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第一話 サンシャイン港街

 俺達が水の都を旅立ってから一月(ひとつき)ほどが経っていた。


 あんまり面白い話でもねぇから説明すんのもどうかと思うけど、とりあえず道程を整理しとかねぇと、俺達が今どこにいるのか分からなくなっちゃうもんな。


 まず、水の都を出てから島を西に二日くらい。島の玄関口とも言える港町に辿り着く。あの島を出るのも入るのも、そこから船を使わないとならないんだ。

 俺達は最もポピュラーな、大陸にある港街とこの島を結ぶ定期船を目指すことにしていた。

 港町に住む人の私有船に乗せて貰って他の地域へと向かうことも出来るんだが、特に目的があるわけでも無し、まずはオーソドックスな旅路を選んだ。……私有の船を借りるとすんげぇ額の料金を吹っ掛けられるんだよな。


 船に乗ってから約一ヶ月。 

 本来なら直行すれば約十日程の航海らしいけど、定期船はいくつかの島に立ち寄りながら進んでいくから遠回りをする訳だ。

 そろそろ目的地である大陸の港街に到着するってタイミングが、今だった。


「すげぇ陽射しだな」


 俺は顔をしかめて天を仰いでいた。


「だよねぇ。もうここは大陸南西部の気候帯に入ってるから、島よりも太陽が近いんだよ」

「太陽が近い?」


 俺は不用意な質問をしたと後悔した。

 細かくは省くが、ルチルから世界が丸い球体であることを延々と説明されたからだ。いや、そりゃさ、勉強にはなったけどさ、長ぇし難しいんだよ!

 ようやくルチルの世界講座から解放された頃、定期船の船長が俺らの側まで歩み寄ってきた。


「さて、昼には港街に到着だ。今回も何事も起きなさそうで一安心だな」


 水夫の支度じゃなくて赤いジャケットを羽織った太いおっさんで、まぁ服装だけで船長だって分かるような人だ。一ヶ月もの長い船旅だし、俺らはすっかり打ち解けていた。


「やっぱ船旅には危険は付きものなのかい?」


 デッキの手すりに背を預け、俺は問い掛けた。この一月、嵐みたいなアクシデントも起きない快適な船旅を送らせてもらった俺としては、危険なんて実感から程遠い出来事だったからな。


「いいえー? この海はかなり安定してるから、危険なんてほとんど無いはずだよぉ?」


 ……お前が言うなよ。船乗りさんには船乗りさんの色々があるだろーよ。


「ははは! ルチルちゃんにゃ叶わねぇな! 流石、常連だけあってよく分かってるねぇ」


 が、船長は気を悪くする様子も無く笑い飛ばしていた。良かったな! 船長が人格者で!


「いやぁ、なに。実は最近この海にも海賊が出るようになったんでね、鉢合わせしなくて良かったと思ってな」

「海賊だって?」


 俺は思わず聞き返した。


「ああ。同僚達の定期船が何度か出くわしててな。まぁ水の都管轄の船だから襲われる可能性は半々なんだが、それでも運が悪いとな」

「お仲間は襲われたのか?」

「いや、うちの同僚は運が良い部類だな。出くわしたのが私掠船(しりゃくせん)だった。野良海賊ならやばかったな」


 俺の頭からクエスチョンマークが出てたのがバレたらしい。


「海賊にも二通りの種類があって、取り敢えず見境無く略奪するのが普通の海賊。んでもう一つが私掠船で、私掠船ってのは、北の帝国から略奪稼業の免状を貰って敵国の船を襲う連中のことを言うのでぇす」


 ルチルが横から口を挟んできた。全くよく見てるもんだよ、本当によぉ。

 だがまぁ、そのお陰で意味が理解出来た。


 北の帝国と俺らが生まれた水の都ってのは何百年も昔からの犬猿の仲らしい。

 なんでも、国として興る前の帝国が大陸南部に侵攻した際、水の都の初代国王自らが大陸に出征して、大戦争を繰り広げたんだとか。

 それ以来、帝国と水の都は常に一触即発状態だったらしいが、流石にそれは諸々まずいってんで長い歴史の中、互いの領地以外では手を出し合わないって条約が結ばれたんだそうだ。

 という訳で、私掠船ってのが定期船を襲うことは無いってことだ。

 ちなみに俺ら勇者も帝国だけには近寄るなと言われている。もし領内に侵入して身バレしようものなら、即刻処刑されちまうんだとよ。


「海賊はどうして出るようになったんだ?」

 

 俺は素直な疑問を口にした。


「さぁ、どうしてだろうな? 今まではお前さん方勇者の存在があるから、下手な海賊は近寄らない海域だったんだが。ま、そのせいで私掠船まで出張(でば)ってくるようになったんで、俺達からしてみりゃそこまで重大な危険は無いってのが実情ではある」

「でも水の都としてはあまり面白くねぇだろうな」

「そうだな。治安維持に役立つ反面、完全な敵国の戦力に近海を彷徨(うろつ)かれてるんじゃあな。ま、何にしろもう港街の領海だ。ここで悪さする海賊なんかいやしないから安心しろ。

そんな大層なことやれる奴なんざ、稀代の大悪党、ヨッギ・ストレンベリくらいなもんだ!」


 船長は自分で言って笑っていた。


 どうしてだ? なぁんて訊きたくもなったけど、自分で考えることにした。だってルチルが食い付いてきたらまた話が長ぇに決まってるし。

 一応は俺なりのアンサーとして、港街は世界で唯一の独立商業都市、かつ中立地帯。しかも世界の経済の中心地。海賊達ですら大人しくしてりゃ客として迎えてくれる土地でもあるし、反面、悪さすりゃ立ち入り禁止。悪事を働くデメリットの方が多い土地なんだ。ってことを伝えておこう。


「をー、見えてきたよぉー! 懐かしいなぁ」


 ルチルが大声を張り上げ、デッキの手すりから身を乗り出して前方を指差した。俺もそれに倣って身を乗り出す。


 前方に見えたのは、生まれてから一度も見たことの無いような壮大な光景だった。

 湾には色とりどりのマストを掲げた無数の船舶が往来している。その先、湾囲む小高い丘の斜面には白い石で造られた凄まじい数の建物がずらりと並んでいた。

 空の青と街の白とのコントラストは、まるで砂浜が丘の上まで延々と続いているかの錯覚さえ引き起こした。


「す、すげぇ……」


 俺は息を飲んだ。

 そんな俺に、ルチルはグイッと体を押し付けて言った。


「さぁ冒険の始まりだよぉー。最初はどんな魔物の死骸を貰えるのかなぁ?」

「いやその台詞はマジでやばい奴だろ」


 俺は真顔で突っ込んだ。

 だってさ、船長の顔だってひきつってらぁ。




 ―――船から降り立った俺がまずやったこと。それは大きな伸びだ。

 空を見上げると、さっきの海上よりも更に燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽の光。

 暑いのに湿度は低くカラッとしていて、思ったよりも過ごしやすいみたいだ。


「さーて、一体何をどうしてやろうかな?」


 俺は柄にも無く浮き足立っていた。恥ずかしいけど、本音な。

 だってそうだろ? 初めて島の外に出て、初めて来たのがこんなドデカい大都市なんだぜ?足元に敷き詰められてるただの石畳ですら物珍しいってもんだ。

 何なら何日か街を見物しても良いくらいに思っていた。

 でも絶対に表には出さないけどな!

 

「とりあえず狩人(ハンター)ギルドでも行っとく?」


 ルチルが鼻をほじりながら提案してきた。

 俺はその腕をそっと下ろしてやると、聞き返した。


「狩人ギルド?」

「そうそう。魔物関係で困ってる人達の依頼は大体そこに届くからさぁ。特にやること決まってないし、まずはギルドに行ったらいいと思うよ」

「………………そうだな」

「なにその今の間」


 まさかルチルに至極真っ当な案を出されるとは思わなかったと同時に、少し観光でもしたいと思ってたのを潰され、俺は結構微妙な心持ちだったんだ。

 

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