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第十六話 魔族の狙い

「ルチル!」


 ドス黒い瘴気が渦巻く地下墓地(カタコンベ)を駆けること数分。

 何度も細い通路を曲がり、ようやく第八納骨室っつー場所に踏み込んだ俺は、すぐに目の前に横たわる女の姿を見付けた。

 まだ顔は確認出来てねぇが、あの水色の服は間違いねぇ。

 俺は名前を叫びながらそいつの側に滑り込んだ。


「ルチル、無事か!?」

「を、スクード君?」 


 覆い被さるように顔を覗き込むと、ルチルはすっとんきょうな調子で口を開いた。


「どぅへへ、捕まってしまいましたぁー」


 誘拐されて監禁されてたとは思えぬ陽気さだが、その顔からは明らかに生気が失われつつあるのと思えた。見ると、拘束されてる様子すらない。それでも逃げられなかったって事実だけで、今のルチルがどんだけ消耗してるのかは火を見るより明らかだ。


「無理するな。まずはこれを吸え」


 俺はショルダーバッグから、地下墓地の入り口で作り出した空気の塊を取り出すと、ゆっくりとルチルの口許に当ててやった。


「ゴホッ!」


 少し()せながらも深く呼吸を繰り返すと、徐々に顔色も柔らかさを取り戻していった。


「はぁ……はぁ……あー、苦しかった。あんがとね」


 俺に頭を抱え上げられたまま、ルチルはにっこりと笑って見せた。

 よし、もう大丈夫だな。

 ルチルの手を取って空気の塊を握らせてやると、しっかりと力を籠めて握り締めていた。


 じゃあ、次に進まねぇとな。

 俺は頭のスイッチを切り替えた。

 周囲を見渡すも、魔族の気配はない。それどころか、魔族の痕跡的なものすら見当たらなかった。

 魔族の生態とかはそこまで俺も知らねぇけど、こんだけの瘴気を撒き散らすような高位の魔物なんだ。もしここに長時間居たとしたら、魔力だとか何かしらの残滓(ざんし)があってもおかしくねぇんだけど。

 特に、ルチルがこの瘴気の中で一晩以上生きられるように、ルチル自身やその周辺に何かしらの細工をして然るべきだと思ったんだが。


「魔族は?」


 俺はルチルに問い掛けた。


「ううん? 私をここに連れて来てから一回も見てない」


 ってことはこいつ、対魔物訓練を受けてる勇者でも短時間で死ぬだろうこの瘴気の中で、素で一晩生き延びてたってことかよ?


「そうか、分かった」


 とりあえずルチルは生きてたんだ。ここで魔族に見付かるのも面倒だし、まずは連れ出さなきゃだ。

 

「立てるか?」


 引っ張りあげようと手を差し出すと、ルチルも俺の手を握り返してきた。


「一旦ここを出るぞ」

「魔族が何したいか分かるよ?」


 同時だ。完全に被ってた。

 俺が発した言葉に完全に被ってるからちゃんと聞き取れなかったが、それでも、今こいつ、とんでもねーこと言わなかったか?


「は? 今なんて?」

「魔族が何したいか分かるよ?」


 また被った!

 だが、今度は聞き取れたぞ! やっぱこいつ、とんでもねーこと言ってやがるぞ!!


「おい! どういうことだ!?」


 俺は咄嗟にルチルの肩を掴んでいた。


「あいつ、私には興味無い、ってかやっぱ殺すのが目的だねぇ。だから放置してたんだよ。でも同時に身代金が欲しいのも本当だねぇ」

「なんで魔族が身代金なんか?」

「そりゃ、国力衰退するからでしょ。でも、私一人じゃすんげーいっぱいの身代金は取れないから、本命は別にあるはずなんよ。それこそ、いっぱいの身代金を払う価値のある人ね」

「じゃあ、やっぱり衛兵を誘き寄せる為にこの騒動を起こしたってのか?」

「いいねぇ、飲み込み早いねぇ。だと思うよ? 君が助けに来たってことは、君が容疑者?」

「そうだ」

「なら今、君を追ってたくさんの兵隊がこの大聖堂に来てるんだ?」

「だと思う」

「そしたら、もっと価値のある人の周りは少し手薄だね?」

「だろうな。狙いは誰だと思う? やっぱ大臣様とかか?」

「うんにゃ? 私ならねぇ……」


 にやにやしてる。

 ってことは、俺と同じ考えな訳だ。


「国王様を狙うか?」

「いいねぇ!」


 ルチルは手を叩いて喜んでいた。

 国家存亡レベルの一大事かもしんねーのに何喜んでんだ、こいつは。

 

「薄々は可能性を感じてはいたが……本当にやると思うか?」

「だと思うよ? えーと、身代金の額はおいくら?」

「三千万だそうだ」

「年間国家予算の三分の一かぁ。じゃあやっぱ妥当かな」

「そうなのか? 悪いが俺はその辺の金額の感覚が微妙なんだ。むしろ、なんで三分の一なんだ? 王様を狙うなら、もっと多く要求しないか? なんなら全額とかでもいいと思うが」

「いくら国家元首の命と言えど、国全部とは天秤に掛けらんないよ。国が滅ぶか国王が死ぬかなら、そりゃ国の存続を優先するっしょ。でも、三分の一なら支払う可能性はかなり高い」

「お前、シビアだな」

「とーぜんよ。お金は大事! それに、無鉄砲に攻めずにこーんな手の込んだ策を仕掛けてきた以上、相手の魔族はリアリストだろうからね。現実的な手段で勇者輩出国家を攻め落とすなら、兵糧攻めが一番よ」


 なるほど。

 俺は心底、納得していた。

 こいつの言う通り、水の都は対魔物の為だけに存在するような勇者ってもんを輩出している。だから、勇者を育てる人材も豊富で、なんならその人達だって元勇者ばかり。魔物からしても、正面から当たればただでは済まない相手だ。

 だからこそうちの国は、そんな厄介な活動を行っていても尚、今まで存続してこられたんだ。

 だが、ある疑問も残る。


「もし国王様が本当のターゲットだとして、暗殺しちまえばよくないか?」

「いいえー? それも上手くない手だと思うよ。だって、国王様の代えなんて効くじゃんさ」


 そう言われればそうだ。

 だけどさ……


「お前、やっぱりシビアだな」


 俺は呆れて呟いた。

 こいつこそ凄まじいまでのリアリストだ。しかも凄まじいまでに肝が座ってやがる。

 普通の国民なら、王様の代えなんて思ってても口になんか出せねぇからな。


「褒めても何も出ませんよー。スケベ!」


 ルチルは胸元を抑えながら言い放った。

 …………うん。無視だな。


「よしじゃあ魔族の目的が分かったから俺は城へ行く。お前は酒場に帰れ」

「やだなぁ、スクード君。私がいなきゃお城になんか行けないでしょーよ」

「は? 意味が分からねぇんだが」


 笑いながら言うその意味が、俺には本気で理解出来なかった。


「どーやってお城に行くのさ? 上には兵隊がどっさりなんでしょ?」

「ああ、そのことか。既に俺の知り合いが魔族の存在を兵隊に伝えてるはずだ。俺の容疑も晴れてる。今からでも城に向かえば間に合うはずだ」

「本当にそうかなぁ?」


 なんだこいつ。にやにやして。

 俺にはその笑いの意味が分かりかねていた。

 次の一言を聞くまでは。


「私がさぁ、『魔族の手引きをしたのはこの子です』って言ったら、どーする?」

「……は!?」


 俺は絶句した。

 絶句するよ。絶句するだろ。絶句するだろーよ!! するよそんなもん!

 このタイミングで、助けに来た奴に冤罪ふっかけるって脅す被害者がどこにいるんだよ!


「何言ってんだ!? お前!!」

「だってさぁ、スクード君がおねーさんを置いていくって言うからさぁ。おねーさん、スクード君と一緒に行きたいからさぁ」

「バカ言ってんじゃねぇぞ!? お前まさか、脅迫してんのか!?」

「してまーす」


 俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 酒場でもそんな片鱗を感じさせてはいたが、やっぱりそうだった。

 やっぱり、この女、やっぱり、異次元過ぎる!


「ふっざける……!」


 俺が声を荒げようとしたその時だった。

 ルチルが俺の体の隙間に腕を突っ込んできた。

 その瞬間、俺の体はまるで重力に捕らわれずふわりと宙に浮き上がり、更にはぐるっと回転したように感じた。

 一瞬本気で何が起こったのか分からなかった。

 が、背後に何かが突き刺さるような音が聞こえ、そちらに目を向けて驚愕した。

 先程まで俺がいた場所なんだろう。

 その場所には、無数の牙みてーな角みてーな、俺の肘から先くらいはある大きさの、鋭く尖った物体が突き刺さっていたんだ。


「は!? なんだこりゃ!?」


 ルチルに抱きかかえられたままの情けない姿勢で、思わず声を漏らしてしまった。


「あーあ。真犯人の魔族さんにぃ、私が奪還されたのを気付かれてしまったようですねぇ。上をご覧くださーい」


 言われて天井を仰ぎ見ると、そこには人間大のトカゲみてーだが、でも背中からヤマアラシみてーに太い刺をびっしり生やした、見慣れない魔物がへばりついていたんだ。

 

 それにしてもだ。

 こいつ(ルチル)、今俺のこと助けたのか?

 

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