第十二話 クリス・ベッカード
話はまとまった。
後は行動あるのみだ。俺達は上手の街にある大聖堂に向かうことになった。
が、ひとつ問題があった。
「まずいな。これはもう着られねぇ」
出発するに当たり、院長先生にひねり潰されてひしゃげたフルアーマーに目を落としてからやっと思い出した。
「なんで? まだ着られるでしょ? 中に隙間空いてるみたいだし」
事も無さげに言い放つミサミサに、俺のボルテージは一気に昇りきった。
「そういうこっちゃねぇんだよ! 俺はこのひしゃげ具合のことを言ってんだ!」
「え? なんかおかしい?」
「孤児院に入ってった近衛兵の鎧がこんなベッコベコになってたら、誰が見ても案件以外の何物でもねーだろーが!」
「ああなるほど。でも皆、きっと転んだんだと思うんじゃないかな?」
「ポジティブすぎだろ、その発想!」
「あはは。君は本当に突っ込みが上手いね」
笑ってやがる。しかも自分んとこの店長と同じ台詞を吐きながら。
こいつと言いあいつと言い、あの酒場の連中はなんだってこんな人を食ったような連中ばかりなんだ。
まともに相手するだけ時間の無駄かも。
俺は自分自身に言い聞かせると、出来る限り気丈に振る舞った。
「とにかくだ、こんな鎧を着てたら外に出られねぇ。何かしら策を考えないとな」
内側から押してみるが、分厚い鉄板を張り合わせた鎧はウンともスンとも言いやしねぇ。てか、こんなもんをここまで押し潰す院長先生は相変わらずのバケモンだ。
横目でチラ見した院長先生は呑気にお茶をすすっている。しまった、人を食ったのは何も酒場コンビだけじゃなかったわ。
「よく分からないけど、鎧がへこんでなければいいんでしょ?」
ミサミサが口を開いた。よく分からない意味がよく分からないんだがな。
「とりあえず鎧が無事な誰かに貸して貰えば?」
それは外の見張りを担当してる近衛兵の事を言っているのか。
そしたら今度はそいつが外に出られねぇじゃねぇか。人数が減ってもおかしいだろーよ。なんでこいつはちゃんと考えられねぇんだ。
心中で全力の突っ込みを入れながらも、とは言え、特に打開策があるわけでもねぇ。
残ったその人には時間をずらして外に出て貰えば、もしかしたら鎧無しでも怪しまれないかもしんねぇしな。
俺はそうやって自分を納得させると、ミサミサの提案を飲むことにした。
―――近衛兵の皆様方は、俺と似たような背格好の人が選ばれてたらしい。まさかミサミサがこんなケースを想定していたのか?
同じサイズの鎧を貸して貰ったはずだが、個体差ってのはあるもんだな。何故かこっちの方が体にフィットしてる気がした。行きは不馴れなこともあって鎧は騒音の原因だったが、今は鎧との相性も良く、随分とスムーズに歩けた。
…………なんでこんなに鎧について言及してるのかって?そりゃ理由があるからだ。
俺達は元の六名から五名に人数を減らして孤児院を後にした。衛兵は人数が減ったことに気付いたのかは分からない。ミサミサにビビって声を掛けてくることもなかった。
スラムの路地は細すぎて馬車は入れない。
下町の大通りに面した私営の馬繋場に停めてあった馬車まで戻り、いざ出発ってその時だった。
「あー、すいません。少しお時間宜しいですか?」
内務大臣の公用馬車のキャリッジに背を預け、不遜に佇む男が声を掛けてきた。
城の兵士のものとはまた違う、動きやすさに特化したアレンジが施されたレザーアーマーに身を固めている。
背は高い。平均身長よりもやや高めの俺よりも更に五センチは高い。しかも体はがっしり、というか鍛え上げられてくっきりと浮き上がった筋肉に覆われている。ベリーショートのツーブロックの黒髪を登頂部でポンパドールにまとめ、面構えもハンサムそのもの。
半年以上見ねぇうちにまた体がでかくなったんじゃねぇのか?
この一言で気付いてもらえると思うが、あれが俺を追う為に招聘された軍部の助っ人って奴。
クリス・ベッカード。
俺の同期のアカデミー生で一番の秀才。そんでもって、一番厄介な曲者だ。
クリスから守るようにして近衛兵が一斉にミサミサの前に立ちはだかった。今の俺も近衛兵。それに倣って前に出た。
「その方は?」
ミサミサがクリスに答えた。
「お初にお目に掛かります。私は軍務大臣の命により誘拐犯を追っております勇者、クリス・ベッカードと申します。無礼を承知でお尋ねしますが、ゴメス夫人。貴女の隣のその近衛兵、ちょっと尋問させて頂いて宜しいですか?」
はっきりと、俺を指差してそう言った。
この野郎、いきなりこの鎧の中身が俺だと見破ってやがる。
「何故です? もしやあなた、私の部下が誘拐犯だとでも?」
ミサミサの声色が変わった。今までの俺が知ってるミサミサじゃない。なんて言うか、衛兵に話し掛けた時ともまるで違う、マジで大臣夫人って話し方だ。
「いえ、別にまだそう決まった訳では。ですがね、似てるんですよ。その兵隊さんの歩き方が、挙動が、私の知り合いによく似てるのです。あ、申し遅れましたが私、今回の誘拐犯とは旧知の仲でして」
「それだけの理由で私の部下を犯罪者だと?」
「いえ、それだけでもないです。他にもいくつか理由はあるんですが、お聞きになりたいですか。まずは貴女方、院に入る前と出た後で人数が違いますね?」
「ええ、それは孤児院の皆さんが衛兵に囲まれていては不安だということでしたので、一名、警護として残してきたのです」
「そうでしたか。では何故、その鎧を着ていた方は入れ替わったんです?」
「入れ替わる? 一体何を言っているのです?」
「その方の鎧には脇腹に小さな傷があります。その傷のある鎧、院に入る前と出た後で歩き方が変わりました。それこそ、私がよく知った者と似た歩き方に。大臣夫人、逆にお伺いしますが、何故誤魔化すのですか? 後ろめたい事がおありで?」
そう、これが俺が鎧について拘った理由。
鎧が仇になったんだ。
「無礼者」
ミサミサの一言で近衛兵達が一歩前へと踏み出した。当然俺もそれに倣った。
が、
「一歩出遅れましたね? 先程もそうでした。やはりその兵隊さん、訓練を受けた近衛とはとても思えませんね」
逆効果だった。
「そなた、軍務大臣の命を受けたと申しましたね?」
だがミサミサは引かなかった。
「ええ」
「もしそなたが言うように尋問を許可したとして、私の近衛が誘拐の容疑者でなかった場合、どうなるか理解しているのですか? これは名誉毀損以外の何物でもありません。私は内務大臣の名の下、軍務大臣に抗議を申し入れることになります。軍務大臣のお顔に泥を塗ったそなたがどうなるのか、そして軍務大臣のお立場がどうなるのか、想像するに容易いでしょうに」
大臣夫人の力が炸裂した瞬間だ。これを言われたら、大抵の奴なら尻込みして踏み込めねぇだろう。
「お言葉ですがゴメス夫人。もしその近衛兵の正体が犯人だった場合、貴女は犯人隠避をしたことになります。それこそ、内務大臣のお顔には泥が塗られることになりますし、それどころか内務大臣のお立場すら危うくなるでしょう。そうはお思いなりませんでしょうか?」
そう、普通の奴ならな。
こいつが何故、一番優秀で一番厄介なのか。
クリス・ベッカード。
それはこいつが、一番頭のキレる奴だからなんだ。




