗うのは不可能ってことだ」
まずいぞ、こりゃ。




