第二話 大きな街の大きなギルド
商人ギルドはこの街の中枢だ。
そして、この街の中枢であることは、世界の中枢であることを意味する。
ルチルに連れられ俺が辿り着いたのは、街の中心に位置する巨大な建物だった。
故郷である水の都の王様が住まう城よりも更に大きなその建物に、俺は圧倒された。
「すげぇ大きいな」
「大したことないよ。ちょっと散らかってるけど、どーぞー」
玄関を入るとまずは大きなロビー。
正面には巨大な絵が飾られていた。神がこの街を作った時のことを描いたものだってことた。
凄まじく大きなその絵は遥か高い天井まで伸びており、そのロビーが三階に位置する部分まで吹き抜けで構成されていることに気付かされた。
ルチルはロビーの右端にある受付に向かって近付いていくと、上着の内ポケットから何かのカードみたいな小さな紙を取り出した。
受付の女はそれを確認すると、ロビー右手側の扉を指し示した。
三階建てのこの建物の両脇には、同じく3階建ての大きな市場が伸びており、その各階層に同系統の業者同士が集まり拠点を構えている。
商人の名を冠しているが、商人ギルドとは名ばかりでしかなく、実態は各職人ギルドなど手工業ギルドとの複合組織だ。
この街の職業と名のつく金銭に関わる全ては、この組織に加盟しており、このギルドの厳密な監視のもとで活動が行われる。
一部の富裕層のみが富を独占するのではなく、厳正な仕組みが、この街に住まう民の生活の全てを保証しているのだ。
世界で唯一、この街にしか存在しない稀有な組織だってことだ。
商人ギルドの成り立ちは古く、それはこの街が誕生した経緯にも密接に関わり合う。今からおよそ五百年前のできご…………ってとこまでルチルに説明されたところで俺は口を開いた。
「で、どうして狩人ギルドに向かうのに、商人ギルドに来なきゃならねぇんだ?」
「そりゃ、狩人ギルドがこの建物の中にあるからに決まってるでしょーよ」
ごもっともで。
だが俺の狙いはそこじゃねぇ。ルチルの長い説明を止めさせることにあったんだからな。
―――狩人ギルドも街の中心にあるギルド本部内の一角に居を構えているが、他の市場のようなギルドと違ってとても小さな部屋だ。
それもそのはずで、狩人達は基本的には狩りに出ている。
このギルドは、狩人と依頼主の窓口でしかない、ただの事務所といった立ち位置でしかないのだ。
向かって右側の棟。
一階の奥に向かって俺達は歩いた。
廊下の最果てにある小さな入り口を潜ると、数名が座れる程度のカウンターがあり、その奥には職員の机が並べられた事務スペース。
壁の本棚には無数の帳簿が並べられているだけの、小さな不動産屋と言われたら納得してしまうような、非常に味気ない景観だった。
「あら?」
入室して来た俺達を見留め、受付の妙齢の女が声を上げた。
「あなた、久し振りじゃない!」
声を張り上げてデスクから立ち上がった。
「をよよ? 私のこと覚えてたん?」
ルチルも嬉しげな声色で返事を返した。
なるほど。どうやらこいつはこのギルドじゃ顔の知られた存在らしいな。定期船の常連だってことだし、この街と頻繁に行き来してるってのは、こういうとこに来てるってことか?
「当たり前じゃない。本当にお久し振りね。えーっと、十年近いかしら?」
「えー? もうそんな経つぅ?」
……十年? こいつ、子供の頃からここに来てたってことか?
「そうよ。懐かしいなぁ。それで、今日はどうしたの? また狩りの依頼かしら?」
受付の女は俺達を、ってか、ルチルを自分のデスクの前の椅子に促すと、お茶も用意してくれた。
「ううん。今回は逆だよぉ。この子にお仕事があればと思いましてぇ」
お茶をすすりながら、ルチルは俺を掌で示した。
「ああ、そういうことね。えぇと、狩人の証はお持ちかしら?」
「いや。無いです」
俺もまた、お茶を頂きながら答えた。
「そうなのね。じゃあ狩人登録から始めましょう。そうしないとお仕事を請け負えないのよ」
そこまで説明してくれたところで、ルチルが嬉しそうに俺のマントの襟を引っ張った。
「うんにゃ。この子はこれをお持ちなんですよぉ」
引っ張ったのは襟ではなく、正確には襟の隙間に隠されていたピンバッジだった。
「あら! 勇者様なのね。じゃあ話は早いわね」
花が咲いたみたいな受付の人の笑顔。だが、俺の表情はそれとは対照的だと思う。
「でへへ。あのね、勇者は特別扱いなのよぉ。狩人登録してなくても仕事を貰えるんだけど、その代わり報酬は半額でいいの。だってさ、勇者ってそういうお仕事だからさぁ」
そういうこと。だから嬉しそうなのか。余った依頼料はギルドの手数料ってことね。ま、依頼人的には元から払うつもりの額だから、文句は無いだろうしな。
「それじゃあ仕事の手配をするね。今日の分の依頼は全て埋まってしまったから、また明日の分になるかな」
「おっけぇー。んじゃ、また明日来るねぇ。うんと難しい依頼を回してくれていいよぉ。この子のしゅぎょーになるからさ」
笑ってんじゃねぇ。いつからお前は俺の師匠になったんだ。
「了解」
受付の人も笑っていた。……実はしばらく思ってたが、ひょっとして俺、弄られやすいタイプなのか?
憮然とした態度を醸し出してみたものの、女供はどこ吹く風だ。
「ね、あなた、もうお店は見たんでしょ? 驚かなかった?」
いつの間にか世間話的なものに花を咲かせ始めやがっていた。
「うんにゃ。さっき着いたばっかだからねぇ。真っ直ぐここに来たんよ」
「あら、そうなのね。じゃあ楽しみにしてるといいわ。もうね、凄いんだから」
そう言った顔には満面の笑み。
だが俺には話の筋が全く理解出来ていない。お店ってなんだろうか。
「そっかそっかぁー。もし時間があれば行きたいとこだけどねぇ」
「え? 行かないの?」
「うーん。だってさ、勇者のお仕事をするために来たからさ」
受付の人が驚くのも無理はないんだろうな。だってよ、ルチルときたら、口とは正反対な残念そうな顔で言うんだもんな。
だがしかし、これはある意味チャンスだ。
俺は久し振りに口を開いた。
「どこに行くのか知らねぇが、俺は別に構わない。どうせ明日まで時間があるんだろ? 行きたいとこがあるなら行ったらいいさ」
「本当?」
ルチルの顔にも鮮やかな花が咲いたみてぇだった。
別に、そんな行きたかったならそう言えば良かったのにな。なんで変なとこに気を遣ってんだ、こいつは。
「ああ。構わねぇ」
それにさ、
「もし旧交を深めるってんなら、俺も邪魔はしねぇ。ゆっくりしたらいい」
別行動になるんならさ、
「いいね! 話分かるね! スクードいい男だね!」
俺だって観光出来るじゃねぇか。
と、本音は伏せておくことにしたんだ。




