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第七話 現場検証

 まずやるべきことは、現場を調べあげることだ。

 もし子供達が目を覚ました時に誰もいないのは上手くねぇ。

 ヴィッキー夫妻は部屋に残し、俺はディアナと二人だけで、ルチルが連れ去られたっつーディアナの部屋のリビングへと戻ってきた。


 間取りは、玄関を入ると短い廊下があり、左手にはトイレと風呂。右手にはクローゼットとして使ってる部屋。

 廊下を抜けるとキッチン付きのリビングダイニング。リビングダイニングの右手にはディアナとリトルルチルの寝室が併設されている。ヴィッキーの部屋と全く同じ造りに成っている様だった。

 まず調べるのは犯人の侵入経路だ。

 三人が話してたのはリビングダイニングの奥の方。テーブルセットが置かれた、リビングとして使われてる辺りとのこと。

 先ほど俺が外に飛び出した大きな窓がある。窓の外には洗濯を干すための小さなバルコニーが、リビングから寝室へとまたがって繋がっている。

 単純に考えるなら、やはり本命はここだろう。

 バルコニーの床、手すり、それから窓枠。ランタンの明かりだけを頼りに丹念に調べていくが、どこにも異変は見付けられない。

 足跡はおろか、例えばロープみたいなものを使うにしても、手すりに擦れ跡なんかがあってもおかしくないはずなのだが、そういったもんも見付からない。ここは最上階だ。普通なら地上から登るにしろ屋上から降りるにしろ、何らかの痕跡はあって然るべきなのに。

 見付かったのは、ルチルがいつも頭に乗せている花のコサージュだけだった。

 

「窓の鍵は?」


 俺はコサージュをフライトジャケットのポケットにしまいながら、ディアナへと振り返った。


「ちゃんと閉めてたべ。二人組が出ていく時に、鍵を開けてたから間違いないべ」


 つまり、そいつらは窓の鍵は開けずに入ってきて、出ていく時だけ開けたってことか。もしかしたら目眩ましのために入ってから一度閉め、再度開けて出たって可能性もあるな。俺はリビングと寝室、どちらの鍵も調べた。が、例えばギヤマンを切ったとか割ったとか、そんな様子はなく、全くの無傷だ。ここから入ったとは考えにくい。

 

「クローゼットも見せて欲しい」


 クローゼットに使ってる部屋にも、内側の共同通路に面した窓が付けられていたからだ。だが、そちらも同じで破られた様子はなかった。


「侵入者が突然現れたって言ってたが、具体的にはどこに現れたんだ?」

「リビングの窓の前だべ。本当に突然で、気が付いたらいただよ」


 状況的にも玄関側の部屋からの侵入はあり得ないか。リビングの窓に行くには、ディアナ達の目の前を通らないとならねぇんだからな。


 ここまでで手掛かりは全くのゼロだった。

 そして、それは逆の手掛かりを示していると俺は感じていた。

 物理的な方法を用いず、侵入経路も逃走経路も不明なんだ。そんなことが出来るってことは、人間じゃあり得ねぇ。

 魔物か。



 ―――ヴィッキーの部屋へと戻った俺は、次に知っておかなければならないことの調査へと移った。

 

「ヴィッキー」


 リビングのテーブルに置かれた酒の瓶を手に取ると、ソファに腰掛けたヴィッキーに問い掛けた。


「この酒はいつも飲んでるやつか?」


 俺から酒瓶を受け取ると、ラベルに目を落としてからクローゼさんに振り返った。


「これ、見たこと無いわね。あなたが買ったきたの?」

「うん、今日の帰りにね。さっきスクード君と飲もうと思って開けたんだ」

「これがどうかしたの?」


 ヴィッキーが酒瓶をテーブルに戻した。


「これ、何の酒だ? えらく酔いが早かった、と言うか、眠くなったんだが」


 俺の言葉にクローゼさんが反応した。


「確かに、たった一杯で眠くなったね。原料はなんだろうか……僕も初めて見る酒だったから」


 そうだ。だから俺達はすぐに眠ることにしたんだ。


「あたしも分からないわ。ただのラム酒に見えるけど」


 それまでに積み重ねてきた会話から、ヴィッキーがかなり酒を嗜むタイプだってことは聞いていた。そのヴィッキーでも分からない酒ってことは、他所(よそ)の土地のものか。


「どこで手に入れたんです?」


 クローゼの顔を見た。


「屋敷からの帰り道、露店で買ったんだ。なんでも草原の国からやって来た行商人で、珍しい高級酒を扱ってるって言うから、サロン・ド・メロのお祝いで飲もうかと思って」

「どんな行商人?」

「ええと、若めの男、二人組だったかな……」


 そこでクローゼは何かに気が付いたみたいだった。

 ヴィッキーも、俺の隣に座ってたディアナも一緒だった。


「その行商人がルチルを?」


 口を開いたのはヴィッキーだった。


「それは分からない。だが、この酒を飲めば眠くなるんだとしたら、その可能性はある。創立記念日当日だし、記念日に開けることを狙っていたとも考えられる。だが、これで眠らせて誘拐ってのは不確定要素が高いがな」


 ってことは……


「ってことは、その二人組は無関係なのかしらね?」


 ……いや。

 再び酒瓶を手に取ったヴィッキーの隣に座るクローゼさんの顔色を伺った。

 確定で酒を飲ませることが出来る奴がいるのなら、話は別なんだ。

 クローゼさんが犯人と繋がっていたら……本当なら記念日の当日にディアナに酒を飲ませて眠らせたところを拐うことも出来る。

 が、想定外に俺達が現れた。だから一番厄介な勇者である俺を眠らせて、誘拐を実行させた。


 俺は目を閉じて、心の中で頭を振った。


 なら晩飯の時に酒を開けて全員に飲ませちまえばいいだけだし、何なら今日である必要性も無い。俺とルチルがどっか行った後でやりゃいいんだ。

 そもそも、もしクローゼさんが手引きしてたのならディアナを拐い損ねてルチルを連れて行くなんて愚行は犯さねぇだろ。

 やはり犯人はディアナの顔を知らない奴じゃねぇと辻褄が合わねぇ訳で、その点ではクローゼさんは真っ白。恐らくは犯人に利用されたに過ぎないだろう。


 となると、相手が魔物だろうが人間だろうが、やはりその行商人を追うのがルチルへ辿り着ける唯一の手掛かりになるな。


「俺は今から外に出て、ルチルを探す」

「今からだべか!? 少しは寝ねぇと」

「事は早い方がいい。モタモタしてたらどっかに高飛びされちまうかもしれねぇしな」

「それは……そうだべが……」


 ヴィッキーがおもむろに立ち上がると、ディアナの側へ寄り添った。


「ディアナ。スクードはあたし達には出来ないことが出来る子よ。あんたがスクードも心配する気持ちは分かるけど、それが足枷になっちゃ可哀想よ」


 その言葉に俺はハッとした。

 そうか、ディアナ、俺のことも心配してくれてんのか。


「スクード。どこを探すんだか?」

「分からねぇけど、とにかく探してみる」


 俺は立ち上がると、ブロードソードを腰に括り付けた。


「クローゼさん、念のためその行商人の見てくれを教えて下さい」

「確か、二人とも小柄な男達だったかな。一人は目が大きくて、茶色い髪を中分けにしていた。もう一人は頬が赤らんだ、髪の短い男だったと思う」


 それを聞いた瞬間、俺の頭の中で昨日の昼間の出来事がフラッシュバックした。


「わ、分かった。じゃあ行ってくるわ」


 俺は戦慄(わなな)く体を抑えつつ、ゆっくりと玄関を出た。

 静かに扉を閉めた直後、俺の怒りは一気に爆発した。


 あん時のクソ野郎どもじゃねーか!! ぜってぇー見付けてぶっ飛ばしてやる!!


 階段に向かって駆け出そうとしたその時だった。


「待って! オラも行くだよ!」


 ディアナの声に呼び止められた。


「い、いや、いい。あんたは家に残っててくれ」


 が、ディアナは聞かずに扉から滑り出して来た。


「このお酒が手掛かりなら、オラに心当たりがあるだ。まずはそこに行くべ」


 そう言ったディアナの手には、例の酒瓶が握られていた。

 流石にルチルの友達か。

 俺の理性がぶっ飛びそうなのを、きっちり見抜いてくれてたってことか。


「分かった。じゃあ、そうしよう」


 俺はディアナに感謝しながら、彼女を伴ってコンドミニアムを後にした。

 

 東の空には、既に太陽が昇り始めていたんだ。

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