第二話 卒業試験
「じゃあな! スクード!」
筋肉ムキムキの同級生、クリスがそう言いながら俺の肩を叩いた。
ムカつくくらいに痛い。そもそも俺とあいつじゃ体格差がありすぎなんだから、そんな力を入れなくたって十分に俺の肩は外れてもおかしくないんだ。相変わらずの自己顕示欲の塊。
アカデミーのクラスで最優秀生徒であったクリスが早々に卒業を決め、魔物退治の旅に出てから早いものでもう半年が経つ。
その間にも、俺の同輩達は次々と卒業を決めて旅立って行く。
「せいぜい頑張れよ!」
「お前でもあと一年くらいやれば卒業できるさ! 多分な!」
「そろそろ諦めて普通の職につけよ」
「いやお前、センス無いって。悪いこと言わないから止めとけよ」
どいつもこいつもこんな感じに似たり寄ったりの言葉を残しながらな!
結局、このクラスで最後まで残ったのは俺だけなんだから仕方ないけど。
とにかくそんな思い出が走馬灯っては頭の片隅を駆け巡っていた。
―――そして誰もいなくなった……状態の教室の最前列。
俺は羽ペンを置くとゆっくりと目を閉じた。
「どうした、スクード? 腹でも痛いんか?」
教卓に隠れんじゃねーかってくらい低い椅子に腰掛けた先生が、不思議そうにこっちを覗き込んでいた。
手にはスケベな本。
てめー、人の卒業テスト中に遊んでんじゃねぇよこのジジィが。
心中で毒づきつつも、俺は老教師に向かって口を開いた。
「終わった」
「は?」
まぁ妥当な返答だろうな。老教師は目をパチクリさせている。が、俺は言葉通りだと示すべく、答案用紙を教卓の上にポンと置いてやった。
「だから、終わったんだって。採点してくれよ、先生」
「バカ言うでないわ。このテストは制限時間一時間と想定して……」
言いながら俺の用紙に目を落とした教師は思わず絶句したって様子だった。
そりゃそうだろうな。
「な!? こ、これは……!」
俺はたったの五分で答案用紙を全て埋め、あまつさえ全問正解してやったんだからな。
「さぁ、これで卒業試験はパスだろ? 早いところ判子押してくれよな」
言いながら差し出した俺の掌を、教師は慌てた様子で押し戻してきた。
「パスって、何言っとる! 筆記試験の後は実技試験に決まっとるじゃろが! それを両方ともクリアして初めて勇者の証が授与されると、何度も説明したの忘れたんか!?」
「……実技試験って、必要?」
「必要に決まってるじゃろォッーがッ!」
びっくりするくらいガチギレする教師に連れられ、俺は校庭の片隅に設置された実技試験場へと向かうことになった。
「んで、お前さんの適性は確か『風』じゃったな。攻撃能力はさほど高くはないが、特性上、形態変化に秀でており、サポート向きの属性じゃ。どれ、一番得意な術でええ。何かしらやって見せい」
二、三十歩ほど離れた場所に数体の石像が立っている。
勇者候補生は魔物退治の為に攻撃的な術を覚える奴がほとんどだ。卒業試験では、覚えた術をこのカカシにぶっぱなして、自身の実力を示すってのがお決まりになっていた。
入学からたったの数週間で卒業していったクリスなんか、運の良いことに『光』属性に適正があった。光ってのは勇者としては最高に恵まれてる属性だ。なんせ、対魔物に特化した、むしろ魔物退治にしか利用できないレベルに攻撃的な術ばっか存在するような属性だからな。
俺はクリスの卒業試験で起きた光景を思い出していた。
あのガチムチマッチョの巨漢は、この石像を無惨なくらいにズタボロにして見せた。
「得意な術でいいんだな?」
俺は肩を回しながら教師に言った。
「うむ。無理して石像を壊そうなぞ思わぬことじゃ。よほど高位の精霊術士でもなければ、風属性の術で石を切り裂くなぞ不可能。真面目に『ヴェルウィント』で像を動かすとか、『フルーゲン』で飛翔してみせるとか、そんなんで構わんよ」
バカ言うな。俺は心中で独りごちた。
簡単そうに言うが、それらだって十分に高等術だってーの。
普通の術士なら、『ブリーゼ』っつーそよ風を起こすような術で煙幕を張るだとか、『ヴァクーム』って術で小さなかまいたちを起こして切りつけるくらいが精一杯なんだからな。
明らかに不快感を顕にした俺の表情を見て笑いながら、教師が手を振った。
「まぁええ。ほれ、好きな術を見せてみぃ」
しゃーねぇ。
呼吸を整え、手早く術式を結んで精神統一を行うと、俺は腰にぶら下げたブロードソードを抜き放った。
「おい、スクード。これは精霊術の試験じゃぞ? 剣術に頼るでない」
老教師がそう文句を口にしたと同時だった。
俺は腹の奥底の溜め込んだ、レイスって名前の術の基になる力を解放してやった。
―――「これでいいだろ?」
俺は大股開きでしゃがみ込むと、老教師の顔を覗いてやった。
ざまぁねぇ。
奴さん、口をあんぐりと開けたまま、地べたにへたり込んでやがるんだからな。
「なぁ、先生よ?」
「……え?」
肩を揺すってやったらようやく正気に戻ったらしいな。
だけど、教師はそれでも口をパクパクいわせながら、俺の顔を眺めるだけだった。
「ほれ。これなら合格だろ? ちゃんと証書に判子くれよな」
未だに夢見心地から覚めやらぬってー感じの呆け顔の前に、ちんけな用紙をちらつかせる俺。
「あ……う、うむ……。そうじゃ……な」
懐から取り出した判子を取り落とす教師。それを拾ってやり、萎びたしっかりと握らせてやった。
そうしてやっと、俺の卒業証書には合格の判子が押されることになったのだった。
「ありがとうな、先生。今までお世話になりました」
しゃがみ込んだままだが、俺は深く頭を下げると、アカデミーを後にした。
残された実技試験場には、切り刻まれた挙げ句、ボッコボコにへこみまくった憐れな姿の石像が、強い陽射しに照らされて転がっているだけだったんだ。