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第十九話 城へ

「グアアァ!!」


 凄まじい断末魔。

 むしろこれで俺の鼓膜がダメージを負うんじゃねぇかってくらいの叫び声を上げ、ハリトカゲはすんなりと沈んでいった。

 最期っ屁でもあるかと気を張っていたが、なんとも呆気ない幕切れだった。


「すごいぃー! スクード、すごいぃー!」


 倒れ伏す魔物の背から剣を引き抜いていた俺に、ルチルがへらへら笑いながら駆け寄ってきた。


「まさか剣使いの勇者が素手で魔物に向かっていっただけでもバカなの? と思った、じゃなかった、驚きなのに、何? あれ。剣が空中で勝手に動いてたよ?」

「おい。言い切ってたからな。きっちり最後まで滑舌良く言い切ってたからな。まぁな、あれが俺の奥の手だ」


 俺も出来るだけ格好つけて笑い返してやった。

 

「俺自身を風で強化しつつ、得物も風で操りながら数的有利な状況を生み出す術だ。貧弱な風属性を授かっちまった俺の、神様へのせめてもの抵抗ってところかな」

「へぇー! そーなんだ! あんなオリジナル技を編み出しちゃうなんて、スクードってやっぱりすごい子なんだねぇ」


 ……やっぱりって何だ? やっぱりって。

 一体俺の何を知ってるんだ。

 こいつは……やっぱり訳が分かんねぇわ。

 ただ、あれだ。

 褒められるのは満更でもねぇもんだな。俺、あんま人に褒められたことねぇしな。


「ま、まぁ、自分の一番の強みを生かす為にはどーするか考えた結果だ。大体だな、普通の奴はそういう努力を怠り過ぎなんだよ。既存の術だけじゃ……っておい!」


 少し照れながら講釈でも垂れてやろうかと思ってみた俺がバカだった。

 ルチルは無視するみたいに俺に背を向けてしゃがみ込んでいた。人の話を聞いてるようには到底見えない態度だ。


「何して……?」


 覗き込んで絶句した。

 ル、チール。

 この女……魔物の死骸に自分の名前を書き込んでやがる!! しかもミミズがのたくったという形容詞が相応しい、圧倒的に下手くそな字で!!


「お前、いくら魔物とは言え、そんな悪戯してっと呪われるぞ」

「悪戯じゃないやい! 私の名前書いとけば誰にも盗られないでしょーよ。この未知の死骸はきっと高く売れるのでぇす。だから私の物にしておくのでぇす」


 しゃがみながら胸を張るルチル。

 ちょっともう言ってる意味も分からねぇし、こうなりゃ放っておくしかねぇ。

 俺は気を取り直し、次のことを考えることにした。


「ここで遊んでる暇はねぇし、好きにしろ。それよりも、さっさと城へ向かうぞ。お前が俺を脅すんなら仕方ねぇ。連れてってやるが、その代わり大人しくしとくんだぞ? いいな?」

「やったぜぇー」


 俺の言葉に大分気を良くしたらしい。

 ルチルは小躍りする勢い……いや、既にしてるが……で、立ち上がった。


「まずは上に戻るぞ。そっからはダッシュだ。遅れても待たねぇからな?」


 そう言って(きびす)を返そうとした俺の腕を、ルチルが思い切り引っ張りやがった。


「ちょっと、どこ行くのさ?」

「は? 聞いてたろ。上に戻るんだよ」

「やだなぁ、スクードは。そんなのんびりしてたら手遅れになるよ?」

「いや、だから急いで戻るんだろうが。のんびりしてんのはお前だ」

「はいはいそうですねぇ。んじゃ、行くよー」


 まるで子供をあやすかのような物言いと共に、ルチルは地下墓地(カタコンベ)の奥へと向かって俺を引っ張ろうとしていた。


「おい、何すんだって。遊んでんじゃあねぇんだぞ?」

「知ってる? この地下墓地にはねぇ、王家の墓もあるんだよ」

「お、王家の墓だって?」

「そそ。王家の墓はもちろん墓地の最奥。そんでもって、そこへは王家の人間が直接出入り出来るようになってんの」

「……それって、つまり……」

「そう。お城と直接繋がってるのでぇす」


 そうか、そういうことか!

 俺は理解した。

 今いるこの場所から一番早く城へと辿り着けるルートは、そこしかねぇってことか!


「そういうこと! んじゃ、行こうか。お城へ」


 俺はルチルに連れられ、城を目指して走り出したんだ。




 ―――ルチルと連れ立って走ること数分。

 第八納骨室を抜け、迷路みたいに交差する通路を何度も曲がって行った。どうやら何度もここへ来たことがあるみたいで、ルチルは淀みなく走っていた。

 もし今ここにルチルが居なければ、俺は既に道に迷っているだろうな。

 そんなことを思っていた頃、通路の前方に大きな石の扉が見えてきた。

 立ち止まり扉を見上げると、なるほどここが王家の墓なんだろう、炎を模した王家の紋章がレリーフとして刻まれていた。


「ここが王の寝所だよ。その更に奥に城の地下に繋がる通路があるからね」


 ルチルの妙に丁寧な説明を聞きながら、扉を押し開けた。

 重い扉に隙間が生み出された。

 その瞬間、虫酸が走るほどの瘴気が漏れ出してきて、俺はこの先がどうなってるのかを直感的に悟った。


「うへぇー。気持ち悪いねぇ」


 開け放たれた扉の向こう側。

 多分この地下墓地で最も広い部屋だろうな。下手したら大聖堂の祭壇室とほぼ変わらねぇかもしれねぇ。

 その広い部屋に蠢いていたんだ。

 さっき、一体倒すだけでも相当に苦労したハリトカゲが、部屋を埋め尽くすほどに群れをなして、ひしめき蠢いていたんだ!


「おいおい、マジかよ」


 俺は額に手を当て宙を仰いだ。


「どうやら敵さんは私達をこの先に進ませたくないみたいですねぇ」

「ってことは、やっぱりお前の読みは当たってたってことか」

「そのようですねぇー。スクード、やれる?」


 ルチルがどんな顔してるのかは知らねぇ。

 残念ながら、振り返る余力すらないからな。

 だってよぉ、目を逸らした瞬間によぉ……


「グキャアァァァ!!」


 目を逸らさなくても同じだった。


「やるしかねぇだろ!」


 俺が抜刀するよりも早く、ハリトカゲの群れは俺達のいる入り口に雪崩れ込むように殺到してきやがった!


 最初に飛び掛かってきた一体の頭をブロードソードでぶっ叩く。相変わらずの堅い感触。

 膂力でなんとか地面に叩き伏せたが、へたり込んだ奴の上を次のハリトカゲが大口を開いて乗り越えてきやがった。


「下がれ! ルチル!」


 これ以上近付かせまいと突きで牽制しつつルチルを気遣う。ワンチャン、さっきみてーに一目散に逃げてくれてたらまだ俺だって気が楽だった。


「スクード頑張れ!」


 だけど、今回はそうじゃなかった。

 ルチルは俺に並び立ちながら、細い通路に頭を捩じ込んで来るハリトカゲに、必死で蹴りを喰らわせているんだからな。


「下がれって! 足を持ってかれたらおしまいだぞ!」

「私が逃げたら隙間から入ってくるよ! スクード、食べられちゃうよ!」


 その通り。いかに通路が狭かろうが、ハリトカゲは人間とそんな変わらねぇ大きさ。ルチルが俺と一緒に蓋をしててくれなければ、きっと一気に雪崩れ込んで来るだろう。


「無理すんな! 俺なら大丈夫だから!」

「ダメ! 無理しなきゃなんない時だってあるんだからね!」

「バカかお前!」


 叫んだのと同時だった。

 俺の突きの隙を縫って顔を突っ込ませてきた一体が、ルチルの足に喰らい付こうとした。


「危ねぇ!」


 俺は咄嗟にルチルの体を押し倒した。

 揉んどり打つように倒れ込む俺達。ルチルに覆い被さった俺は完全に無防備になった。

 背中に感じるドス黒い殺気。

 こりゃやべーや。

 俺は覚悟を決めた。

 噛み付かれる! 俺は目を閉じた。


 ジュワっ!!


 そんな音が俺の耳朶を突いたんだ。

 そして背中に感じる熱い感覚。

 目を開き、頭を上げた俺の目の前にあったのは、焼け爛れて絶命したハリトカゲの亡骸だった。

 

「待たせたな! スクード!」


 そんな声が響いた。

 石室とは逆方向。狭い通路の向こう側に、そいつは立っていた。

 キラリと光る白い歯に、鍛え過ぎでパンパンに膨らんだ大胸筋が眩しいクソッたれ野郎。


「おせーぞ! クリス!」


 俺はその名を叫んでいたんだ。

 

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