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第二話 浮浪親子発見

 俺達は村に到着するや、いの一番に宿を探し出すと、早々にチェックインを済ませて風呂に入った。

 知ってるかい?

 限界まで冷えきった体で風呂に入ると手足の先が痺れるんだぜ。

 人生初めての経験だった。


「マジで危なかったな」


 湯船に浸かりながら、壁一枚挟んだ先で同じく湯船に浸かってるであろうルチルに声を掛けた。


「もう二度とあんな雪道歩かないからね!」


 キレていた。

 まぁ気持ちは分かるけどな。

 最低でも雪上用の装備は整えるべきだ。

 歩きやすくて、濡れなくて、そんでもって暖かい装備を探そう。

 俺は一段落したら道具屋に行くことを心に決めた。


 風呂から上がると、宿の女将にこの村のことを尋ねた。

 ここは世界最北端の集落だそうだ。

 これより更に北に進むと、一年中、氷に覆われており草木も生えない永久凍土と言う、人間が住めるような土地じゃなくなるらしい。

 と言うか、この村の人達が何故そんなところに住んでいるのか、が疑問なんだが、まぁ人それぞれだしな。

 村には宿はここひとつだけ。

 商店なんかは多少しかないらしいが、酒場はたくさんあるんだとさ。

 ここらの人は寒い時は酒を飲んで暖をとるんだと。

 確か前に港街の酒屋のばぁちゃんに聞いてた気がするな。

 だとすれば事前に用意しておけば良かったわ。燃料にもなるし。

 まぁいつも通りだな。

 情報を仕入れるには酒場が一番だ。

 その前に身支度を整えることにした。


 冷たい靴を履きながら道具屋に訪れた頃には、また指先がかじかんでいた。

 本気でダメだな。

 店に入ると、まずは靴から物色し始めた。

 海獣の毛皮を外装に用いて水の侵入を防いだ上で、ライニングに厚みのあるウールを張り付けて防寒しているブーツがここらの定番だそうだ。

 それにアイゼンっていう、鋭い金具を取り付けて滑り止めにするらしい。

 とりあえず二人分、そいつを購入すると、その場ですぐに履き替えた。

 風呂と同じくらいに生き返った気分だった。

 それと、コートだけじゃ足らないことが分かったから、厚手のセーターやズボン下なんかを買い足した。

 特にルチルは、上半身こそコートを着込んでいるものの、下半身はいつもの青いスカートに燕脂色のレギンスしか履いていなかったから、店主のおばさんに爆笑されていた。


 まるでヌイグルミみてぇになってから、今度こそ酒場を目指した。

 とりあえず、人が一番集まりそうな店を聞いてそこを目指した。


 その途中でのことだった。



 どっかの民家の軒先の前を通り過ぎようとした時だった。


「もし?」


 どこかから、話し掛けてくる声がした。


「え?」


 俺はルチルに振り返った。


「ん?」


 ダルマみたいになったルチルはキョトンとした顔をして俺を見ていた。


「呼ばなかったか?」

「いいえぇー?」


 空耳か。

 俺は再び前方へと向き直った。


「もし?」


 やっぱり呼ばれた。

 今度は絶対だ。

 ルチルにも聞こえたようで、周囲を見回している。


「もし、旅のお方ですか?」


 声がしたのは民家の軒先だった。

 俺達は同時に振り返った。


「すみません。もう三日も何も食べていないのです。何か、食べ物を分けて頂けないでしょうか」


 フードで顔は見えないが、けっこう低いけど声からすると多分、女だ。

 女は民家の軒先にしゃがみ込んでおり、その腕には十歳にも満たなそうな小さな子供が抱きかかえられていた。


「なにやってんだぁー!?」

「なにやってんのぉー!?」


 その姿を確認した瞬間、俺達は同時に絶叫した。


「すみません! すみません!」


 俺達の突然の怒声に、女は怯えたような声を上げた。

 しかしそんなん関係ねぇ。

 俺達は女と子供を引っ張りあげて立たせると、その場から無理やり連れ去った。

 足を踏ん張って必死に抵抗しているが、そんなんも関係ねぇ。


「すみません! 本当にすみません! 食べ物とかいりませんから! 生意気言ってすみませんでしたから!」

「うるっせぇ! 黙ってろ!」

「うるっせぇ! 黙ってろぉ!」


 子供が女にしがみついている。

 俺は子供の胴体に腕を回して脇に抱え、女も引きずるようにして歩いていった。


 俺達は最も近くに見付けた酒場の扉を勢いよく開けると、女と子供を引きずり込み、空いていた席に座らせ、


「あんなとこでしゃがみ込んでたら死ぬだろうが!」

「子供連れでなに考えてんのぉ! 可哀想でしょうがぁ!」


 店の外まで漏れるような大声で、女に説教を食らわせた。


 奥の方のカウンターでは、店の主人とおぼしきおっさんと、客のじぃさんふたりが口をあんぐりと開けたまま、俺達の方を見つめていた。


「おい、おやじ! なんか体が温まる食い物を四つ頼む!」


 俺は店主に適当なオーダーを済ませると、ふたりの向かいの席に腰を落とした。

 ルチルは自分のコートを脱いで子供の肩に被せ、その後で俺からコートを剥ぎ取ると女の肩に被せていた。

 程なくして、店主がオニオングラタンスープを四つ運んできてテーブルの上に並べると、そそくさとカウンターに戻っていった。


「食え」


 ルチルが脅すような声で二人の手にスプーンを握らせた。

 二つのスプーンはブルブルと震えていたが、すぐに収まって、湯気のたったスープを親子の口に運んでいった。

 それを見届けてから俺達もスープを食べ始めた。

 親子はものすごい勢いでスープを飲み干した。

 それは俺達も同じだった。

 今朝食べた干し芋以来の食事だからな。

 無心でスープを飲み干した。

 だいぶ体が温まったところで、俺はテーブルの隅に立て掛けられていたメニューを取ると、親子に注文を促した。


「いえ、私達はこれで十分です」


 女が蚊の鳴くような小声で言った。


「食え」


 再びルチルがドスの効いた声を作って脅しをかけた。

 これは食わざるを得ないと判断したらしく、女は一番安いメニューを指差した。


「おい、おやじ! この、カリブーのプレミアムステーキっての三つと、ボリュームのあるプレミアムな野菜の炒め物を一つ頼む!」


 俺はそれを無視して俺は店主に大声で注文を通した。



 ―――料理が運ばれてくるまでの間、俺は改めて親子に視線を移してその様子の観察を始めた。

 二人とも紺色をしたウールフェルトのコートを頭からすっぽりと被り、顔はよく見えない。

 ただ、母親の方は思っていたよりもかなり大きいことに気付いた。

 椅子に座っているはずなのに、俺より座高が高いんじゃないかと思う。

 なるほど。

 だから引っ張ってくる時にあんなに重かったんだな。

 子供は性別も分からん。

 俺に見られているのは気が付いてるだろうから、二人ともずっと俯いたままだった。


「あの、どうしてこんなに良くして下さるのですか? 私はあなた方に物乞いをした身分ですのに」


 恐る恐るって表現が相応しい口振りで、母親が俺に問い掛けてきた。


「どうして? って、理由ってことかい?」

「はい」

「理由なんて何かあるか?」


 俺は隣に座るルチルに視線を送った。


「ありませぇん」

「だそうだ」


 ルチルから母親に視線を戻し、そう伝えた。


「別に理由とかどうでもよくないか? あのままあんなとこにうずくまってたら死んじまうだろ」

「そうそう。人助けはこいつの趣味なんでぇす」


 言いながらルチルが俺の顔を指差した。


「おい、人を指差すな」


 俺はルチルの指を握ってグーに直してやった。


「お優しいのですね。他の方々は、私達のことなど見て見ぬふりでしたが……」

「他の方々って、あんたらいつからあんなことしてたんだ? こんなクソ寒い村で」

「皆、初めは優しいんです。でも、途端に冷たくなるんです」


 俺の質問に答える素振りなど全く見せず、母親は自由気ままに話し続けた。


「いや、いつからいるのか聞いてるんだけど?」


 俺は多少イラつきを覚え、少し強めに問い返した。

 

「皆、これを見た途端に」


 が、俺の醸し出す空気などどこ吹く風。勝手に話す母親は、両手でフードを上げて見せた。

 中から出てきたのは、男の顔だった。

 癖が強い焦げ茶色の髪を短く切り揃え、頬骨や顎の骨がせり出したけっこうゴツゴツした、実に逞しそうな造形。

 別に不細工ではないが、美しくはない。まぁ、男らしい格好よさを備えた顔つきと言えた。

 それを見て、俺は声を荒げた。


「いやいつからいるのか聞いてるんだけどぉー!」

「えぇー!?」


 母親は、驚愕した様に悲鳴を上げていたんだ。

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