第十一話 真犯人の尻尾
「単刀直入に聞きますが、昨日、街の中に魔物の気配を感じませんでしたか?」
ひしゃげた鎧から脱出し、ようやく一息ついた俺。ソファに腰を落とすと、院長先生に向かって目的となる質問を投げ掛けた。
「ちょ!? 君、ちゃんと敬語使えるんじゃないの!」
ミサミサの突っ込みは無視。
何故ならば、俺が答えるよりも先に院長先生がいきり立ったからだ。
「そうです! それをあなたに伝えるために待っていたのに、あなたときたらいつまで経っても戻って来ませんし、代わりに衛兵達が押し寄せてくるし! 衛兵は私の話など聞く耳も持たずにスクードを出せの一点張りですし! 街に魔物が侵入しているのに私は何も出来ず、本当に不安だったのですよ!」
うん。相当なストレスを抱えていたのがよく分かる怒り具合だな。
「ねぇ、神父さんだよね? こんなすぐに怒っちゃっていいの?」
うん。無視。
「やっぱりか。先生、魔物の位置は分かりますか?」
実際、俺の予想の過半数はこちらの可能性で締められていた。
ルチルは、と言うかルチルの仕事は、だが、人間側から見ればかなり必要な立ち位置ってことらしいからな。そのルチルに人間が危害を加えるような理由はほとんど思い付かなかった。例え、誰かを陥れるにしても、餌に使っていいような存在じゃねぇ。
他人から聞いた限りでも、俺にそんな風に思わせるに相応しい立ち位置だ。
「残念ですが。発現当初はとても色濃く気配を撒き散らしていましたが、すぐに弱々しく変貌しました。気配自体は残っているので街中に潜伏してるものと考えられますが、細かな居場所を特定するまでは。教えられるとして大雑把な範囲くらいです」
実に申し訳なさげに肩を落とす院長先生だが、俺はそうは思わなかった。
「いえ、先生。それでいい。それでいいんです。大まかでも分かれば、後はそこをしらみ潰しに探すまで。教えて下さい」
「分かりました。現在、魔物の気配を感じるのはここから北側。距離も相当離れています。そうですね、この感じですと、王宮から更に北寄りになるでしょうか」
俺は院長室の本棚から水の都の地図を取り出した。
ざっくり説明すると、この街は城を境に上手と下手に別れた楕円形型をしている。
南部の下手にはスラムから始まり、下町、そして内務大臣邸のある中心街。
北部には軍務大臣邸を始めとした上流階級の住宅街が広がっている。
「え? 北部に魔物が潜伏してるの?」
ミサミサが驚きの声を上げた。
「いや、隠れるなら北部の方が都合がいいかもな。そのための脅迫状って見方も出来るし」
「そっか、衛兵を南部に引き付ければ、北部は必要最低限の警備になるってこと?」
中々に飲み込みの良い奴だ。俺は軽く頷いた。
「逆に俺達の方も動きやすい」
「でもさ、北部って言っても広いよ? しらみ潰しって、一体何日掛かることやら。グズグズしてたらルチルが危ないよ」
「分かってるよ。無軌道に探すのは非効率的だ。少なくとも目星は付けるつもりだって」
言いながら地図に目を落とした。
「魔物が潜むなら、それなりに瘴気や邪気が滞留する場所を選ぶだろうからな。となると……処刑場……墓所……納骨堂……刑務所……遺体安置所……とか、そんなところか」
呟きながら地図を目で追っている俺の頭上から、ミサミサが言葉を投げ掛けた。
「いや、北部はお金持ちの住宅地だから。そんな物々しい場所なんてないから。大体は街の外か、下町に押し付けられてるから。てか君、この街の住民でしょーが。お墓の場所くらいは知ってるでしょ」
うるせーな。知ってるわ。
「一応だよ! 念の為に調べとく必要はあるだろ! 見落としとかあるかもしれねぇし!」
「無いよ! 見落としなんて無いよ!」
声を荒げた俺に対抗するようにミサミサの語気も強くなった。このままじゃまた言い争いになりそうなその時だった。
院長先生が俺に言った。
「スクードや。そもそも、魔物が邪気を孕んだ場所に潜むという考え自体が間違っています」
そのあまりにも意外な一言に、俺は驚いて向き直った。
「どういうことですか?」
「もちろん、彼らは負の力が溜まる場所を好むのは正しい。ですが潜伏するに当たり、そういった場所に居ては逆効果なのです」
「逆効果? 何故ですか?」
「彼らがそんな場所に居ては負の力が活性化してしまいます。大きく蠢く闇であれば、それこそ私のような者は感知しやすくなります」
「確かに」
「彼らは闇の力を極力抑えなければなりません。であれば、どこに隠れるのか?」
院長先生が地図に指を落とした。
「木を隠すには森の中とは言いますが、闇を隠すには……」
そこは、この街の大聖堂であった。
「光の中です」
もちろん俺は驚いた。そんなバカな話があるか? まさか魔物が、聖なる光が宿る大聖堂に潜伏するだって?
「冗談ですよね?」
ミサミサも同じ考えだったらしい。呆れたような表情で院長先生を見やっていた。
「私はいたって真面目ですよ。良いですか? 光の精霊術は闇こそ感知出来ますが、光は感じられません。ならば、その光に包まれてしまえば、闇は私達に捉えられることも無くなるのです」
「お言葉ですけど、光の中で闇が生きられるものなんですか?」
再度、ミサミサが疑問を投げ掛けた。同感だ。
「大聖堂の地下には地下墓所があるでしょう。そこに潜伏していたとすれば?」
「そうか。なら、光に包まれたまま、闇が滞留する場所に身を置けるってわけですか」
院長先生の言葉に俺は納得していた。
「ええ、その可能性は非常に高いでしょう」
「分かりました。じゃあ、まずは大聖堂を探りたいと思います」
「それが良いでしょう。ですがスクード、気を付けるのですよ。もしこの仮説が正しければ、そのような考えに至る者、それこそ、この島に巣くうノッカー風情では思いも至らないでしょう。ただの魔物ではないと考えるべきです」
確かに。
更に言えば、最も光の力が強大である大聖堂の地下まで侵入出来る程の力を持つと見るべきだ。
こりゃ厄介だねぇ。
俺は心中でため息をついていた。
「魔族ってことですかね?」
最悪な可能性を口にした。
魔物達の長。魔物達を統べる者。魔物達の支配者。
そして、俺達人間の最大の敵。
「その可能性もまた、十分に高いでしょう」
だが、少なくとも尻尾は見えてきた。
やるしかねぇってことだな。
俺はゆっくりと立ち上がったんだ。




