第二十一話 原生の森
王家の墓地からの階段を駆け昇ると、そこは、【森】だった。
「な、なんだこりゃ!?」
俺は思わず声を張り上げていた。
目の前に広がるのは、全く人の手が入っていないように思える原生そのままの森だった。木々はうっそうと生い茂り、下草も伸びたい放題。ここが墓への入り口だから、かろうじて人が通るために踏み固められてはいるが、それでも少し放っておけばきっとまた道らしきものは消え去るだろう。
城に繋がるって言うからここまでやってきたのに、森に出るなんて話が違うじゃねぇか!
こりゃまずいぞ。一体どこなのか検討もつかねぇ。
急いで城に戻るには、元来た道を引き返すしかねぇだろうよ。
「なんだ、スクード。ここに来たことないのか?」
俺の反応を面白がるかの様にクリスが声を掛けてきた。
「ねぇよ! ってお前、ここがどこか知ってるのか?」
こんな風に見下すってことは、こいつはここがどこだか分かってるってことだ。かなり癪に触るが大人になるんだスクード。
そう自分に言い聞かすと、俺は素直に問い返した。
「まぁな。ここは王城の中庭だ。勇者の証を授与された時に覗いたことがある」
ちっ。
そう言えば俺以外の勇者なら、城で授与式をやるのが慣例だからな。
にしても、ここが中庭だって? どー見てもただの森なんだが、でも確かに空を仰ぐと吹き抜けの壁に囲まれているのが分かる。どうもクリスの言ってることは間違いないらしいな。
「クリスから聞いてはいたが、実際に目にするとちょっと不気味だな」
「ええ。庭としては、この上なく荒れてますからね」
ビー兄弟も交互に感想を述べていた。
俺はふと気になってルチルを振り返ったが……
「いましたねぇ」
鼻をほじりながら明後日の方を指差していた。
「鼻をほじるな」
そっとルチルの腕を下げてやりながら、俺は示された方向に視線を向けた。
森の奥。いや、位置関係的には中庭の中心に当たるんだろうか。とにかくルチルの示した先には開けた空間があった。
光が反射しており、その空間がドーム状のギヤマンに囲まれてるのが分かる。ドームの内側は外の森とは別世界のように下草だけしか生えておらず、そして何よりも違和感を感じるのは……その中央に小屋が建てられていることだった。
そしてその小屋の前にいたんだ。
人間……に見えた。
黒い衣装に身を包んだ長身の人間だ。だが、髪は炎の様に逆立ち燃え盛っている。肌は石みたいに見えるし、何よりも、目が輝いている。きっと今は数十メートルは離れている。なのに、こんな遠くから見ても、真っ赤な光を湛え、まるで俺を射殺すんじゃないかって思うくらい、輝いていた。
「おい、あれ、国王陛下じゃないか?」
クリスが掠れた声で言った。
本当だ。
魔族の腕に首を吊られるようにぶら下げられている人が見えた。
特に変哲のない、普通の初老の男性だ。変わってるとすれば、それは衣装が少し豪奢だってことくらいで、でもそんな豪奢な服を着られる人間はわずかで。
とにかく俺は見たことないが、クリスが言うなら間違いないんだろう。
水の都の現国王、リヌス七世。
そう思わしき人物が、魔族に捕らわれていたんだ。
「ルチルの読みが当たったってわけか」
俺は生唾を飲みながら腰のブロードソードに手を掛けた。
「待て」
が、抜刀を阻止するようにクリスが俺の手を押さえた。
「国王陛下が人質に取られてるんだぞ。いきなり斬り掛かる奴があるか」
ごもっともで。
とは言え、一体この状況、どう打破するってんだ。
「幸いにもあの魔族が俺達に気が付いてる様子はなさそうだ。少し様子を見てだな……」
クリスが言いかけたが、それを打ち破る者が現れた。
クリスの提案を真っ向から否定する様に、そいつはまっしぐらに駆け出したんだ。
恐ろしいほどの速さで森の中を疾走し、ほんの少しの時間で中央のドームへと到達していた。
ルチルだった。
「あの女、なんて速さだ!」
驚きの声を上げるクリスがそれを追い、それに続いてビー兄弟も駆け出した。
もはやどうにでもなれだ。
俺も連中を追って森を駆けた。
―――既に魔族と対峙したルチルに追い付くと、魔族は俺達に向き直っていた。
「ほぅ。貴様ら、我が下僕どもを振り切ったか」
一体どこから声を出してやがんだ。口に見える部分を動かしもせず、魔族は俺達に向けて言った。耳から脳ミソが引き摺り出されるんじゃねーかってくらいに頭に響く、不快な声だった。
「王様、放しなよ」
しかし、ルチルは怖れる様子も見せずに言い返した。
「ならば理解しているであろう。我に金を差し出せ。さすれば王は解放してやる」
王様の首筋には魔族の細い腕がしっかりと食い込んでいるように見える。こりゃ下手なことを言った瞬間にアウトだな。
「ル、ルチル! いかん、いかんぞ! 私の命よりも国民の命じゃ!」
それでも王様は、もがきながら声を張り上げていた。
今まさに命の危機に瀕して尚、自分の命を投げ出す覚悟のある国王なんてそういるとは思えねぇ。流石にうちの王様ってだけはある、見上げた根性だ。
「黙れ」
魔族に喉を締め上げられ、王様は声を出すことも出来なくなった。
さて、この二者択一。どっちを取るべきか。
いやむしろ、これって二者択一なのか?
本当に金を渡したら魔族は退散するんだろうか? 金も盗られ、その上王様の命まで獲られる可能性だって十分にあるだろう。
魔族と交渉だって?
そんなの、信じられる訳がねぇ!
「お金は払うよ。でもその前に王様を放しなよ。じゃないと払わないからね」
ルチルの声からは何も感じ取れはしない。恐怖も、怒りも。ただ純粋に交渉に臨んでいるんだ。
「立場が分かっていないようだな? 王は我が手中にあるのだぞ?」
魔族の表情もまた、変わらない。むしろ変わるのかどうかも知らん。
だがその声からは、こいつが今、ちょっと面白がってんじゃねぇか? ってのが伝わってくる、そんな感じがし始めていた。
「そりゃお互い様でしょ。王様を殺してもいいけど、そしたらお金は手に入んないよ? それに王様を殺した瞬間、ここにいる強ーい勇者達が一斉にあんたに襲い掛かるからね。それでもいいんならやんなって」
おいおいおいおい。
無言でいたが、俺はド肝を抜かされていた。マジかよこの女。よりにもよってこの状況で、魔族を脅迫し始めたぞ!?
「クックックッ! 貴様、本当に人間か?」
やはり表情は変わらないが、それでも魔族は笑っていた。そりゃそうだろうよ。
「だが、貴様は勘違いをしている。我は、貴様が国庫を動かす権利を持たないことぐらいは理解している。そんな貴様が、この場に立つことに意味がないこともまた、理解しているのだぞ?」
確かに……
「確かにそうだねぇ。私はそんな権利持ってないよ。んでもね……」
俺の思考と完全にリンクしたルチルの台詞。だが、その先に何を言うのか、俺には全く予想も出来なかった。
「私はこの城の宝物庫の場所を知っているから、黙って勝手に渡すことだって出来ちゃうんだなぁ、こりがさぁ」
当たり前だ。
こいつが口に出したのは、俺の予想の遥か斜め上を行くほどの、超絶ぶっ飛んだ異次元の一言だったんだからなぁ!!




