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第二十四話 熱いてのひら

「『わかりませぇん』じゃねぇんだよ! 肝心なとこで役立たずか!」


 ルチルのあまりにも人を喰った返答に、俺の怒りは一気に脳天を突き抜けた。

 しかもどーせあれだろ?

 こいつはまたどぅへどぅへ笑いながら、「突っ込みが上手だ」なんてからかってくるに違いねぇ。答えが分かってるくせに教えねぇってのは性格が悪すぎるぞ。いっぺん性根を叩き直してやんねぇとならねー!

 だからこそ、俺はあえて厳しい言葉でルチルを叱責した。

 

「私はねぇ、戦闘とか精霊術とかそんな無駄な知識は持ち合わせていないんですよねぇ。君らと違ってチャンチャンバラバラやるのがお仕事じゃあないんですよねぇ。知らなくて悪うございましたねぇ。ええ? ああん?」


 が、返ってきたのは予想に反した反応。

 顎を突きだし、俺の胸元から抉り込むように顔を近付け、更にグリグリとにじみ寄ってきた。

 どう見てもチンピラの所業だが、少なくともこいつが真面目に対策が分かってないのは理解した。


「そ、そうか。お前にも分からないことはあるんだな」

「おおよ。当たり前よ、人間だもの」

「言い過ぎた。悪かった」

「お? いいんよぉー。分かればいいんよぉー」


 素直に謝ったのが効いたのかな? ルチルは意外にもすぐに機嫌を直したみてぇだった。



 俺も気を取り直して、再度戦況を見据えた。


 クリス達は既に押され始めているようだった。どうも完全に術の軌道を読まれたらしい。間合いを詰められ、俺に繰り出したみてぇな黒い刃物みたいなのを連打で浴びせかけられていた。

 かろうじてかわしながら反撃の術を放ってはいるが、それらのどれもがいとも容易く避けられている。きっと詰められるのも時間の問題だと思えた。


 俺が見る限りだが、クリスのサントシャーマは光の帯の放出、ガレスのフレイムは火の玉、キャリムのグレイスは氷の(つぶて)を飛ばす術に思えた。

 つまりは、そのどれもが直線攻撃であり、広義で言えば点の攻撃だ。点を的に当てるには、やはり狙いが最も重要なんだ。

 だが相手は狙いを定めさせない特性を持つ。

 であれば、だ。

 答えは一つ。

 範囲攻撃を仕掛けるしかねぇ。


 俺の持ち術の中に範囲攻撃は二つ。

 一つはブリーゼ。そよ風を起こすやつな。

 もう一つはヴァクーム。真空波を巻き起こし、かまいたちで切り刻むやつ。

 前者は言わずもがな、殺傷力は皆無だ。後者もまた、ハリトカゲの分厚い鱗に通用しない程度の威力。

 どちらもダメだ。


 クリス達が範囲攻撃を習得してる可能性だってあり得るが、現状で同じ術を連発してる以上は期待も持てねぇ。


 なら、打つ手無しってことなんだが……



「を? なぁに? やれるかもって顔してるねぇ」


 俺の顔を覗き込みながら、ルチルが笑っていた。


「まぁな。やってみねぇと何とも言えねぇけど、可能性はあるはずだ」


 言葉のままだ。

 やるしかねぇ。

 突拍子もないアイディアかもしんねぇけど、ゼロよりはマシだろう。


 俺は一歩進み出た。


 そんな俺の背中に、熱い感覚が伝わってきた。

 この感じ。分かる。

 ルチルの手だ。

 ルチルが俺の背中にてのひらを当てているんだ。

 熱い。まるで太陽を背負ってるんじゃねぇかってくらいに熱い、ルチルの熱が伝わってくるんだ。


「スクードなら、やれる」


 俺の背中に向かって静かにそう言った。


 なんだろうな。

 不思議なんもだよ。だってさ、こいつにやれるって言われたらよぉ……


「やれる気になってきたわ」


 俺は全力で駆け出した。


 

 ―――クリス達が魔族と交戦してるのは、完全に開けた空間だ。下草しか生えてねぇし、視界を遮るものと言えばあのボロい小屋のみ。

 それにしたって、きっと魔族が一発喰らわせれば粉微塵だろう。

 だが、目隠しさえ出来りゃいい。一度でいいんだ。


 俺が走る度、足元に生えたリンドウの花が淡い光の粉を撒き散らす。


 俺は小屋の裏手に回り込むと、隠れながら戦況を読んだ。


 三人と一匹が入り交じり、飛び道具を放ち合う戦場を分析すんのは中々に骨が折れる。


 魔族の攻撃の癖。クリス達三人の攻撃の癖。

 それぞれを読む。

 クリス達は追い詰められてるからか相当に単調になっていた。

 だからこそ魔族の攻撃にもパターンが生まれる。

 だってよぉ、相手の隙を突きたいもんだからなぁ。普通ならよぉ。


 観察すること数分だったかと思う。

 大体は読めてきた。

 狙いは十三手目だ。

 クリスがサントシャーマを放ち、それを魔族が避けながらキャリムに攻撃を仕掛け、キャリムがカウンターで剣を振るう。魔族はそれを避けるために一度空中へ逃げるはずだ。そこへガレスがフレイムを放つのが十三手目。

 そこだ。


 俺は精神を研ぎ澄ませながら手を数えた。


 乱れ飛ぶ戦場。


 一、二、三……


 手数を数えていく。


 六、七、八……ここからだ。


 九。クリスがサントシャーマを放ち、

 十。それを魔族が避けながらキャリムに攻撃を仕掛け、

 十一。キャリムがカウンターで剣を振るう。

 十二。魔族はそれを避けるために一度空中へ逃げた。


 そこへガレスがフレイムを放つのが十三手目。


 「フレイム!」


 ガレスの声が聞こえる。

 俺は、掌の中で既に練り上げていた、風の塊を放った。


 「ヴェルウィント!」


 ガレスの炎の玉が魔族へと迫る。

 俺の突風は魔族の斜め下から迫る。

 魔族は炎の玉に反応して、また避けようと体を捻らせた。

 もはや完全に見切った炎の玉を大袈裟に避けたりはしねぇ。

 紙一重で避けてから、真っ直ぐに攻撃に移るんだ。


 だから、それがいいんだよな。


 炎の玉が魔族の目の前へ迫ったと同時だった。

 俺のヴェルウィントが到達した。


 炎の玉にな!!


 瞬間、炎は大爆発を引き起こした。

 自分でもマジでビビるくらいの大爆発だ。

 隠れていた小屋は震え、何なら俺自身の皮膚も心臓だって震えている。

 そのくらい凄まじい衝撃波を放つ、特大の爆発が、魔族の目の前で起こったんだ。


 爆発は一瞬で収まり、周囲を包み込む濃煙だけが残された。

 ここは風も無い城の中庭、しかもドーム状の温室の中だ。

 熱い煙は中々晴れることはなく、その場に留まり続けていた。

 これじゃあ魔族がどうなったのかは流石に見えねぇしな。

 

「ブリーゼ」


 俺は小声で術を解放し、煙を払った。


 が、それが仇になった。

 俺を匿ってくれていた小屋が一瞬で吹き飛ばされた。


「ここにいたか、下等な人間(ブタ)め」


 そりゃそうだ。そよ風の発生源は俺だからな。もちろん、煙を振り払っていく根元に俺がいるってのは、誰が見ても一目瞭然なわけで。

 

 だが、目の前に立っていた魔族は満身創痍と言えた。

 そりゃあんだけの爆発を目の前で喰らったんだからな。

 本当はどんな大きさでどんな見てくれをしってか分からなくても、あれじゃ逃げられる訳もねぇってくらいの爆発だ。

 しかも、俺が供給した風を飲み込んだ炎は更に勢いを増してるはずだから、威力だってそれまでの何倍にも膨れ上がってるんだからな。


「俺がブタならてめーは虫ケラか?」


 覚悟は出来ていた。

 なんならそのために煙を払ったとも言える。

 わざと……とまではいかねぇけど、それでも覚悟は出来ていたし、この距離じゃねぇと俺は戦えねーんだよ。


 掌が熱い。

 渾身の気持ちを籠めて掌に力を集めた。

 分厚い風の渦が俺の拳を包み込む。

 こんなに熱く感じたのは始めてだ。

 しかもさ、拳だけじゃねぇんだ。

 背中から感じるんだ。背中から腕を通って、熱い力が流れ込んでくるんだよ。


「愚かな。我と殴り合おうというのか?」


 魔族の()()()()()


「るせー。俺が一番(つえ)ぇのはこのスタイルなんだ」


 俺は腰を軽く落とし、両の拳を顎の脇に添えて構えた。

 ブロードソードは背中の後ろに浮かせて待機させてある。


 魔族が動いた。

 すげー早い手刀だ。腕の先に生えた鉤爪なんかをまともに喰らったら、それこそ俺の肉体なんかぶち抜かれるだろう。

 だが、このスタイルの俺は本当につえーかんな。

 魔族の手刀を首を逸らすだけでかわし、その懐に飛び込んだ。

 左のフックで脇腹を潰す。

 右のストレートで顔面を殴り飛ばす。

 そして、

 真上から振りかざしたブロードソードが、魔族の肩から袈裟斬りに切り裂いた。


 憐れ、魔族は真っ二つにぶっちぎれ、音も無くその場に崩れ落ちていく。

 崩れながら、それでも口を開いていた。


「な、何故……我を捉えられた?」

「バカか、てめーは。てめーはもう、実体をさらけ出してんだよ。とっくにな」


 俺の声を聞き届けたと思う。

 何も返すこと無く魔族は息絶えた。

 残されたのは、子供くらいの大きさの、二足歩行する甲虫みたいな亡骸だけだったんだ。

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