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第二十五話 二者択一

 もはや魔族は動かない。


 俺達の勝ちだった。


「やったな! スクード!!」

「なんて人だ!」

「すげぇぞ! なんださっきの術は!?」


 クリスが、ビー兄弟が駆け寄ってきた。

 皆、口々に俺を讃えていた。

 俺は空を仰いだまま、それに応えることが出来なかった。

 なんてことはない。

 連戦に次ぐ連戦で、レイスを練り過ぎた。気力も体力も使い果たしていたんだ。

 もはや立っているのが精一杯で、元気よく格好つけるなんて芸当は披露出来そうになかった。

 それでも抱き付いてくるクリス達。

 俺はやっとの思いで言い返してやった。


「まぁ、これくらいは、な。どうってことねぇよ」


 言い返しながらへたり込んだ。

 もう足腰に力が入らなかった。


 そんな俺達の元に、王様を伴ってルチルが歩み寄ってきた。

「すごい! すごい!」って、そんな風に褒めてくれるかと少しは期待していたけれど、少し様子が違うみたいだ。

 ルチルは浮かなそうな表情を浮かべていた。


 一体どうしたんだろう?

 あいつの表情の理由(わけ)を気にする俺には分かった。


「スクード、すごいね」


 そう言って静かに俺を讃えてくれはしたが、その視線は魔族によって破壊された小屋へと向けられていることが。


「すまねぇ。この小屋、お城の物だったもんな。壊しちまった」


 別に俺が壊した訳じゃないけどさ、だけど俺が隠れ簑に使ったから壊されたわけで、その遠因は俺にもあるもんな。

 だから、俺はルチルに謝った。

 そんな俺に、ルチルは首を振って見せた。


「いいよ……いい」


 それはとても寂しそうな『いい』。

 

「ひょっとして、お前にとっても大切な物だったのか?」


 そうだ。そうに違いない。

 俺は直感で悟った。


「ううん。どっちかって言うと、呪いかな」

「え?」


 消え入りそうな声が、微かに聞こえた。

 クリス達がはしゃぐ声にかき消されそうだったけど、でも俺にはそう聞こえた気がした。


 


 が、それで終わりじゃなかった。



 凄まじいまでの瘴気が、一瞬で中庭を支配したのが分かった。


「こ、これは!?」


 いの一番に王様が声を上げた。

 それに合わせるようにクリス達が臨戦態勢を取り、ルチルが俺に駆け寄って、そして俺も立ち上がった。

 マジでとんでもねぇぞ。

 触れただけで寿命が削られるんじゃねぇかってくらいのドス黒い感覚が、中庭を侵食し始めたんだ。


「まったくやってくれたものだ」


 中庭を囲む城の壁に反射しながら声が響いた。

 

「俺の依り代を駄目にしやがって。これじゃあもう、当初の目的を果たすことも出来ないじゃないか」


 声を響かせていたのは、死んだはずの甲虫みたいな魔族だった。


「まだ生きてるのか!?」


 クリスが魔族の死骸に光の帯を放とうと腕を振り上げるよりも速かった。


 魔族は立ち上がると、一瞬にして王様の体を掠め取ったんだ。


「ってめぇ!」


 俺は思わず声を上げた。

 目の前、僅か二メートルってとこで、魔族は王様の首に鉤爪を押し付けていた。

 

「生きているものか。元よりこいつは俺の傀儡に過ぎん。貴様らが壊しちまったから、もはや戦うなんて不可能だがな。それでも、貴様らが抗うよりも速く、王の命を奪うくらいならやれんこともない」


 やれんこともないどころか、むしろやれる可能性は100パーセントだろうが。

 既に王様の皮膚は破れ、その喉笛は掻き切られる寸前だ。


「さて、貴様らの活動源である金を巻き上げ、王も殺すことは叶わなくなった。この壊れた傀儡じゃどちらか片方が関の山だ。だから、最後の選択権は貴様らに与えてやる。このまま国を助け王を殺すか、それとも王を助け国を殺すか、二つに一つだ。選ぶがいい」


 あんだけ苦労してぶっ倒しても結局はふりだしかよ、くそったれが。

 そんなもん、どっちを選んでも先はねぇじゃねーか。

 俺は歯噛みした。

 本当に、そんなもん、何の責任も持ってない俺らみたいなクソガキ達に選べるもんじゃねぇんだよ。

 どうする? どうしたらいい?

 俺はクリスへと視線を移した。

 だが、あいつも一緒だよ。

 何も選べない。

 俺も奴と同じ顔をしてるはずだ。

 沈黙だけが、今というこの時を支配していた。


「答えは変わらない。持っていきなよ」


 沈黙を打ち破ったのは、やはりルチルだった。


「そうか。貴様ならそう言うと思ったぞ」


 魔族の声は弾んでいた。


「そんなにこの老いぼれの命が大事か?」


 その問いに、ルチルは凛とした声で答えた。


「人間の天敵である魔族のくせに、誰一人の命も奪えずに、こそ泥みたいにお金だけ持って逃げる間抜けを見たいだけだから」


 って、おい!

 何を挑発してんだよ!

 そんなこと言ったら、逆上して王様を殺しちまうかもしれねぇだろうが!

 もしかしてこいつ、前に言ってた、王様なら代えが効くって案を実践しようとしてんじゃあねーだろうな!?


「間抜けは貴様だったな。俺を怒らせて王を殺させる気だな? 不毛な。王の命なぞよりも、多くの人間の生命の糧である金の方が貴様らにとって重要なのは分かっているぞ。確かにここでは一人の命も奪わなかった。だが、ここに居ない者の命は奪ってやろう」


 再び瘴気が渦を巻き始めた。

 中庭に充満していた瘴気がその渦へと収束していくのが分かった。

 たいして時間は掛からなかった。

 蠢く一つの塊になった瘴気は、泉の底にあった宝物庫へと飛び込んでいった。


 王様を盾にしていた魔族の傀儡が灰になって崩れ落ちた。

 俺達は王様を助け起こした。

 そして、次に宝物庫を覗きに行った時には、その中身は金の粒すら残さずに綺麗さっぱり持ち去られていた。 

 


 ―――なんとも言えない敗北感が俺達を支配していた。


 結果として、俺達は負けた。


 魔族は傀儡を使っただけで、無傷で目的を果たした。確かに少しは悔しがらせることはしたかもしれねぇ。だけど、それでも、金は失われた。

 国民の三分の一の生活が掛かった大切な金が。

 

 しかし、ルチルはあっけらかんと言った。


「分かってないのはあいつだよね」


 俺達は振り返った。


「生きてりゃーさ、お金なんてまた稼げるのにさぁ」


 王様が頷いていた。


「すまない、ルチルや。お主に救われたこの命、必ずや国民のために使おう。民が再び金を稼げばいいや!って思えるよう、私が全身全霊を持って導こう」


 そうか、そういうことか。

 俺は理解した。


 『うるせー、ジジィ』


 あの言葉にはそんな意味が含まれていたのか。あんたがいなけりゃ誰が皆を引っ張ってくんだって、そう言ったのか。


「まぁでも、お金あげちゃったのは私だしぃ、ちっとは責任も感じてますのでぇ……」


 ルチルはやっぱり大股開きで王様の前にしゃがみ込むと、上着の懐から何かの紙を取り出していた。


「私が三千万G(ゴールド)をお国に貸し付けてしんぜよーう。出血大サービスでぇ、お利息は年利〇.一パーに負けとくよ?」


 俺はド肝を抜かされた。

 まさかあそこまでいい感じのことを言いながら、いきなり借金を持ち掛けるのかよ!? しかもちゃんと利息までつけて!


「いや、それは悪いぞ。せめてもう少し付けさせてくれ」


 おい! 王様も乗るのかよ!? そして利息値上げするとか聞いたことねぇぞ!?


「いいんよぉ。元金はスクード君に返して貰うからさぁ。お利息だけでホクホクよ」


 え?

 俺は耳を疑った。

 今なんつった?

 俺の名前出さなかったか?


「は!? 何で俺が!?」

「は? 元はと言えばぁ、君が私を置いていったから、誘拐されちゃったんでしょー?」

「いやいやいや、違くねぇか!? 元からお前は狙われてたんじゃねーのかよ!」

「スクードがおあえつらえ向きに犯人にしやすそうな行動したからでしょーよ」

「たまたまだろ!」

「はい、たまたまでぇーす」

「笑ってんじゃねぇ!」


 ルチルは笑っていた。

 本当に楽しそうに笑っていた。

 

 「スクード、ありがとね」


 そしてそう言ったんだ。

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