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第十四話 電撃作戦

 人で賑わう往来を、内務大臣所有の馬車が暴走する。

 いや、ちゃんと通行人には気を付けて走ってるから、正確には暴走じゃなくて爆走だ。

 商店の軒先だとか露店だとかには接触スレスレの際どいコース取りなのは否定出来ないんだけどな。

 とは言え、もはや事が事だ。住民の皆様には申し訳ないが、ここは少し無茶させて貰う。

 下町の大通りを抜け出すと、今度は中心街。

 流石にそっちは人が多過ぎる。

 下町と中心街の境には環状の幹線が通っており、中心街を迂回する様に上手(かみて)の街まで辿り着けるようになっていた。

 少し遠回りにはなるものの、人通りの少なさと、主に馬車の往来を考慮して設計された道幅の広さを考えればそっちを選ぶのが正解だ。

 車輪が横滑りするほどの勢いで交差点を曲がると、馬車は更に勢いを増した。

 

 

 ―――大聖堂は上手の街の中心にあった。

 建国当時、この国が最も隆盛を誇っていた頃の建造物である宮殿と並び、最大に近い規模を誇るものだった。

 円錐型の塔が三棟並び立つようにそびえ、遥か遠くからでもその偉大な全景を拝むことが出来るくらい、立派な建物だ。


 大聖堂に到着したのはクリスを撒いてから三十分ほど経った後の事だった。

 俺がミサミサを連れてキャリッジから駆け降りたと同時に、御者も馬車を放棄して明後日の方向へと逃げて行った。御者も又、俺に脅されたって筋書きだ。


 俺はミサミサの腕を引っ張る形で正面から大聖堂の扉を押し開いた。

 前室で受付の為に待機していたシスターが驚きの声を上げていたが、そんなんに構ってる暇はねぇ。

 聖堂の扉も乱暴にこじ開けると、目の前には厳かな雰囲気たっぷりな身廊(しんろう)が広がっていた。奥のほうには主祭壇(しゅさいだん)、そして更に奥には綺麗なステンドグラスを備えた放射状祭室が見えた。

 平日の昼間とあって参拝者の姿はまばらだが、それでも大聖堂。二桁は下らない人の数に、俺は一瞬の戸惑いを覚えた。

 おいおい、こんなに人がいる場所に本当にルチルは監禁されてんのか? ここが間違ってたら本当に終わりなんだぞ。

 一抹の不安をかき消すように軽く頭を振ると、俺は小声でミサミサに問い掛けた。


地下墓地(カタコンベ)の場所は分かるか?」


 自慢じゃねぇが俺はここに来たことがない。

 ここは基本的には上流階級の皆様がお世話になる、高貴な場所だからな。

 俺らみたいな貧乏人にはそれなりの教会が用意されている。うちの院長先生も、そんな下町の教会の神父様だった。


「右棟の……奥に……階段が」


 ミサミサが同じく小声で返してきた。少なくとも今は俺の人質って(てい)だからな。仲良く話す訳にはいかねぇ。

 それにしても、小刻みに震えたり不安そうな表情をしたり、まるで女優か? って演技してんな。演技だと分かってる俺から見ても、本当の人質なんじゃねぇかと勘違いしそうになるほどだ。


「よし、来い!」


 俺はわざと周りに聞こえるくらいのデカい声を張り上げて、ミサミサを引っ張って歩いた。こういうアピールも必要だ。


 身廊を駆ける俺の前に、数人の修道士さん達が躍り出てきた。どうやらしっかりとした正義感をお持ちの様で、逆に安心するわ。

 俺は腰のブロードソードに手を掛けると、出来るだけ声を低く威圧感を籠めて言ってやった。


「下がれ。この女がどうなっても知らねぇぞ?」


 ははっ! こりゃいいや!

 もし捕まったら、ルチルとミサミサ二人の誘拐犯じゃねぇか!

 

 俺の脅しを真に受けて、一定の距離を保ちながらこちらの様子を伺ってらっしゃる修道士の皆様を尻目に、俺は再び駆け出した。


 

 ミサミサの言った通り右棟に駆け込むと、ステンドグラスで囲まれたロビーの突き当たりに階段が口を開けていた。

 ここを下りゃ後はルチルを見付けるだけだ。

 ゴールは見えてきた。


 そう思ったのも束の間だった。


 階段のすぐ脇にあるステンドグラスに影がチラついた気がした。と同時だった。

 影は一瞬で大きく膨れ上がると、気が付いた時にはステンドグラスは激しくぶち破られていたんだ。

 ド派手な破砕音と共に砕け散る色鮮やかなギヤマンの欠片。

 俺は咄嗟にミサミサの頭を抱えて膝を突いた。


「こんなとこに逃げ込んで、まさか誘拐の成功を神頼みなんてことはしないよな?」


 頭上から降り注ぐ欠片と共に、よーく聞き知った声が投げ掛けられた。


「てめぇ、随分とお早いお着きじゃねぇか」


 見なくても分かるその声の主に、俺は特に返す言葉も無く、とりあえず思い付いたことだけを口走ってやった。


「そうかな? 流石は大臣の近衛兵だから、撒くのに結構手間取った気がしたんだがな」


 どうやら皮肉だと受け取ったらしい。

 おめでたい野郎だ。こちとら、たったの三十分足らずで追い付かれるなんて思ってもみなかったっての。


「さて、無駄口はここまでだ。スクード、お前、ここに何しに来た? ひょっとして、この下に誘拐した酒場の主人を隠してるのか?」


 まずいね。実にまずい。

 ここに本当にルチルが居たとしたら、一番まずいパターンじゃねぇか。

 こいつの目の前でルチルを見付けちまえば、その場で俺が犯人として捕まっちまう。

 どうする? どうしたらいい? 俺。

 だが、今が千載一遇のチャンスなのも事実なんだ。

 ここで引こうものなら恐らく二度とルチルを探すチャンスは無くなる。

 引くか、攻めるか。

 答えは……


「ヴェルウィント!!」


 力ある言葉と共に、練り込んだレイスを解放してやった。

 ミサミサを抱え込んでいた腕を前に伸ばした瞬間、掌に集束した大きな風の渦が突風となって放たれた。

 この急襲にはクリスですら反応が出来なかった。

 どてっ腹を突風でぶっ叩かれ、ついさっき自分でぶち破った窓から吹き飛んでいった。


「行くぞ! ミサミサ!」


 クリスに術が命中したと同時に俺はミサミサを引っ張り上げながら走り出した。


「ちょっと! いきなり攻撃って、正気なの!?」


 ミサミサも意外にもしっかり反応を示し、即座に立ち上がると俺に追走してくる。


「正気も正気だよ! もうこれしか手はねぇんだ!」


 二人して蝋燭に照らされるだけの仄暗い階段を駆け降りていった。

 どんだけ俺の罪が重くなろうがもはや知ったこっちゃねぇ。最低でもルチルを見付けだしゃ、魔族の企みの一端は阻止出来るんだ。

 後は野となれ山となれ。

 俺がいなくても、クリスや衛兵が何とかしてくれんだろうよ。


「待てよ、スクード! こんなことしてただで済むと思うなよ!?」


 背後からクリスの怒声が響いてきた。

 なんてタフな野郎だ。もう体勢を整えて来やがった。

 俺は全力で走った。

 長い長い、気が遠くなるほど長い階段は続いた。

 もうこれ、永遠に底に辿り着かねーんじゃねぇかと思っちまったくらい、走りに走って、ようやく出口が見えてきたんだ。

 最後の数段、降りるのも面倒になり、俺は思い切り踏み切ると飛び降りた。


 着地した瞬間に分かったね。


 目の前には、壁一面を覆う頭蓋骨の群れ。いや、壁が人間の頭蓋骨で出来てるんだ。

 どうしてこんな墓地を作るかねぇ。

 大人のやることは分からねぇな。

 不気味な地下墓地(カタコンベ)中が、とてつもない濃度の瘴気で埋め尽くされていた。


「ビンゴ」


 これで確定した。


「わ! 何!? この気持ち悪い臭い!」


 ミサミサの悲鳴が背後から聞こえた。


「ここに魔族が……ルチルがいる」


 俺は呟くような声でミサミサに答えてやったんだ。

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