第二十七話 旅立ちの時
―――翌朝、陽が昇るよりも少し早い時間。
俺は朝靄の掛かる街を歩いていた。
人通りはまばらで、でも街は確かに目覚めようとしていた。
ぶらぶらと歩いてると、ふと後ろから声を掛けられた。
「おはよう。随分と早いんだね」
一度見たら忘れられねぇピンク色の髪をした美人。ミサミサだった。
「あんたこそ早いな。昨日は遅くまで飲んでたのによ」
「旅人の酒場の仕事は早いんだよ。それに、こう見えてもお酒には強いんだからね」
どうも本当らしい。
清々しい顔してら。
「どこ行くの?」
「あんたと同じとこ。今日、出発しようと思ってさ」
「そっか、早いね。なんか寂しいな」
「そうか? そりゃありがたいお言葉で」
「院長先生には?」
「ああ、もう報告は済ませた」
二人して並びながら、そんな取り留めの無いことを話して歩いた。
「なんで酒場に行くの? ルチルに挨拶かな?」
「ああ、そうだな。あいつに言わなきゃなんないこともあるし」
「そうなんだ。なんかさ、ルチルが言ってたよ。スクードはすごかったってさ」
「そんなことねぇよ。そんなこと、ねぇ」
「ふふ。謙遜しちゃって。ルチルはね、下らない嘘はいっぱいつくけど、でも肝心なことは嘘つかないんだからね」
「あんたはルチルのことを良く知ってるんだな」
取り留めの無い会話は続いた。
いつの間にか旅人の酒場が見え始めていた。
俺達が酒場の前に近付いた頃、軋んだ音を立てて扉が開いたのが見えた。
中から出てきたのは、看板を外に運び出そうとしてるルチルの姿だった。
「を、ミサミサ。スクードと一緒なん?」
俺達を見付けたルチルが大きく手を振った。
「おはよう!」
ミサミサも手を振り返していた。
「おはよー」
相変わらず間延びした喋り方だよ、ほんと。
「よぉ」
ルチルの前まで近付くと、俺は小さく声を掛けた。
「どした?」
ルチルは笑っていた。
「なぁ、ルチル」
「なぁに?」
「俺に仲間を紹介してくれよ」
「いいよ? どんな人がご希望かな?」
「そうだな。頭が良い奴がいいな。戦闘は出来なくてもいい。だけど、計算と金儲けが得意で、そんでもって料理も出来た方がいい」
「えー? そんなん役に立つぅ?」
「ああ、立つさ。きっとものすげぇ役に立つ。だからさ」
俺は息を吸った。
「一緒に行こうぜ」
言わなきゃならない一言。
俺は勇気を出して口にしたんだ。
「いいの?」
ルチルは看板を置くと、真っ直ぐに俺を見ていた。
「ああ。俺はお前に三千万Gを返さなきゃいけないしな」
「どぅへへ! 冗談のつもりだったのに、本当に返してくれんの?」
「まぁな。お前、未知の魔物を倒したら、その情報とか死骸が高く売れるって言ってたろ? たくさん倒したらいつかは三千万くらい稼げるんじゃねぇか?」
「なーるほど。ナイスアイディアだねぇ。それなら借金返済も割りと早く終わるかもねぇ」
「ならいいじゃねぇか。三千万と言わず、もっと返してやろうか?」
「やった! そりゃすんげーや!」
「その代わり、俺に力を貸してくれよ。色んな魔物を倒す力をさ」
俺も真っ直ぐにルチルを見ていた。
ルチルの唇が動いた。
「いいよ」
陽が昇った。
朝日が差した。
「つーわけでミサミサ。私、ちょっくら旅に出てくるから、お店よろしくねぇー」
言いながら店の中へすっ飛んで行った。
きっと支度をしに行ったんだろう。
多分戻ってくるのは四十秒後ってところか。
「ねぇ、スクード君」
ルチルを待つ間、ミサミサが俺に話し掛けてきた。
「なんだ?」
その真剣そうな声に少し驚きながら、俺はミサミサに向かって振り向いた。
「ルチルを、宜しくね」
「ああ。あんたも、ありがとうな」
「え? 私は何もしてないよ?」
「いいや。あんたが引っ張ってってくれなけりゃ、俺はルチルに気が付けなかった」
「ううん。気が付いたよ、きっと。いつかきっと、どんなに時間が掛かってもさ」
ルチルが戻ってきた。
旅支度は、やっぱり小さなショルダーポーチだけ。
まったく仕方ねぇ奴だな。
「おい、なんだよその格好は!? そこらへ買い物しに行くんじゃねぇかんな!」
俺は全力で突っ込んでやった。
「どぅへへ! スクードは突っ込みが得意だなぁ!」
ルチルも全力で笑っていた。
「いってらっしゃい!」
そんな俺達を、ミサミサは元気良く送り出してくれた。
後ろ手に手を振りながら、俺達は水の都を後にしたんだ。
―――この時は思わなかったんだ。
この水の都でした冒険なんて、ただの遊びでしかなかったってこと。
そりゃこんな簡単にはいかないんだよな、普通。
世の中って甘くない。
今になって分かる。
こっからが、俺達の本当の旅だったんだって。




