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第十八話 弱点と奥の手

 意識こそ飛ばなかったが、それでも空間把握は出来なかった。

 視界が真っ白で、三半規管もぐるぐる回ってるみてぇだ。

 とりあえずぶっ飛んでるのは分かるが、このまま地面にぶつかるのは非常にまずい。勢いを加味して、打ち所が悪けりゃ死ぬかもな。

 なぁんて考えてるような暇もありゃしねぇ。

 とりあえず俺は激突に備えて腹を括ることに全精力を傾けていた。

 いたはずだった。

 が、待ち受けていたのは不思議な感覚。

 腹の底が持ち上がるみたいな、フワッとした気色の悪い感覚に襲われて、俺の体は本当に浮き上がってるみたいに回っていた。

 気が付いた時に俺が感じていたのは、しっかりとした地面の感触と、柔らかな感触、それからほんのり甘い不思議な匂いだった。


「危ない危ない。腕、折れてないー?」


 耳元で聞こえたのは能天気な声だった。


「る、ルチル!?」


 まだ視界は白いし頭はぐるぐるだ。それでも今のこの状況の異常性は理解出来た。

 俺は今、ルチルに支えられて立っているんだ。

 少し慌てながら振りほどこうとしたが、がっちりと押さえ付けられた。


「をををっ、落ち着け落ち着けー。まだ頭に血が回ってないからねぇ、まずは深呼吸ぅ」


 どうなってる? 少なくとも俺はルチルを避けてハリトカゲを誘き寄せたんだぞ。吹っ飛ばされたにしろ、位置関係としてこいつの側に飛ぶ訳ねーと思うんだが。それとも、そんな妙な角度で飛ばされたのか?

 ようやく視界が戻ってきた。

 見ると、剥き出しの土の床に点々と抉れたような跡が残っていた。

 信じられないが、きっとこれは足跡。つまりは、ルチルが走って来た跡。吹っ飛ばされた俺を追い掛けて来た跡だって、俺は理解した。

 だとしたらあのフワッとした感覚も、ルチルが俺の体を空中で受け止めて、勢いを殺した時の感覚だってのか?


「いい? スクード。あの物騒なトカゲの弱点はお腹じゃないよ。もう少し慎重に観察しなきゃ」


 俺を背中から支えたまま、ルチルは耳元で囁くように話し始めた。


「ああ、そうだったよ。うるせーな。じゃあお前はどこだってんだよ?」


 その上からの物言いに、俺は少しイラ立ちを覚えて問い返した。


「あんなすんげー刺を生やした理由はきっと攻撃だけの為じゃない。攻撃と同時に、弱点を守る為に存在しているはずだと思わない?」


 その声は冷静そのものだった。


「つまりお前は、あの刺の下に弱点が隠されてるって言いたいのか?」

「だと思うなぁ。まぁぶっちゃけ、さっき君に引っくり返されてた時、お腹じゃなくて背中を守る動きしてるの見ただけなんですけどねぇ。びっちり刺を倒してさ」


 なるほど、なら間違いねぇか。

 だとしても大した観察眼じゃあございませんか。


「分かった。あの刺の隙間を狙えばいいだけなんだな」

「つーことですねぇ。んで、出来る?」

「難しいに決まってんじゃねぇか」

「どぅへへ! ですよねぇっ!」


 笑ってんじゃねぇ!

 にしても、これはマジだ。

 風の精霊術で最も突貫力があるのが、さっきまで乱発してたヴェルウィント。他にはかまいたちを起こすヴァクームとか、それなりに殺傷力のある術も存在しているが、剣撃すら通さない堅い鱗に通用するほどのもんじゃねぇ。

 もう一度ヴェルウィントで転がして、背中の刺をこじ開けて剣を差し込むくらいしか手はねぇ。

 ……って思うんだよ。普通はな。


「難しいが、やれねーことはねぇ」


 言いながら俺は、ブロードソードの柄を握る手から力を抜いた。


「を? 何か奥の手があんのかな?」

「まぁ見てろって」


 こいつをやるには少しだけ溜めが必要だが、幸いにもハリトカゲは引っくり返ってやがる。

時間稼ぎする必要もねぇ。

 掌にいつも以上に大量のレイスをかき集め、全力で練り上げた。


「マリオネット!」


 力ある言葉と共にレイスを解放した。

 瞬間、握り締めた両の拳の先に温かく纏わり付く風の重みが生まれた。


「なになに? そのすんごい風の塊をバビューンって打ち出すのかな?」

「どうかな?」


 弾むようなルチルの声を後頭部で受け、俺は一気に足を踏み出した。

 初速から全力だ。

 ハリトカゲとの間合いをグングンと詰めていく。

 俺の動きを悟ったのか、もぞもぞのたうち回っていたハリトカゲも急いで体勢を整えだした。

 間に合わねぇか。

 俺が胸中で独りごちたと同時に、またもや背中の刺が射出された。

 が、俺は足を緩めない。

 迫り来る刺とかち合う瞬間、俺は両の拳を細かく、そして素早く打ち出した。

 甲高い音と共に、俺の拳は飛来する刺を空中で弾き飛ばした。

 そうだ。

 俺の一番得意な戦闘スタイル。

 昔取った杵柄。喧嘩の華。

 俺が最も強さを発揮出来るのは、剣術なんてまどろっこしいもんじゃねぇ。

 素手による殴り合いだ。

 そして更に魔物との実戦に耐えうるように昇華させた技。それがこの術だった。

 俺は徒手空拳の威力を倍増させる風で生み出した手甲で、飛んできた刺を殴り落としたんだ。


 更に加速してハリトカゲの懐に飛び込むと、面食らったんだろう、反応したことと言えば大口を開いて威嚇するくらいだ。

 俺はそんなハリトカゲの横っ面目掛けて渾身の右フックを打ち込んでやった。


 「グゲゲッ!」


 効いたか?

 苦しそうな呻き声を漏らしてやがる。

 好機と見た俺は更に左右の拳を振り下ろす。

 まるで亀みてーに頭を下げるハリトカゲ。

 このまま一気に畳み込んでやる。

 一瞬だけスウェイして体重を軸足に掛けると、俺は反動をつけた右ストレートを解き放った。


 と同時だった。


 ハリトカゲめ、たまらず背中の刺を一斉に逆立てると、至近距離から刺を発射しようとしたんだ。


 このゼロ距離じゃ避けられねぇ。


 勝った!

 無表情なはずの爬虫類だが、奴の顔からはそんな思惑が感じ取れた。

 

 が、


 その時には、野郎の背中にゃあ俺のブロードソードがぐっさりと突き刺さっていたんだ。

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