第二十三話 暴言
俺の拳が魔族の顔面を捉えた。
が、確かな感触は得られなかった。
俺の拳は魔族の体をすり抜けると、虚しく空を切るだけだった。
「貴様ら、どうやら本気で死にたいらしいな」
渾身の一撃を空振りして体の伸びきった俺の背後から、そんな魔族の声が届いた。
こりゃやべーや。
完全に背後を盗られてるってことじゃねぇか。
「まずは貴様からだ!」
魔族の声が一段と大きくなり、同時に殺気も爆発的に膨れ上がった。
来る!
「ヴェルウィント!」
俺の咆哮を上げ、突風の術を放つ。もはやどこへでも構わねぇ。とにかく逃げの一手だ。
拳から放出された風に押し出され、俺の体は明後日の方向へとぶっ飛ばされる。
目の前を真っ黒な残像が横切った。
空中を飛びながら、それが魔族の攻撃だと悟った。
恐らくは瘴気を塊にした大振りの刃物みたいなもんだろう。
間一髪、俺はそれを避けることに成功したようだ。
問題は次だ。
どうも俺は上に向かってぶっ飛んだらしい。突風の勢いが緩み始め、自分の今いる場所が分かり始めてきた。
下の方に魔族が見える。
そんでもってまた何かのモーションを取ってるみてぇだ。
こりゃまずいよな。空中を漂う俺なんて、格好の的じゃねーかよ。
もしあれが飛び道具だとしたら、またヴェルウィントで軌道を変えて逃げるしかねぇが、そんな何回も通用するだろうか? 動きを先読みされたらアウトだし、出来ればギリギリでかわしたいが、そんな精確な操作なんて出来るだろうか?
俺が思案に暮れている時だった。
「サントシャーマ!」
力ある声と共に、眼下に光の帯が生み出された。
見ると、ようやくクリス達も行動を開始したらしい。
ビー兄弟も散開し、それぞれが術を放ち始めた。
いくら敵が高位の魔族と言えど、光の精霊術士を含むあの手練れ三人に攻撃されちゃあ守らないわけにはいかねぇみたいだ。
俺への攻撃を止めると、回避に専念してるようだった。
俺はその隙に体勢を立て直すとルチルを探すように視線を巡らせた。
流石は逃げ足最高速の女。あの一瞬でドームの壁近くまで逃げていたルチルを見付けた。
「フルーゲン」
空中飛翔の術を使い、俺は素早くルチルと王様の元へと降り立った。
「どぅへへ。よく合図が分かったねぇ?」
ルチルは嬉しそうに笑っていた。
「まぁ、な。一応は直感には自信がある方なんだ」
俺は帽子の上から頭を掻きながら答えた。
正直、本当に直感以外に答えが見付からなかった。自分でも思うわ。よくあんな、たった一言だけのミーティングを理解出来たもんだよ。
「ごほっ! ごほっ!」
足元から聞こえる咳の音で、俺は王様の存在を思い出した。
「あ、えーと、国王陛下様。ご無事でした?」
へたり込む王様に、バッグの中から取り出したタオルを渡してやった。
魔族に首を絞められてたからな。ちっとヨダレが出てたんだ。
「す、すまぬ。お主らのお陰で一命を取り留めた」
タオルで口を拭きながら、王様がルチルを見上げて言った。
「しかしルチルよ、どうして宝物庫の場所を教えてしまったのだ。私よりも国民をと申したではないか」
そんな王様の前に大股開きでしゃがみ込むと、ルチルは口を尖らせて返した。
「うるせー、ジジィ」
暴言だった。
が、しかし、
「そうか……すまん」
王様は何故か謝罪を述べたんだ。
いや、今のおかしいだろ? 普通に考えて王様にあんなこと、打ち首獄門とか市中引き回しとか、極刑なんておあつらえ向きな一言だよな? それをなに? 謝罪って。謝罪っておかしいだろ?
「お主には感謝してもしきれない」
更には感謝まで!?
おかしい、やっぱりおかしいよね!? どーゆーこと!? あの一言にどんな意味が含まれてんの!? そんな凄い一言だったの!?
「さて、スクード君」
目を白黒させてる俺には構う様子もなく、ルチルは立ち上がると話を次に進め始めた。
「ちゃちゃっとやっつけなきゃね。あいつ」
「あ、ああ。そうだな」
ぶっちゃけまだ動揺が収まってねぇ俺は、曖昧な返事を返した。
小屋の付近では、クリス達が戦っていた。
やはり魔族相手では苦戦もするだろう。狙いが定まらないのか、いなされてるのかは分からないが、とにかくミスが多い。
何発も術を外し、徐々に魔族に反撃の機会を与え始めているみたいだった。
「にしてもさ、せっかく触手を切り落としたのに、次のパンチは空振りとかさ、緊張してたん?」
「空振りはしてねぇよ。すり抜けちまったんだからしょうがねぇだろ。腕を切られたことで何か体に細工でもしたんじゃねぇか?」
微妙に言いがかり的な発言に、俺は少しムッとして答えた。
が、ルチルの表情が妙に冴えない。よく分からねぇが、何か気に障ることでも言っただろうか? ってむしろ常に気に障るようなこと言うのは向こうだし、少しくらいは相手の気持ちを分かってもいいと思うがな!
「え、今なんつった?」
おいおい、突っ掛かってくるな。そんな変なこと言ったか? って顔をしながら無言の俺。
そんな俺に、ルチルは更に詰め寄ってきた。
「腕って言った? 言ったよね?」
腕?
それがなんだって言うんだ。
「言ったけど、それがどうした?」
「ねぇ、あのマッスル君達の術ってさ、あれって避けられてると思う?」
「なんだよ、質問を重ねんじゃねぇよ」
「思うか聞いてんの!」
「怒るなよ! 避けられてるって言うより、狙いが定まんねぇんじゃねーか? よく分からねぇが、既に射出角度からズレてる気がするが」
「……なるほど」
そこまで話してルチルは俯いてしまった。顎に指を当て、何か考え込んでるみてぇだ。
「おい、どーしたよ?」
「まずいねぇ。マッスル君とミツバチ兄弟? あの子達、今のままだと負けちゃうよ」
「いきなりなんだよ! ちゃんと説明しろって!」
「きっと、あの魔族……形なんて意味が無いんだよ」
「は?」
ルチルの発言に、俺は返す言葉もなかった。
「お前なに言って……」
「スクードとやら!」
呆れて突っ込もうとした俺の言葉を、何故か王様が遮った。俺は思わず言葉を飲み込んでいた。
「ルチルの言葉に耳を傾けるのだ。そして考えろ。それが私やお主に出来る精一杯のことだ」
すげー眼力で訴えてくる王様の迫力に俺は気圧されてしまっていた。
ここまで言われたらしょーがねぇ。とりあえずは言うことを聞いとくか。
「そうだよ、スクード。形なんて意味がないんだよ。私には触手に、スクードには腕に」
「……つまり、人によって見え方が違うっていうのか?」
「そう! スクードにはあの魔族がどう見えてる? タコの化け物?」
「いや、人間みたいだ。頭から炎が吹き出た石人間に見える」
「きっとマッスル君達もそれぞれ違うものに見えてるから、だから狙いが定まらないんだよ」
「マジかよ。もしかして大きさまで違う風に見えてるのか? だとしたら術が外れる理由も頷けるわ」
「きっとそう! タコの化け物はでっかいもん!」
「俺のは普通に背の高い男だ」
こりゃ間違えねぇな。
なら俺のパンチも通り抜けるわけだ。
「じゃあ、どうする? お前はどうしたらいいと思う?」
「それはですねぇ……」
俺は息を飲んで次の言葉を待った。
「分かりませぇん」
「渋い顔して言ってんじゃあねぇよ!」
眉間に皺を寄せ、片眉を上げるルチルに向かい、俺は全力で突っ込んでやったんだ。




